百四十一話
早速、試作品作りを開始する。
おしろい作りの材料は、絹雲母、赤鉄鉱、褐色鉄鉱、菱鉄鉱、金紅石、アレクシスの花、精製水、紅水花精油。
『見事に鉱物ばかりだね』
「そうね」
『買った材料も多いけど?』
「化粧品は魔力を多く含んでいる必要がないから」
『?』
霊薬などは植物にある魔力の保有量などで薬効が上がる。
だが、化粧品はそうではなかった。
基本鉱物には魔力を多く含んでいるが、だからといって特別美しくなるわけではない。材料は一部の物以外、こだわる必要もないのだ。
「じゃあ、リリットとスメラルドはアレクシスの花の有効成分を抽出させる作業をお願い」
『了解』
『分かりました~』
顔料となる鉱物はすり潰してから、水分を飛ばし、乾燥させるだけ。
力作業なので、筋肉妖精に手伝ってもらう。
五人呼んで、作業を手伝ってもらうことにした。
一番多く使う絹雲母は、大きな乳鉢に入れて、妖精が二人がかりですり潰す。
『ふん!』
『ぬん!』
『エイサ!』
『ドリャ!』
気合の掛け声と共に、鉱物を潰す妖精。その様子を視界に入れないようにリンゼイは務め、自分の作業を全うする。
残りの鉱物は少量で構わないので、小さな乳鉢で地道に潰していった。
リンゼイは鉱物の硬度を魔術で下げてから、粉末状にしていく。
水分飛ばし、乾燥も魔力を使って時間短縮。
あとは材料を混ぜて固めるだけ。
材料の割合は、絹雲母が七割、残りは他の顔料で色合いを微調整していく。最後に精製水で薄めたアレクシスの花と紅水花の精油を入れ、型に押し込んで乾燥させたら完成。
最後に、リリットに『鑑定』で確認をしてもらう。
『いい感じに出来ているみたい!』
アレクシスの花から得ることが出来る美肌成分に加え、有害物質を肌に通さない効果もある。
紅水花はリンゼイが好きな花の香り。
材料はどれも無臭なので、入れてみた。
普段なら香りづけなど意味のない材料は使わないが、お茶会に行った時に、化粧品の香りの話題も出ていたので、参考にしてみたのだ。
こうして、今までにない、健康志向の化粧品が完成をした。
一応、女性陣の意見も聞こうと、侍女を読んでおしろいを使ってみるように命じた。
いつもの侍女三人組、ロゼット、エリサ、マリアは、『メディチナ』初の本格化粧品を前に、目を輝かせていた。
「はあ、素敵な香りが……」
「奥様、これ、とってもいい香りです!」
「奥様と同じ香りがします」
「同じ紅水花の香油を使っているからね」
紅水花の香油は定期的にリンゼイが手作りをしているもの。たまに、別の香油も作成している。
「まあ、奥様と同じ香りの化粧品だなんて」
「ドキドキしますわ」
「本当に」
「……」
侍女達の反応を見て、製品版は別の精油を使おうと思うリンゼイであった。
◇◇◇
ノムに製作依頼を出していたコンパクトが完成したという報告を受ける。
久々に会うミノル族・ノムは、長い髭を剃り、小綺麗な姿になっていた。
通訳をするスメラルドが、髭をどうしたのかと訊ねる。
「一瞬誰かと思った」
『お風呂に嵌っていたみたいですねえ。お髭が湯に浸かるのは禁止らしいです』
「そうなんだ」
王都にはいくつかの銭湯がある。ぶらっと出掛けていた時に、偶然発見したとか。
『ダーコイサ、ハーヒーコンビノリガアロフ!!』
『お風呂上りの瓶コーヒーは最高だと』
「へ、へえ……」
他人の目がある公衆浴場なんて考えられないと思うリンゼイであった。
エリージュは、もしも行きたいのならば、貸し切りの手配をしますのでと言っていたが、丁重にお断りをする。
「あ、それで、化粧コンパクトは?」
スメラルドがリンゼイの言葉をノムに伝える。
すると、上着のポケットの中から、布に包まれた物を机の上に置いた。
「失礼を」
エリージュが手に取って、布を開く。
「まあ……」
それは感嘆の声。
金色のコンパクトには、花模様の一枚一枚に宝石がはめ込まれ、中心には丸く整えられた赤い宝石が輝いている。
「いいですね。色合いも、品があります」
「そうね。でも、値が張りそうに見えるんだけど」
材料費は金貨五枚。
一つ一つ丁寧に仕上げるので、一日に一個が限度だとノルは言う。
「これ、ノムにしか出来ない形よね?」
「でしょうね。街の職人に依頼しても、ここまで美しいものは作れないでしょう」
ノムは一個に付き、金貨一枚で作ってくれると言う。
「でしたら、販売は金貨十枚に致しましょう」
「はっ!?」
「中の化粧品も、一級品です。金貨八枚でも安い方だと思いますが?」
「まあ、そう、なのかな?」
「ええ、間違いありません」
絹雲母も苦労をして採って来た品だ。
坑道には魔物も多く生息をするので、他の化粧品会社は採りに行けないだろうとエリージュは指摘する。
「詰め替え用のおしろいは、金貨十枚にしましょうか」
「そんなに?」
「化粧品と入れ物の価値は同じようなものでしょう。一流の職人がこわだって作った品です」
一流の職人。
そう評されると、リンゼイも照れる。
ノムは当たり前だと、胸を張っていた。
「とりあえず、奥様は試供品を持って、お茶会に行ってくださいね」
「え、うん……」
実際に手の甲などに塗れば、その効果はすぐに伝わるはずだと、エリージュは不安そうにするリンゼイを励ますような言葉をかけた。
「それから、このコンパクトも売りなので、お忘れの無いように」
「ええ、分かった」
おしろいは即売会までに百個を目標にして、製作に取り掛かることになった。
「奥様、商品名はいかがなさいますか?」
「錆おしろい」
「却下」
適当に答えたので、ジロリと睨まれてしまった。
「何か、女性が好きそうな単語を入れるのです」
「例えば?」
「花とか、美肌とか、製作中に使ったものを取り込んでもいいかもしれません」
「……」
リンゼイは腕を組んで考える。
「製作中に、ねえ……」
製造工程を思い出す。
筋肉妖精が気合を入れて、絹雲母をすり潰している様子しか思い出せなかった。
「妖精が作って……ウッ」
「ああ、いいですね。妖精」
いつまで経っても決まらないので、エリージュが勝手に命名する。
『森の妖精肌』
「――森の妖精達が作った化粧品というコンセプトで売り出してはいかがでしょう?」
「まあ、嘘は言っていないしね」
リリット、スメラルド、筋肉妖精と、妖精族総出で作った化粧品だ。
主な製作陣となった妖精のことなんて、言わなければバレない。
「それにしましょう」
「では、宣伝のポスターも作っておきます」
「お願いね」
「イメージは化粧台に座る奥様を予定していますが?」
「……ご自由に」
本当は恥ずかしいから嫌! と叫びたかったが、これも『メディチナ』のためと、ぐっと我慢をする。
「奥様?」
「何?」
「お化粧品作り、無理をする必要はありませんよ?」
「大丈夫」
案外、化粧品作りも楽しかった。
薬のように決まった作り方をするのではなく、自分の考えでアレンジをしたりするのも新鮮だったと言う。
「だから、他にも作ってみるね」
「ええ。楽しみにしております」
森の妖精肌の材料は揃っていて、あとは混ぜて型に入れるだけとなっている。
あとはスメラルドと侍女達に製作を任せた。
完成品もリリットに調べてもらえばいい。
リンゼイは次なる化粧品の構想を練る為、私室に籠ることにする。
アイテム図鑑
森の妖精肌
雪のように白い肌をお約束する、特別なおしろい。
肌にも優しい。
お値段、100万円也
筋肉妖精の気合と共に作られた一品。