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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第十章 『メディチナ』、やっと再開!
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百四十四話

 街に戻った頃には、すっかり陽も落ち、辺りは真っ暗になっていた。

 クレメンテ達は街で一晩過ごし、翌朝帰ることにする。

 その日は領主邸に招かれ、宿泊することになった。

 騎兵隊関係者や、街の重役に囲まれながら食事をする。

 夫婦は二人揃って終始褒めちぎられるという、居心地の悪い時間を過ごしていた。

 国からの報酬とは別に、お礼をしたいと言ったが、クレメンテはとんでもないことだと首を横に振った。


 パンを齧っていたリリットがクレメンテの肩まで飛んで行き、周囲に聞こえないように耳元で囁く。


『クレメンテ、激しく謙遜していたり、お国のためとか言って愛国心があるような素振りを見せていたりしたら、周りにいいように利用されるだけだからね』


 その通りだとクレメンテは思った。

 個人に頼らなくとも、国は民を守るために軍事力を強化すべきなのだ。

 ここは好意を受け取ろうと思い、あることを提案する。


「――でしたら、今度客船に店を出すのですが、それの宣伝にご協力頂けないかと」


 広大な自然に囲まれたカリカトルンは貴族達の別荘が多くあった。

 なので、繋がりもあるだろうと思い、クレメンテは言ってみる。

 豪華客船が抱える事情を伝えたら、領主らも話を引き受けてくれた。

 宣伝の手紙を送ってくれるらしい。


 話は別のものへと移ったので、夫婦はホッと一息吐く。


 話題は魔物被害の多さについて語られていた。

 その現象について、リンゼイが説明をする。


 世界は魔力で溢れ、様々なことに消費されている。

 中でも、毒身の塊ともいえる≪黒霧(ネラ・ネブラ)≫は悪質な魔力と言われていた。

 それは、妬み、悲しみ、嫌悪、怨嗟、増悪など、ありとあらゆる負の感情から生まれていた。


 悪いモノは悪い者の所に集まる。

 数年前のセレディンティア王国において、≪黒霧(ネラ・ネブラ)≫多くは戦場に集まっていた。

 兵士が生み出した≪黒霧(ネラ・ネブラ)≫は、同じく戦場で剣を揮う兵士を突き動かす、破壊衝動となっていた。


 溢れていた≪黒霧(ネラ・ネブラ)≫が残った状態で戦争が終わり、行き場がなくなったものは、魔物が吸収する。力を得た魔物は、凶暴さを増して、人を襲うようになった。


「――それが、最近の魔物騒動に繋がっていると」


 領主達はリンゼイの説明を聞き、納得をしたようだった。


 領主が続けて質問をする。

 どうすれば、≪黒霧(ネラ・ネブラ)≫を晴らすことが出来るのかと。


 だが、それは、人がどうこう出来る話でもなかった。

 ≪黒霧(ネラ・ネブラ)≫を完全に無くす方法はない。


 世界に唯一人存在すると言われている『聖女(ハイリガ)』なら可能だが、顔見知りの聖女(?)を思い出して、微妙な顔をするリンゼイ。


 その表情を疲労からきているものだと勘違いした領主は、ゆっくり休むように言ってくれた。


 リンゼイは勧められるがままにお風呂に入り、使用人が導く寝室へと移動する。

 中には、申し訳なさそうな顔で長椅子に座るクレメンテの姿があった。


「リンゼイさん、その、すみません」

「ま、仕方がない話よね」


 夫婦が一緒の部屋なのは、別に不思議なことでもなんでもない。

 気にするなと、クレメンテに言った。


「えーっと、リンゼイさんが寝台を使って……」

『クレメンテよ、眠ってしまえ~~!』


 リリットの術で眠りに就くクレメンテ。どさりと倒れ、長椅子に横になった。


「リリット、あなた……」

『いや、なんか、目が据わっていたし、早く寝せた方がいいと思って』

「そうだけど」


 出来れば、寝台でゆっくり眠って欲しかった。

 長椅子はふわふわとした弾力があったが、それでも寝台には負ける。


『リンゼイはどうするつもりだったの?』

「寝台は広いだろうから、端と端に眠ればいいと」

『うわ、残酷な提案をしようとしていたんだね』

「何が?」

『なんでもない』


 こうなってしまったら仕方がないので、クレメンテに毛布をかけてあげた。


「ごめんなさいね」


 一応、謝っておくリンゼイ。


 こうして、彼らの魔物討伐を行う一日は終わった。


 ◇◇◇


 翌日。

 すぐに街を発った。


 帰宅後、リンゼイは大蜜蜂(グロ・メリッサ)の巣を作業場に出した。


『リンゼイ、元気だよねえ、いきなり作業を始めるとか』

「だって、即売会まで時間がないでしょう?」

『そうだけどね』


 今回も妖精達の力を借りて作業をする。

 リリットにスメラルド、それから筋肉妖精(マッスル・フェアリ)。


 リンゼイはスメラルドと妖精(おっさん)に蜂蜜を絞る作業をお願いした。

 リンゼイは蜂の巣をナイフで切り分ける作業を行う。

 取り出した刃は鉈のような大きな得物。


『そんな物騒な物、持っていたんだ』

「たまに太い枝を切ったりする時に使ったりするから」

『なるほど!』


 リンゼイは大蜜蜂(グロ・メリッサ)の巣に切り込みをいれた。

 案外、サクサクと切れる。

 途中、大蜜蜂(グロ・メリッサ)の幼虫が出て来てどうしようかと困っていたが、意外なところから声が掛かる。

 

『奥様、その子達は、わたくしたちが清く正しく育てますわ』

「え、そう?」


 大蜜蜂(グロ・メリッサ)の幼虫は筋肉妖精(マッスル・フェアリ)達が育ててくれると言う。

 

「っていうか、あなた達も花の妖精国の住人なの?」

『ええ。ですが、王都よりはるか遠い場所にあり、まだ水蛇(ヒュドラ)の被害はありませんので』

「そうだったの」


 よく生態を理解しないまま、今まで使役をしてきた。

 教えてくれてありがとうと、リンゼイは礼を言う。


 問題が解決すれば、作業は再開された。


 ほどよい大きさに分けて、桶の中に入れた。

 その後、蜂の巣に含まれる蜂蜜を絞る作業に移る。

 桶にガーゼを被せ、その上で巣を潰す。


『ぬぅん!』

『せいっ!』


 筋肉妖精(マッスル・フェアリ)が気合の掛け声共に、握り拳で蜂の巣を潰していた。

 巣から、黄金色の雫が滴る。


『すごい画(え)だけど、妖精の体は不浄知らずだからね』


 それは、あとで蜂蜜を食べることになる自分への言い訳でもあった。

 大丈夫、大丈夫だからと、リリットは自らを励ますような独り言を言っていた。


 スメラルドは搾り取った蜂蜜をさらにろ過させる作業をしていた。


 リンゼイは蜜蝋作りをする為、代わりに筋肉妖精(マッスル・フェアリ)と作業を交代することに。

 スメラルドもエリージュに呼ばれ、作業から離脱した。


 蜂蜜作りは完全に妖精(おっさん)達に任せられることに。


『あの筋肉妖精(マッスル・フェアリ)は、植物系だから、平気、平気……』


 蜂蜜が出来上がっていく様子を眺めながら、リリットはなんとか平静を保ち続けていた。


 リンゼイは一人で蜜蝋作りを始める。


 大鍋に湯を張り、蜂蜜を絞った蜂の巣を入れ、ぐつぐつと煮込む。

 すると、蜂の巣が溶けていく。

 このままでは不純物が多いので、布の張った別の鍋に入れて濾す。


 リンゼイの細腕では大鍋を持ち上げることが出来ない。なので、妖精(おっさん)を呼んで、鍋から鍋に移してもらった。


 不純物を完全に取り除くために、濾す作業は何度か繰り返す。


 しばらく置いていたら、水と固形物が分離する。

 水を捨てたら、熱して溶かし、型に流し込む。

 しばらく放置をしていれば、しだいに固まる。

 これで純な蜜蝋の完成だ。


 蜂蜜と蜜蝋作りは一日では終わらなかった。

 翌日も、地味な作業を続けていく。


 それから、三日目の夕方に作業の全てが終わることになった。

 リンゼイは手伝ってくれた筋肉妖精(マッスル・フェアリ)に蜂蜜を渡そうとしたが、彼女らは受け取らない。

 筋肉妖精(マッスル・フェアリ)は妖精国にあるものしか口に出来ない体質だということが発覚した。

 お礼は人々から感じる感謝の気持ちだけで十分だと言う。


「……な、なんて、美しい妖精なの?」


 リンゼイは呟いた。

 それから、ありがとうと言って頭を下げた。


『美しい、妖精? 不思議だな。わたしには普通のおっさんにしか見えないや……』


 綺麗な心を持つ者には、美しく見えるのかもしれないと、リリットはそんな風に思っていた。


 筋肉妖精(マッスル・フェアリ)は、柔らかな微笑みで消えていく。


「さてと、やっと終わったわね」

『お疲れさま~』

「これはあなたの分」

『おお……』


 リンゼイはリリットに大瓶に入った蜂蜜を渡す。


『わあ、こんなに貰っていいんだあ~』

「ええ、まだ必要だったら言ってちょうだい」

『あ、ありがと~~』


 頭の中に浮かぶのは、妖精(おっさん)は蜂蜜を作る画(え)。

 リリットはぶんぶんと頭(かぶり)を振る。


 勇気を出して試食をしてみることにした。

 蓋を開き、匙で蜂蜜を掬う。


『うわ!』


 味は上品な甘さがあって、濃厚。今まで食べたことのない、極上の蜂蜜であった。


『リンゼイ、これ、すっごく美味しい!!』


 匙で掬い、リンゼイの口元にも持って行く。


「あ、本当」

『でしょう!?』


 あまりの美味しさに、筋肉妖精(マッスル・フェアリ)が手のひらで絞ったことなど忘れてしまう。


『リンゼイ、これ、売ったら儲かりそうだね』

「『メディチナ』は食品会社じゃないから!!」


 とりあえず、蜂蜜は薬草箱の中で保管し、自宅消費用兼、贈答用として取っておくことにした。


アイテム図鑑


筋肉妖精(マッスル・フェアリ)特製蜂蜜


おっさんたちが心を込めて絞りました。

作っている様子は知らない方が幸せ系食品。

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