百四十二話
クレメンテの屋敷に兄から手紙が届く。魔物討伐についてだった。
「あら、またなの?」
クレメンテの話を聞いて、怪訝な表情を浮かべるエリザベス。
「困った子ね、あの子も」
「いえ、魔物討伐はいいのですが……」
手紙はその件だけではなかった。
クレメンテへの愛が、十枚にも渡って綴られていたのである。
「もう、気持ち悪いとしか」
「……」
ちなみに、こういった手紙は月に一度、届いていた。だが、クレメンテは忙しいのを理由に無視していたのだ。
「きっと、愛が伝わっていないと思って、たくさん書いたのね」
「勘弁して欲しいです」
「あの子も、変わっているから」
話は魔物討伐に戻る。
「それで、何の魔物が問題になっているの?」
「大蜜蜂です」
大蜜蜂。
森の深くに生息する魔物。巨大な巣を作り、花や樹木の蜜を集めて食料とする。
縄張り意識が強く、巣に近くものがあれば、尾にある毒針で攻撃をしてくる習性があった。
その蜜蜂が街の近くに巣を作り、大変な被害が出ていると手紙には書かれていた。
数が多い上に、機動力もあるので、討伐が難しいと。
「今回はイルを連れて行きましょう」
「それが賢明ね」
「リンゼイも行くと思うわ」
「いえ、リンゼイさんは――」
「ちょうど、化粧品の材料になる蜜蝋を探していると言っていたの。確か、昨日も出掛けていたけれど、見つけられなかったのですって。魔物が蜜蜂ならば、興味を示すかもしれないわ」
「でしたら、お話をしてみます」
リンゼイに事情を話せば、ついて行くと言った。
「偶然ね。私、大蜜蜂の蜂蜜と蜜蝋を探していたの。一緒に行ってもいい?」
「ええ、もちろん」
「昨日も見つけられなくって、どうしようかと思ってた」
「だったら、良かったです」
依頼があったのは、ここより馬車で二日かかる街。
そろそろメレンゲも卵離れが出来る時期なので、お願いしてみると言う。
「もう、大丈夫なんですか?」
「ええ。この先は放っておいても勝手に生まれるの」
「不思議なものです」
「そうね」
早速、ウィオレケを伴い、庭に行って竜夫婦の様子を見に行った。
「メレンゲ、プラタ、ちょっといい?」
『クエ?』
今日も二頭は寄り添い、仲睦まじい夫婦っぷりを見せていた。
メレンゲよりも体が大きくなり、立派な成獣となったプラタだが、甘えん坊なのは相変わらずのようだ。
リンゼイが卵について聞いてみれば、両手で大事そうに掴んで差し出してくれる。
「……メレンゲ、プラタ、ありがとう」
ウィオレケも必ず大切にするからと言う。
つるりとした黒銀の卵を、慎重な手つきで受け取る。
竜の卵は温かくて、重かった。
ウィオレケは柔らかな布に包み、自らの首と脇に掛けて、常に一緒に在るようにした。
ウィオレケは、メレンゲとプラタに頭を下げる。
「今度は、必ず守るから」
大切なのは服従させることではない。
竜は一生の友で、人と同じように心がある。
それを、尊重し、守ることを誓った。
『クエ!』
『クルル』
メレンゲとプラタは、子供をお願いしますと、言う。
ウィオレケはもう一度、頭を深く下げた。
◇◇◇
クレメンテとリンゼイ、イルの三人は、魔物討伐をする為の準備をする。
「えっ、あなた、大丈夫なの!?」
リンゼイは戦闘装束を着て出てきたイルを見て訊ねる。
ちょうど、ポスターの締め切りと被り、徹夜明けだったのだ。
「奥様、平気でございます。非常に万全、とっても活きがよくて、元気なので……」
「ちょっと喋っている内容もおかしいけれど」
リンゼイは赤の霊薬と緑の霊薬を渡した。
その場で服用し、すぐに元気を取り戻す。
平伏するような勢いで、お礼を言っていた。
「イル。体調が万全ではないのなら、無理をしなくてもいいのですよ」
「いいえ旦那様!! 奥様の薬で、今まで以上に元気になりました。この不肖イル、お役に立ってみせます!!」
「……まあ、そこまで言うのなら」
最後に、リリットがやって来る。
『お待たせ~~!』
本日も大きな弁当箱を持って来ていた。
「また、すごいの持って来たわね」
『八段弁当だって!』
竜用の湖水ゼリーもあるよ、と言えば、プラタは嬉しそうな鳴き声をあげていた。
『さてと』
リリットは迷いなく、イルの腰の鞄の中に潜り込んだ――かと思えば、すぐに出てくる。
『うぎゃ~~!!』
「あ、リリット様、申し訳ありません!!」
イルの鞄の中には、鏃に塗る為の毒が入っていたのだ。
リリットは涙を浮かべつつ、クレメンテの鞄の中に潜り込む。
とりあえず、空中では無理をしないだろうという判断からだ。
リンゼイは単独でメレンゲに乗り、クレメンテ、イルはプラタに跨る。
竜は静かに浮上し、大空へと舞い上がった。
竜での移動は休憩を入れないで半日ほど。
被害が増える前に、急ぐことにした。
予定よりも早く、目的の街に到着する。
大蜜蜂の被害を被っていたのは、カリカトルンという農業が盛んな街。自然が豊かなので、蜂蜜の素材となるものが豊富にあった。
中でも、植物油用の花畑を荒らされた被害が大きい。
成人男性の半身ほどの大きさの大蜜蜂が数匹集っただけで、畑は一瞬にして全滅をしてしまったのだ。
それから、知らずに巣に近づき、襲われた者も多い。病院の寝台が足りない程だと言われていた。
リンゼイ達は国の指示で、自社の薬を提供することになっている。
作り置きをしてほとんど使っていなかった霊薬が再び役立つときが来たのだ。
大蜜蜂の毒で死に至ることはないが、体全身が痛み、激しくのたうち回ってしまう。
患者の体は縄で固定されていた。
カリカトルンの討伐作戦会議室で、それらの話を聞く。
『リンゼイ、どうする?』
「患者の世話は筋肉妖精に任せましょう」
『それがいいかもね』
暴れる患者に薬を飲ませる役は、彼女らが最適だと思った。
一応、了承を得てから、妖精召喚を行う。
すぐに許可は下りた。
――人型の妖精に看病して貰えるなんて。
疲労がたまっていた隊員らは羨ましいと思った。
リリットは『妖精の鐘』をかき鳴らす。
すると、地面より薄紅色の花が七つ咲いた。とても美しい花だった。
人間と同じ大きさの妖精と聞いた隊員達は、ごくりと固唾を呑む。
ふわりと咲いた花から出てきたのは、七人のおっさんだった。
目をごしごしと擦る者や、頬を抓る者。悲鳴を寸前で呑み込む者も居た。
雄々しいおっさんの姿に、誰もが言葉を失う。
そんな者達に、妖精は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、話しかけてくる。
『みなさま、ご安心ください。被害に遭って苦しみ、伏している方々は、かならず治ります』
そんな優しく励ますような言葉を残し、七体の筋肉妖精は窓から飛び立って行った。
その場に居た者達は、きっと疲労が見せた幻かな、と思った。
◇◇◇
飲まず食わずでここまで来たので、先に昼食を摂ることにした。
兵士の一人が、地元産のお茶を淹れて持って来てくれる。
イルはメレンゲとプラタに、竜の湖水ゼリーを持って行くと言って駆けて行った。
『すごいよね。あの、下僕根性』
「一緒に連れて行って貰えたのが、嬉しかったのかしら?」
「さあ、どうでしょう?」
長い付き合いではあるが、いまだによく分からないところがあると言うクレメンテ。
イルが戻って来たので、食事を始める。
「旦那様、奥様、わたくしめが、お皿に盛りつけますゆえ!!」
「……ええ」
「……はい」
「ああ、リリット様のもご準備を」
『いや、わたしは好きなのを好きなだけ取るから』
「さようでございましたか」
「旦那様、奥様、お嫌いなものは?」
「……」
「……」
イルの全力ご奉仕を、クレメンテとリンゼイは、気まずい思いで受けることになった。
アイテム図鑑
イルの下僕魂
ご主人の為ならえんやこら!!
いつもやり過ぎて、引かれる。




