百四十五話
リンゼイは特製のおしろい『森の妖精肌』を持って夜会に向かう。
手の甲などに塗り、効果を確認して貰った。
反応は上々。
コンパクトのデザインも、彼女達の購買意欲を高めることに役立っていた。
「リンゼイ様、こちらのおしろいは、次回の即売会限定ですの?」
「いえ、そういう訳ではなく、客船内で先行発売するだけです」
婦人達はすぐに欲しいと言っていた。
だが、販売は出来ない。
リンゼイは困ったような顔をするばかりであった。
「――でも、意地悪ですわね」
一人の令嬢の言葉を最後に、その場はシンと静まる。
以前リンゼイに化粧を作れと、強気な意見した者だった。
年頃は二十歳前くらい。金髪で、青い目の美人だった。
清楚系ではなく、派手な美貌を持っていた。
そんな令嬢がちらりとリンゼイに視線を送る。
「意地悪って、何が?」
リンゼイは思わず素になって聞いてしまった。
令嬢は扇をパラリと広げ、優雅に扇ぎながら言う。
「だって、せっかくわたくしたちが意見しても、勿体ぶって売らないなんて。皆さまも、そう思わない?」
皆、肯定もしないし否定もしない。
リンゼイは額に汗を掻いている。
「別に、無償でくれと言っている訳じゃありませんのよ?」
「……ええ、そうね」
経営はリンゼイだけでしている訳ではない。
ここで返答することは出来ないとだけ言っておく。
「リンゼイ・アイスコレッタ、逃げますの?」
「……いえ、そういう、わけでは」
「ま、まあ、セレスティーナ様、落ち着いて」
主催の子爵夫人が間に割って入った。
背後で様子を見守っていたリリットは、女の攻防に戦々恐々としていた。
◇◇◇
お茶会終了後、馬車に乗り込んだリンゼイは無表情だった。
『リンゼイ、大丈夫?』
「ええ、まあ」
『大変だったね』
同じ派手系美人同士の対立は、迫力があった。
リンゼイは感情を出さないようにしていたが、それが返って怖かったと、リリットは思っていた。
だが、リンゼイは怒っているわけではなかった。
「あの人の言う通りよね」
『え?』
「相談だけしておいて、販売はしないなんて」
『あ~、そう思っちゃう?』
「だって、理に適っているでしょう?」
『そうだけどさあ~』
この件については、エリージュに相談をすることにした。
◇◇◇
事情を聞いたエリージュは、お茶会で『メディチナ』の宣伝をするのは止めた方がいい、という結論を出した。
「お茶会に居た方々だけ贔屓にする訳にはいきませんからね」
「そうよね」
お茶会で協力をしてくれた令嬢には、お礼の品を後日贈ることにする。
「何を贈るの?」
「特別なお菓子と、心からの礼を綴ったお手紙を送ります」
「あ、そう……」
脅迫状じゃないといいけど、とリンゼイは思うが、この件についてはお任せすることにした。
「問題は、これからどうやって世間の要求を知るのか……」
「そんなの、奥様が個人の社交場を開けばいいだけの話でしょう」
「やだ」
「奥様」
優しく窘める声に、睨むような激しい視線を向けられる。
彼女の場合、目に込められた意味が真実だった。リンゼイは分かっていたが、明後日の方向を見て、追及から逃れようとしていた。
「若い娘達の意見なら、侍女達に聞けばいいじゃない」
リンゼイに使える侍女三人は、貴族の令嬢だ。皆二十歳以下で若い。
「駄目です」
「どうして?」
「あの娘達は、奥様に心酔しております。何を出しても大喜びで使うでしょう」
「そうだったかしら?」
「そうですよ。今度、試供品を使わせた後に、反応を見て下さいな」
エリージュの言う通り、侍女達はリンゼイを慕っている。
商品に厳しい目を剥けて、粗探しをするような真似はしない。
もっと、こう、ズバズバと批判をしてくれるような、そういう人材が必要だとエリージュは言う。
「だったら、エリージュが」
「私は購入年齢層ではありませんので」
「そっか」
エリージュみたいに厳しい人。
そんな人が居たか、思い出してみる。
そこで、リンゼイはぴったりの人物が居ることに気付く。
「だったら、意見を聞く相手を一人に絞るってのはどう?」
「どういうことですか?」
二回にも渡ってリンゼイを追い詰めた毒舌令嬢。
セレスティーナ・アロマロウ。
男爵家の一人娘で、最近社交界に上がったばかりだという話を聞いていた。
年齢は十九歳。
「父親が爵位を得たのが一年前だったとか」
「なるほど。新興貴族の娘ですか」
「ええ」
彼女はただの意地悪でリンゼイを追い詰めている訳ではなかった。
女性達が薬よりも化粧品を望んでいること。
お茶会で意見を聞いておきながら、商品の販売を渋っているのは気分が悪いと、言いにくい話をはっきりと述べてくれたのだ。
「彼女なら、いろいろと意見を言ってくれそうな気がするんだけど」
「そうですね」
問題はどういう扱いをするか、ということである。
「報酬として、化粧品の一式を贈呈するほかはないでしょうね」
「ええ。でも、それで協力をしてくれるかが問題ね」
セレスティーナ嬢は気難しく、自尊心も高いように見えた。
果たして、依頼を受けてくれるかが問題だ。
父親を通して交渉は出来ないものかとリンゼイは言うが、エリージュは却下する。
「話に聞く限り、父親の言うことを素直に聞く令嬢だとは思えないのですが」
「……そうかもね」
どうすればいいかと聞けば、簡単な答えを示してくれる。
「まず、お茶会にでも誘ってみては?」
「また、お茶会」
「お茶会は貴婦人の戦場ですよ。奥様、戦わずして、勝利を得ることは出来ません」
「あ~、そうね」
話はまとまった。
とりあえず、セレスティーナを家に誘い、話をしてみることにした。
「なんか、上手くいくとは思えないけど……」
「奥様、気合と根性でなんとかして下さいませ」
「……一応、頑張る」
その後、リンゼイは手紙を認め、男爵家に手紙を送ることになった。
◇◇◇
先日得た蜜蝋を使って、リンゼイは新商品を作ることにする。
材料は蜜蝋、蜂蜜、リテネ種油、果樹油、珊瑚雲母、房果実の葉。
今回は簡単な工程しかないので、リリットと二人で作る。
『リンゼイ、今日は何を作るの?』
「口紅」
リリットに房果実の葉を煮詰めて汁を出すようにお願いする。
リンゼイは材料を固形材料を溶かす作業をすることにした。
まず、蜜蝋を細かく切り刻み、湯煎に掛ける。
全て溶けたら、蜂蜜とリテネ種油を入れて混ぜる。
蜂蜜は高い保湿効果があり、リテネ種油は瘢痕形成作用、荒れた唇などを補修する効果がある。
『リンゼイ、出来たよ~』
「ありがとう」
リリットの作った房果実の汁を匙で一杯加えた。
これは皮膚のキメを整え、潤いと張りを与える効果があった。
果樹油は香りづけの為に、三滴入れる。
珊瑚雲母は着色料となる。
液体状になっているうちに、筒状の口紅の型に流し込む。
仕上げに効果持続の魔術を掛ければ完成となった。
最後に、リリットに『鑑定』で視てもらった。
『完璧な口紅ですな』
「良かった」
『でもこれさ、他の人の意見聞く必要ってある?』
「さあ?」
品質は完璧。効果も今までにない、塗り直す必要がないという画期的なもの。さらに、肌にもいい成分が含まれていた。
「自分達には考えつかない弱点みたいなところもあるかもしれないしね」
『そっか~』
口紅を何種類か作り、可能ならば意見を頂戴しようと思った。
いつも通り、侍女達にも使わせてみる。
「まあ、奥様、素晴らしい!」
「なんていい香りがするのでしょう!」
「こんなの使ったことがありませんわ!」
エリージュの言う通り、絶賛しかしない。
何か気付いたことがあれば教えてくれと言っても、意見だなんてとんでもないと首を横に振るばかりであった。
「なるほど」
エリージュの言わんとしていたことを、今になって理解する。
侍女達は製品評価の面において、全く役に立たないということが判明した。
そして、リンゼイが男爵令嬢、セレスティーナ・アロマロウへ送った手紙の返事が届けられる。
後日、屋敷に訪問すると。
挑戦状のような強気の文面に、リンゼイは戦慄をした。
アイテム図鑑
男爵令嬢からの挑戦状
リンゼイに戦いを挑むような内容が綴られた手紙。
力強い文字で書かれている。




