百三十九話
まずはお化粧の大本命、おしろいを作ることにする。
夜更けまで考えていたからか、リンゼイの顔色は悪かった。霊薬を飲んで回復する。
「専門外だから、時間が掛かってしまったのよ」
『お疲れさまだねえ』
リリットはリンゼイの頭を優しく撫でる。
『ねえ、リンゼイ。そういえば、化粧品って、何から出来ているの』
「錆」
『え?』
「詳しく言えば、天然の酸化鉱物なんだけど」
酸化鉱物。
酸素と別の物が組み合わさって出来た鉱物の総称。硬度が高く、耐火性に優れる性質を持つ。
「まあ、この鉱物が問題なんだけどね」
化粧品に含まれる鉱物が健康に良くないという研究結果が挙がっていた。
「主な材料は雲母」
『へえ!』
途中、扉が叩かれる。
入って来たのはエリージュだった。
「奥様、化粧品のパッケージを、いくつか挙げて貰ったのですが」
三枚にも及ぶスケッチを、リンゼイに見せた。
精巧に描き込まれた絵を見て、朝食の席に居たイルの目がたまに白目を剥いていた訳を察する。恐らく、エリージュに脅されて、一晩で仕上げさせられたのだと、気の毒に思った。
だが、一夜漬けにも関わらず、彼はいい仕事をしてくれていた。
「あ、可愛いかも」
まず、目に付いたのは、今回作るおしろいの入れ物。
円型になっていて、表面には蔦と花模様があり、中心には宝石のようなものがはめ込まれている。
「これ、本物の宝石?」
「ええ、高級感が増すかと」
おしろいが無くなったら、新しいものと詰め替えるような仕組みにすればいいと、エリージュは言う。
「だったら、高価な入れ物でも、問題ないものね」
鞄の中に忍ばせて、身だしなみの確認が出来るように、中に鏡を入れる構造にしたらどうかという着想も、リンゼイから出てきた。
「いいかもしれないですね。さすが、奥様です」
入れ物は凝った意匠なので、手先が器用な、ミノル族のノムに作って貰うという。
「では、試作品が完成したら、またお知らせを致します」
「お願いね」
リンゼイは材料探しをする為に、立ち上がった。
『今回は一人で行くんだっけ?』
「そう」
ウィオレケは復学する為に、勉強に力を入れている。
クレメンテは営業に忙しい。
『だったら、わたしが一緒に行ってあげるよ! メルヴも連れて行こう』
「ありがとう」
『いいってことよ!』
リリットは怪植物に声を掛けて、お弁当の用意を使用人に頼んでから、庭で待つリンゼイの元に行った。
「悪いわね。付き合って貰って」
『イイヨ! メルヴモ、オ出カケシタカッタカラ!』
怪植物は薬草箱に入れての持ち運びが可能であるので、箱の中に収納する。
『お待たせ~~』
リリットは大きな弁当箱を持ってやって来た。
その規模は、重なった入れ物が五つ分の重箱になっている。
「それ、何人分なの?」
『ごめん。使用人が、ウィオレケとかクレメンテも行くと思っていたみたいで』
連絡不足だった、反省と言っていたが、嬉しそうな顔をしている。
とても失敗をしたと嘆いているようには見えなかった。
「まあ、いいけど」
弁当箱を道具箱に入れて、飛行板を取り出す。
『待って!!』
「何?」
『移動って飛行板なの!?』
「そうだけど」
何度か、飛行板に乗ったリンゼイから酷い目に遭わされているリリットは、嫌な予感しかしなかった。
『あの竜のご夫婦はまだ、卵から離れられないんだ』
「みたいね」
もう少ししたら、卵から離れても問題ない。
そういう状態になれば、ウィオレケが世話をするようになっている。
出発をしようとすれば、リリットが腕を組んで何かを考えるような仕草をしていた。
『あ~、どうしようかなあ』
ちなみに、リリットは薬草箱には入れない。
よく分からない仕組みだが、何度か挑戦しようと試みても、どうしてか無理なことだった。
『鞄か、ポケットか、う~ん』
飛行中、縦横無尽な動きをするので、出来れば安定感がある場所がいいと考える。
『やっぱりリンゼイの谷間が一番……』
「そこは嫌っ!!」
全力で拒否されたので、仕方なく鞄の中に納まることにした。
◇◇◇
これから向かうのは、おしろいの原料が採れる鉱山。
大量に必要となるのは、肌を白くする効果がある鉱石。
リンゼイが取りに行くのは、原料の中でも質の良い、絹雲母というもの。
これは普通の雲母よりも、美しい肌になると言われている。
絹雲母は言葉の通り絹のように白い鉱物で、精製後に化粧品の原料となる。
地下深い採掘場で採れるが、リンゼイは閉鎖された坑道に取りに行くと言っていた。
『閉鎖された坑道って、大丈夫なの?』
「ええ。許可は以前取っているし」
『いや、安全面的なものとか』
「大丈夫なんじゃない?」
『うわあ……』
ちなみに、その坑道が閉鎖をしたのは十年前。魔物が多くなったのが理由だと言う。
「廃坑だから、自由に採っていいんですって」
『ただし魔物が居る、と』
「なんとかかるでしょう?」
鉱石といえば、とリンゼイは思い出す。
『どうしたの?』
「いえ、あなたに視てもらいたかった宝石があったなって思い出して」
『へえ、曰くつきの宝石?』
「精霊が居るかもしれないやつ」
『えっ、凄いじゃん!』
購入してから数日後に届けられていたが、いろいろ忙しかったので放置していたと言う。
加えて、どこに仕舞ったまも記憶にないと呟くリンゼイ。
『うわ、びっくりするくらい、雑。中の精霊が呆れていないといいけど』
その辺の捜索や確認は帰宅後に行うようにした。
リンゼイは飛行板に乗り、大空へと舞い上がる。
◇◇◇
空の移動はスムーズに行えた。
飛行系の魔物とも遭遇しなかったので、リリットは胸を撫で下ろす。
セレディンティア王国の南部。
リクリンクス地方の広い森の中に、坑道の出入り口はあった。
まず、薬草箱の中に入れていた怪植物を取り出す。
『モウ、着イタノ?』
「ええ」
一応、坑道の中での注意点を言っておく。
『分カッタ!』
怪植物は葉をピンと伸ばして、手を挙げるような仕草をしていた。
『まあ、一番問題行動をしそうなのは、リンゼイというか』
「なんですって!?」
『なんでもないデス……』
リンゼイは粉塵を吸い込まないように、布を口に当てて、中へと入る。
真っ暗な中に、光球を術で作った。
リリットは怪植物の葉と葉の間に座り込む。
中は濃い魔物の気配があった。
魔物避けの魔術がよく効いているのか、近づいて来るものは居ない。
コツコツという足音と、怪植物の動くわさわさという音が、高く響く。
途中で地下深くに掘られた、縦に長い大穴を発見する。ここから下の層に行くようになっていた。
『リンゼイ、ここから地下に行くの?』
「ここから行くしかないでしょう?」
『ええ、なんか、先が見えなくって怖い!!』
地下へ降りる装置は、手入れも何もしていないので、朽ちている。
だが、手動で動かす仕組みなので、一人では使えない。どちらにせよ、意味のない物であった。
「飛行板を使って降りて行くから」
『やっぱりそうなりますよねえ』
リンゼイは光球をいくつか作り出し、地下へ続く穴の中に投げ込む。
「これだけ明るかったら、怖くないでしょう?」
『多少は』
思い切りのいいリンゼイは、怪植物を脇に抱え、飛行板を取り出して、すぐに飛び込もうとする。
リリットは慌てて魔術師の外套の中に体を滑り込ませた。
「行くよ」
『行キマ~ス!』
『行きたくない!』
「行くから」
『ドウゾ!』
『ヒイッ!』
地下深くに繋がる道へ、降りて行く。
長年使われていなかった地下への穴は、煤だらけになっていた。黒い埃が舞っている。
リンゼイは激しく咳き込んでいた。
「布を口に当てるだけじゃ、駄目みたいね」
『大丈夫?』
リリットが聞いた途端に、また咳き込んだ。
『任セテ~!』
怪植物が突然そんなことを言い出す。
何をするのかと、視線を脇に抱える植物に移した。
『浄化シマス~』
怪植物の葉から、水滴が浮かんで、すぐに蒸発する。
ふわりと、森の爽やかな香りがする蒸気のようなものに包まれた。
「あ、すごい……!」
怪植物の蒸気に触れた空気は、どんどん浄化されて行く。
リンゼイの周囲は、綺麗な空間となっていた。
「あなた、意外とすごいことが出来るのね」
『エッヘン!』
そうこうしているうちに、最深部へと到着をした。
アイテム図鑑
メルヴ・ミスト
若葉が生い茂る森の中に居るような、さわやかな気分にさせてくれるもの。
森の散策が好きなリンゼイは、今度部屋で使わせて貰おうと思う。




