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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第九章 『メディチナ』、再開、しない!!
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百三十六話

 結局、親子の打ち合いが終わらなかったので、リリットは筋肉妖精マッスル・フェアリを六体召喚した。

 リンゼイの父ということで、クレメンテを拘束する時よりも多めに呼んでおく。

 大きな薄紅の花から飛び出した筋肉妖精マッスル・フェアリは、リリットに指示されて、ウィルクスを優しく追い詰める。


 屈強な妖精おっさんに囲まれたウィルクスは、大人しくならざるを得なかった。


「なんなんですか、この変態中年達は……!?」


 妖精達を見た反応は、真っ当なものだった。

 六人の筋肉妖精マッスル・フェアリは、ウィルクスの周りを囲み、自由に動けないように監視していた。

 一度、冷静になれば、目の前の変態が妖精族であることに気付く。


「リンゼイ、ここから出しなさい」

「嫌」

「……」


 妖精は魔法マギアを使える。下手な魔術で突破出来るとは思えなかった。

 それに加え、目の前の妖精おっさん達は、ウィルクスよりも背が高く、筋肉隆々。物理攻撃も強そうだと考える。


 結果、何も出来なくなってしまった。

 娘に出せと言っても、聞く耳は持たない。


「そもそも、あなたが悪いのですよ」


 どこの馬の骨かも分からない男と結婚なんかして。

 本日二回目の、クレメンテへの侮蔑の言葉をぶつける。


「父上、一つ、いいでしょうか?」

「……」


 憎き男を睨めば、リンゼイは庇うようにクレメンテの上着を掴んでいた。

 その反応も、気に食わないと思う。

 リンゼイは寝間着に魔術師の外套を纏っただけであったが、クレメンテは義父の前だということで、着替えて来ていた。

 格好が変わったからといって、印象が良くなる訳ではないと、吐き捨てる。


「何を、言いたいのです?」

「うちの人、クレメンテは、セレディンティア王国の、王家の人です」


 今は継承権を放棄して、爵位しかないけれど、と付け加える。

 まさかと、クレメンテの顔を見た。あんな風にしていて、どこぞの馬の骨ではなかったのだ。


 セレディンティア王国の王家の人間は、極めて容姿が秀麗であるという話を聞いたことがある。クレメンテの顔は平々凡々。ありえない話だと思った。


「証拠を――」

「ここで、証明するものは、何もないけれど」

「……」


 信じられないような話であったが、まず、リンゼイは嘘を吐かない。

 なので、娘の言うことは本当で、ウィルクスは愕然とすることになった。


「他の王族と、雰囲気が違うのは、戦う人だから」


 リンゼイは、クレメンテについて、父親に話し始める。

 さかのぼること、一年と少し前の話。

 魔術師の任から解放されて、街で一般人として暮らすために、仕方なく結婚をしたこと。

 共同生活を始めてみれば、二人共揃って世間知らずだったこと。

 暇潰しに、薬屋を始めたこと。

 販売まで、多大な苦労をしたこと。

 過去に、クレメンテが、国王と公妾の間に生まれ、暴君に命じられるがままに、長年戦火の中に身を置いていたこと。

 義理の弟である、ウィオレケにも優しくしてくれること。

 母親が襲撃したこと。


「そのあとも、面倒なことがたくさんあって……」


 母親が国との間に結んだ契約を解いたので、リンゼイは自由だった。

 国に帰ることは、いつでも出来たのだ。


「でも、私は今、望んで、彼の傍に居る」


 クレメンテと薬屋をして、最終的には店を開き、のんびりと暮らしたい。

 それが、リンゼイの夢であった。


 娘の話を聞いたウィルクスは、眉間に皺を寄せ、腕を組む。


 改めて、クレメンテを見た。

 どこかぼんやりとしていて、存在感がない。

 魔術師的な目で眺めるも、全く魅力的には見えなかった。

 だが、娘の話を聞いて考え直す。彼の行動は、そう、悪くはなかったと。


 腕を捧げるから、少しの間だけリンゼイと一緒に居させてくれと請う姿は、潔いとしか言いようがない。否、愚かとも感じる。だが、それだけ強い想いを抱いていることも窺がえた。

 娘を守れないからと、利き手ではない腕にして欲しいという主張も、なかなか言えないことだ。

 それに、散々睨み付けたのに、屈しない強い目。

 王族だというのに、偉そうでもない。


 今まで、これほどまで、熱心にリンゼイと結婚したいと言って来た者は居たかと、振り返る。


 ……居なかった。


 彼も、自らの地位のためだけに、娘の結婚を考えている訳ではなかった。

 ウィルクスの目に適う、将来有望な青年と、結婚させようと考えていたのだ。


 今まで、娘との結婚を望む者の多くは、アイスコレッタ家の縁と、珍しい女系血縁者を取り込みたいと目論む輩ばかりだった。

 リンゼイの経歴を理解し、共に高め合おうと主張する者は、一人も居ないというのが現状。


 だが、クレメンテは違った。

 リンゼイと共に在りたいと、強く望んでいる。

 共に、薬屋を経営しているとも言っていた。魔術師ではないが、生まれは悪くない。

 冷静になれば、結婚相手として申し分ないと思う。

 自らの地位を揺るがないものとする材料にはならないが。


 リンゼイは結婚に向かないとも考えていた。ゆえに、結婚相手探しは難航を極めていたのだ。

 正直に言えば、娘の内面は女性として魅力があるとは思っていない。彼の生意気な妻に、気質がそっくりだった。

 自らよりも高い地位を我が物とし、従順でない女との結婚生活は、なかなか屈辱的でもあった。

 クレメンテはどうなのかと、気になってしまう。

 もしや、外見が好きなのかという、疑惑が浮かんできた。

 それだけの理由ならば、許すことは出来ないと思う。


「――そうですね。だったら、結婚を承諾する前に、試練を与えましょう」

「え!?」


 夫婦揃って、一体今度は何をやらせるつもりだと、リンゼイは叫んだ。

 だが、その声も、だんだんと発することが出来なくなる。


 ばさり、と服が脱げる音が聞えた。

 リンゼイは悲鳴をあげる。


「にゃーーん!!」


 ――ん?


 叫び声がおかしいと、リンゼイは思った。

 それに、視界がおかしい。

 周りの物が、大きみえて、視界も鮮明ではない。


「リンゼイさん!?」

『リ、リンゼイ~~』


 焦るようなクレメンテとリリットの声。

 なんだか妙に頭に響く。

 もう少し、小さな声でしゃべって欲しいと思った。


 ――ねえ、ちょっと、声、大きいんだけど!


 そう言ったのに、発せられたのは、「にゃあにゃあ」という猫の鳴き声であった。


 ――えっ、やだ、嘘でしょう!?


 リンゼイはやっと、自らの状態に気付く。

 父の魔術で、猫の姿に変えられたということに。


 慌てる様子を見て、ウィルクスは高笑いをしていた。

 そして、クレメンテに言葉を掛ける。


「さあ、結婚を許しましょう!」


 はっとするように、ウィルクスを見るクレメンテ。


「望みとおり、リンゼイとの結婚生活を続けて下さい。娘は永遠に、猫の姿ですが」


 それが試練だと言う。


 発言を聞いた刹那、クレメンテは涙を流した。

 その場に一人、蹲る。


「今なら間に合いますよ。リンゼイとの結婚を諦めれば、元の姿に戻ります」

「ほ、本当ですか!?」


 すぐに、ぱっと、顔を上げる。

 流れる涙は止まらなかったが、声色は明るくなった。


「ああ、よかった。二度と戻らないかと思っていました……」

「ですが、戻すのはあなたが結婚を諦めたら、ですよ」

「……はい」

「ん?」

「結婚を、諦めます」

「!?」


 クレメンテは、あっさりとリンゼイの結婚を諦めると言った。

 ウィルクスは首を捻る。

 どうして、こうも簡単に断念したのかと。


「理解出来ません。やはり、あなたはリンゼイの顔が好きだったのですね?」

「違います」

「だったらどうして――」

「薬作りは、リンゼイさんの楽しみで、人生そのものなんです」


 小さな猫の体では、薬作りは出来ない。

 それが、気の毒で悲しくなったのだと言う。

 猫の姿でも、一緒に居てくれるならば、嬉しいと話す。でも、それは自分だけの我儘であるとも。


「元より、私には勿体ない女性でした。こうして、無事に国にお返し出来たのは、いいことだったのかもしれません」


 素敵な娘さんと、結婚が出来て幸せでしたと、ウィルクスにお礼を言った。

 それからクレメンテはリンゼイの方を向く。


「今まで、ありがとうございました。リンゼイさんと一緒に居て、とても、楽しかったです」


 猫のリンゼイに、頭を下げる。

 地面に額を付けて行うそれは、完璧な平伏であった。

 リリットは、ちょっとそれ違うと突っ込みを入れようとしたその時、あることに気付く。

 妖精の魔眼は、ウィルクスの術を見破った。


『リンゼイ、それ、幻術だよ!!』

「!?」


 ハッと気づいた時には、体は元に戻っていた。服も着ている。

 リンゼイや周囲の者達は、偽りの魔術に惑わされていたのだ。

 幻術は、視界、思考、言語、その他いろいろ、ありとあらゆるものを変化させたように錯覚させる。

 まんまとウィルクスの術中に嵌り、猫の姿になったという勘違いをしてしまったのだ。


「父上!!」

「猫の姿に変える術式なんか使える訳ないでしょう。それは、『魔法マギア』の領域です」


 怒ったリンゼイは、父親の周りを囲んでいた筋肉妖精マッスル・フェアリに、幅を狭めるようにお願いした。


 筋肉が間近に迫ってきて、ウィルクスは精神的なダメージを受ける。


「わ、分かりました! 結婚は認めます! だから、早くこの妖精をしまいなさい!」


 言質は取った。

 リンゼイは妖精おっさん達に笑顔でお礼を言う。

 幸せの力を貰った筋肉妖精マッスル・フェアリ達は、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、消えていった。


「父上、ありがとうございました」


 リンゼイの言葉に続いて、クレメンテも額を地面に付けながら、お礼を言った。


「……勘当です」


 そう言ってから、背を向けて出て行くウィルクス。

 発言を聞いたクレメンテは、焦ったようにリンゼイの顔を見た。


「リンゼイさん!」

「いいの」

「でも――」


 リンゼイはその場にしゃがみ込み、クレメンテと目線を一緒にする。

 そして、あまり見せたことのない、柔らかな笑みを浮かべた。


「私は、クレメンテと居たいから」

「!」

「もし、猫の姿になっても、あなたの傍に……」


 その言葉を聞いたクレメンテは、嬉しすぎて鼻血を噴いた。


アイテム図鑑


猫リンゼイ

紫色の毛並みに、大きな黒い目。耳は大きくて、ツンとした印象の猫。

クレメンテはもふもふしたかった。

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