百三十八話
新婚旅行から帰ってくれば、次の即売会の準備で忙しくなる。
リンゼイは貴族婦人のお茶会に出向き、宣伝をしなければならない。
気合の入った身支度が行われる。
リンゼイが美しく着飾れば着飾るほど、『メディチナ』への注目は集まるのだ。
久々のお茶会参加だからか、エリージュもやって来てあれこれと張り切って指示を出していた。
彼女が王太后だということを思い出して、リンゼイの胃がツキリと痛む。
知りたくなかった事実であった。
なるべく忘れる努力を行う。
お茶会にはリリットも同行する。
ご婦人の会話についていけなくなった場合、手助けをしてくれるのだ。
「はあ、なんか、不安」
『リンゼイ、大丈夫だよ。怖くないから』
別に全ての問いかけに答える必要もないとエリージュは言う。
困った時は扇で口元を隠し、意味ありげに微笑めばいいと。
『リンゼイ、やってみて』
手元にあった扇を開き、目元だけを見せている状態で、意味を持たせるように笑う。
傍で眺めていたリリットとエリージュは、がっかりとした表情になった。
『リンゼイ、なんか、ものすごい威圧感がある』
「悪だくみの顔ですね」
「なんでよ……」
でも、相手を黙らせるのにはいい手段だとエリージュは言った。
「待って、そういうことをしたいんじゃないの!」
ちょうどスメラルドが部屋にやって来たので、エリージュが扇で口元を隠し、微笑んでみなさいと命じる。
『ごめんね、スメラルド』
『いえいえ~、おやすい御用ですよお』
スメラルドは猫の手で器用に扇を操り、口元を隠すと、うふふ、と笑った。
ほんわかとして癒される、素敵な笑顔だった。
『リンゼイ、これだよ』
「……」
エリージュは人には向き不向きがあると、はっきり言ってくれる。
だが、諦めるのはまだ早い。
リンゼイはスメラルドの笑みを観察して、真似てみる。
「ねえ、どう?」
『……あ、うん』
一言で言えば、怖い顔。
完全に笑顔とは思えないものだったので、とりあえずその顔はしない方がいいとだけ伝えておいた。
時間も迫っていたので、リンゼイは出掛けることにする。
クレメンテは朝から営業活動に出掛けていた。隣街まで、客船出店の宣伝に行っている。
リンゼイも頑張らなければと、気合を入れた。
貴族の住宅街を通り抜け、郊外にある立派なお屋敷へと馬車で向かった。
スメラルドを伴って、お茶会に参加をする。
すでにご婦人方は全員集合していた。
『うわ、リンゼイ最後じゃんか』
「……」
リリットは周囲に聞こえないような魔術を施した状態で呟く。
リンゼイの額には、僅かに汗が滲んでいた。
だが、ここで焦ってはいけない。
何があっても堂々としていろと、エリージュに言われていたのだ。
そうしていれば、失敗も失敗に見えない、と。
リンゼイは精一杯の穏やかな微笑み顔――実際は威圧的な表情――、を浮かべてから、挨拶をする。
「みなさま、ごきげんよう」
リンゼイの余裕たっぷりの顔は、遅れてきたことを攻めようと思っていたご婦人方の戦意を削いでいた。結果的には良かったのかと、リリットは思った。
主催の隣の席を勧められた。
期待に満ちた視線の数々に、押し潰されそうになる。
だが、全ては『メディチナ』のため。頑張ることにした。
まずは手土産を配って皆の心を掴む。
本日は爪の手入れをするオイルを持って来た。
試作品なので、小さな瓶に入れたものを渡す。
パッケージは薔薇の花が描かれている。
「こちらは、薔薇の成分を抽出して作った物で、爪に塗れば、手入れと共に美しく輝きますの」
エリージュに暗記させられた説明と、貴族女性の喋りを必死になって使っている。
『リンゼイ、超頑張れっ!』
「それで――」
『……応援しているから』
あの、薬マニアのリンゼイが頑張っている。
その姿を見ていたリリットは、感無量となった。
初め、反感を抱いていた女性達も、貰ったオイルの効果を目の当たりにすれば、すっかり態度も軟化している。
「この薔薇のオイル、とっても素敵ね」
「いい香りだわ」
「これだけなら、すぐに無くなりそう」
「本当に」
『メディチナ』のファンである、このお茶会を主催した夫人は、ここの品は店舗販売をしていないことを伝えていた。
「そうよね、リンゼイ様?」
「ええ。ですが、次の出店予定がありまして――」
豪華客船『アインセル号』
そこの商業エリアに、期間限定で店を構えることを宣伝する。
パンフレットもしっかり用意していた。スメラルドがご婦人方に配って歩く。
皆、メディチナの出店に興味を示していたが、一年前の沈没事故のことがあり、この場で決めることは出来ないと口々に話していた。
リンゼイも、ここで負けない。
楽しみは買い物だけではないことを伝える。
異国の恋物語の脚本を採用した劇場に、世界初の船内植物園、ダンスパーティは毎晩開催される。昼間には珍しいお宝を出品する競売も予定されていた。
『リンゼイ、よく覚えていたね……』
関心がないことに関して、記憶力が全く働かないと言っていたが、彼女なりに様々な努力をした状態で、お茶会に望んでいた。
リリットは偉いと言って、惜しみない拍手を送る。
最新技術が使われているということや、施設の内容を聞いて、だいぶご婦人方は理解を深めたようだった。
確かな手応えを、リンゼイは感じる。
「他に、何か質問はありますか?」
リンゼイの問いかけに対して、参加者の中でも若い婦人が声を掛ける。
気の強そうな娘だった。
「メディチナは薬屋だと聞いたけれど、化粧品などは置いていないの?」
「ええ、まあ」
「わたくし、お薬よりも化粧品が欲しいわ」
その意見に、他の女性達も同意を示す。
リリットはひやひやしていた。
『メディチナ』が薬屋であることにこだわっていたので、不機嫌になっているのではと思った。
また、威圧感のある表情をしているのではと、恐る恐る顔を覗き込む。
だが、彼女は落ち着いていた。
さらに、質問をしている。
「たとえば、どのようなお品をご所望でしょうか?」
「そうね……肌が、白くなる美容液、とか」
一人が言い出せば、次々と意見が出てくる。
リンゼイは穏やかな顔で頷きながら、要望を聞いていた。
無事に、お茶会は終了となる。
帰りの馬車の中に乗り込んだリンゼイは、笑顔のままで筋肉が固まっていた。
『リンゼイ、いいんだよ! もう、笑わなくても、大丈夫だから!』
今日一日の頑張りに、リリットは号泣していた。
「わたくし、平気ですわ」
『平気じゃないでしょう!?』
「何も問題は。何か、望むことがありましたら、なんでもおっしゃって」
『ヒエエエエン! リンゼイ~~、正気に、元の不遜なリンゼイに戻って~~!!』
リンゼイの営業モードはなかなか抜けなかった。
翌日。
朝から『メディチナ』の定例会議をする。
リンゼイはご婦人方からの要望があった、美容品の取り扱い拡大についての意見を発表する。
「リンゼイさん、大丈夫なんですか?」
「ええ。薬草とかめいっぱい入れて、薬っぽくする」
それに感心を示したのはエリージュであった。
「薬用化粧品ですか。面白いですね」
基本的に、化粧は肌に負担がかかる。
だが、美容効果も伴う品物が出来るのなら、素晴らしいものだと、大いなる興味を示していた。
「とりあえず、美容液に乳液、おしろい、口紅、頬紅、それから、目元化粧品、これくらいかしら?」
『リンゼイ、頑張るね』
「まあ、きちんとした商品を作りたいから、次回の即売会に出せるのは一つか二つね」
品質の追及は一番大切なことだとリンゼイは主張する。
皆、その意見に賛同していた。
以上で、話し合いはお開きとなる。
定例会議が終われば、ウィオレケの勉強を見る予定だ。
まだまだ休めない。
『リンゼイ、大丈夫?』
「平気だってば」
『無理しないでね』
「ええ。ありがとう」
だが、お茶会に関しては、ほどほどにしておくと言っていた。
女性陣の中に飛び込むのは、火竜と対峙するよりも、緊張したと話す。
『さ、さすが、リンゼイというか』
「だって、本当に怖かったんだもの!」
化粧品作りの計画も立てなければならない。
繁忙期は長く続きそうだった。
アイテム図鑑
メディチナ印の化粧品
リンゼイのこだわりの、お薬風味の化粧品、が出来る予定。
彼女は薬屋であり続けることを諦めていなかった。




