百三十七話
ミラージュ公国滞在三日目。
朝から父親に襲撃される事件があったが、気を取り直して、最後の一日を過ごすことにする。
まず、リンゼイはクレメンテを兄・ルイに紹介することにした。
ドンドンと激しく扉を叩いて鳴らす。出てこないので、兄の名前を大声で呼んだ。
すると、家の中から「間に合ってるから」という声が聞こえた。
いいから開けろと扉を激しく叩く。
「だから嫌なのに……」
「何が!?」
ルイはうんざりとした様子で扉を開き、招かれざる客を中へと引き入れる。
リンゼイはクレメンテとリリットを紹介した。
「旦那さん、本当に居たんだね」
「なんで結婚したって、嘘言わなきゃいけないの!?」
「そうだね。リンゼイは、馬鹿正直だから、嘘は言わない」
「馬鹿正直の使い方、間違えてる!」
兄妹は、馬鹿正直の使用方法について、間違っている、間違っていない、の言い合いをしばらく続けていた。
時間はお昼頃。
宿屋で食事を作って貰い、持って来ていた。
「リンゼイ、どうしたの?」
「何が?」
「気が利くようになったから」
「……」
「結婚ってすごいね」
そう言ってから、クレメンテに食卓の椅子を勧めていた。
結婚ってすごい。
それはリンゼイも思っていたことなので、素直に聞き入れる。
クレメンテは、リンゼイの兄を前にガチガチに緊張をしていた。
リリットは生暖かい視線で見守りながら、表情が硬い男のお茶に、砂糖とミルクをたっぷり入れて、かき混ぜてあげる。
そんなアツアツのお茶を、クレメンテは一気に飲み干す。
リリットは『ヒェッ!』と小さな悲鳴を上げた。舌が火傷しそうだと思ったが、白竜の鱗があるので、大丈夫かと放っておく。
リンゼイは父親から勘当されたことを話す。だが、「ふ~ん」という反応しか返ってこなかった。
「これで、兄妹全員勘当された訳か」
「え?」
「俺も勘当されたし、トランは何十回も勘当されている。リーヴィも三回くらい」
「リーヴィ兄上まで!?」
父親の勘当発言は、そこまで重みがある言葉ではないと話す。
「だから、父上、ウィオレケが本当に出て行った時は、落ち込んだと思うよ」
「なんて酷い話なの? あの子がどれだけ傷ついたことか」
父・ウィルクスは、十三歳の息子の行動力を甘くみていたのだ。
「あ、ウィオレケと言えば」
「ん?」
ウィオレケは近々国に帰す予定になっていた。
竜の子供が生まれ、親竜が契約を結ばせてくれるという話もする。
「それで、あの子の身元保証人になって欲しいんだけど」
「なんで?」
「だって、父上の元に戻すのは、心配だし」
ルイは自らの竜を休ませる広い土地も持っていた。上の部屋は空いていると前に言っていたし、ちょうどいい環境であった。
だが、ルイはすぐに顔を顰める。
リンゼイはウィオレケは料理が得意で、一緒に住んでも損はないと伝えた。
「う~ん」
「ねえ、いいでしょう?」
一人しか居ない弟でしょう? と言えば、渋々と承諾してくれた。
リンゼイは、ここに来て良かったと、安堵する。
それから、クレメンテを交えて会話をする。
ルイは火竜の魔法について知っていたが、興味がないからか触れることもなかった。
代わりに、意外なことを聞いてくる。
「リンゼイのどこが好きになったの?」
クレメンテは口に入れたばかりの肉を、噛まずにそのまま呑み込んでしまった。
口の中と顔が熱くなったので、カップの中の水を一気に飲む。
リンゼイはルイになんてことを聞くのかと、怒っていた。
「でも、気になるし」
「恥ずかしいこと聞かないで!」
顔を真っ赤にしたリンゼイがそう言うので、クレメンテはルイに、今度手紙に認めて送りますと言った。
「分かった」
「どうしてそうなるの!?」
リンゼイを振り回す人間が居るとはと、リリットは珍しい光景を楽しんでいた。
食事が終わってすぐに、お暇することにした。
「あ、そう。じゃあね」
ルイは止めずに、視線で見送りをした。
兄妹の別れは、あっさりと過ぎていく。
◇◇◇
『リンゼイのお兄さん、面白いひとだね』
「癖が強くて、でしょう?」
『まあ、ね……』
クレメンテは酷く緊張をしたと、長い息を吐いていた。食事の味も、お茶の熱さも分からなかったと話す。
「緊張するような相手でもないでしょう?」
「そんなことないですよ。とても、ご立派な方で……」
『確かに、ご立派な態度だったね』
濃い過ぎるアイスコレッタ家の血筋に恥じない人物であったと、リリットは評した。
次に向かったのは、都で一件だけ存在する薬屋。
店舗自体はとてもこじんまりとしていた。
当然ながら、客は居ない。
店内には、店番をする人工精霊の光球があった。
いろいろと参考にしようと思って来たので、店員が居ないのはありがたい。
そんなことを話しながら、商品を見て回る。
『商品のパッケージは、リンゼイ達のお店の方がおしゃれだね』
「そういえば、そうね」
ミラージュ公国の薬には、薬の名前と効能、値段が書かれた札が付いているだけであった。
値段はどれも『メディチナ』の半額以下である。
『いやあ、かのお店のぼったくり価格が一目瞭然となるお店ですな』
『メディチナ』の薬は一般向けではない。
安価で提供をすれば、市場が崩壊してしまうので、仕方がないぼったくり価格だった。
リンゼイは薬を手に取って、クレメンテに説明をする。
「これは、空を飛べるようになる軟膏」
「そ、そんなものが」
「でもこれ、効果が切れたら落ちちゃうのよね」
途中で効果が切れて、空から真っ逆さまに落下する事件がいくつも報告されていた。
その事件をうけて、浮遊魔術が使える人以外は使わないで下さい、という説明書きがある。
「多分これ、売っちゃだめなんだと」
「ですよね」
それからも、突っ込みどころが豊富な薬を見て回る。
声が変わるのど飴、足が速くなる美爪液、胃袋を大きくする薬に、好きな夢が見られるようになる目薬、風邪をひいてしまう薬など、不思議なもので溢れていた。
『あ、クレメンテ、これ、いいんじゃない?』
リリットが持って来た薬は、『明るい性格になる錠剤』。クレメンテはいいかもしれないと、リンゼイに買っていいか聞いてみる。
「そんなの、要らないから」
それに、国内の物を国外へ持ち出すには、大変な手続きをしなければならなくなるので、買わないようにと言っておいた。
初日に購入した、クレメンテの腕輪は既に申告済だった。
今からするとなれば、大変面倒だとリンゼイは言う。
『それにしても、おかしな効果がある薬ばっかりだなあ』
「私達の中で薬と言えば、こういうのを示すんだけどね」
薬とは、面白効果を望むもので、体調不良を治すものではない、と。
「私みたいに、体の機能を回復させる薬を専門的に作る魔術師は居ないと思う」
『そうなんだ~~』
ミラージュ公国内は通年過ごしやすいような温度管理がなされ、家の家事を行う人工精霊に寄って健康的な食事が提供される。なので、体調を崩すということも、ほとんどない。
「リンゼイさんは、どうして霊薬のような薬の専攻を?」
「う~ん、あまり、手垢のついていないものだったから、かな」
『なるほどねえ~。リンゼイらしいかも』
「そうですね」
結局、薬屋で参考になりそうな品物の発見には至らなかった。
商店街をぶらぶらとしているうちに、夕刻を知らせる鐘が鳴る。
『一日中暗いから、時間の感覚がなくなるね』
「そうですね」
街中を漂う人工精霊が、ほのかな光を放ちながら、ゆらゆらと揺れている。
「綺麗ですね」
「私にとっては当たり前の光景だけどね」
リンゼイには、セレディンティア王国の澄んだ青空の方が美しく見える。
ミラージュ公国は魔力の濃度が高いので、青い空が広がることはほとんどない。
その光景を思い出せば、久々にメレンゲに跨り、青空の下を飛びたいと思った。
「リンゼイさん、帰りましょう」
「そうね」
こうして、クレメンテとリンゼイの新婚旅行は終わる。
帰り道にもいろいろあり、リリットの絶叫が何度も上がっていた。
アイテム図鑑
風邪をひく薬
ちょっと明日の用事が憂鬱。
そんな時に飲めば、発熱とのどの痛み、咳が止まらなくなる効果が出る。
一日たてば治るので、安心。




