百三十六話
結局、親子の打ち合いが終わらなかったので、リリットは筋肉妖精を六体召喚した。
リンゼイの父ということで、クレメンテを拘束する時よりも多めに呼んでおく。
大きな薄紅の花から飛び出した筋肉妖精は、リリットに指示されて、ウィルクスを優しく追い詰める。
屈強な妖精に囲まれたウィルクスは、大人しくならざるを得なかった。
「なんなんですか、この変態中年達は……!?」
妖精達を見た反応は、真っ当なものだった。
六人の筋肉妖精は、ウィルクスの周りを囲み、自由に動けないように監視していた。
一度、冷静になれば、目の前の変態が妖精族であることに気付く。
「リンゼイ、ここから出しなさい」
「嫌」
「……」
妖精は魔法を使える。下手な魔術で突破出来るとは思えなかった。
それに加え、目の前の妖精達は、ウィルクスよりも背が高く、筋肉隆々。物理攻撃も強そうだと考える。
結果、何も出来なくなってしまった。
娘に出せと言っても、聞く耳は持たない。
「そもそも、あなたが悪いのですよ」
どこの馬の骨かも分からない男と結婚なんかして。
本日二回目の、クレメンテへの侮蔑の言葉をぶつける。
「父上、一つ、いいでしょうか?」
「……」
憎き男を睨めば、リンゼイは庇うようにクレメンテの上着を掴んでいた。
その反応も、気に食わないと思う。
リンゼイは寝間着に魔術師の外套を纏っただけであったが、クレメンテは義父の前だということで、着替えて来ていた。
格好が変わったからといって、印象が良くなる訳ではないと、吐き捨てる。
「何を、言いたいのです?」
「うちの人、クレメンテは、セレディンティア王国の、王家の人です」
今は継承権を放棄して、爵位しかないけれど、と付け加える。
まさかと、クレメンテの顔を見た。あんな風にしていて、どこぞの馬の骨ではなかったのだ。
セレディンティア王国の王家の人間は、極めて容姿が秀麗であるという話を聞いたことがある。クレメンテの顔は平々凡々。ありえない話だと思った。
「証拠を――」
「ここで、証明するものは、何もないけれど」
「……」
信じられないような話であったが、まず、リンゼイは嘘を吐かない。
なので、娘の言うことは本当で、ウィルクスは愕然とすることになった。
「他の王族と、雰囲気が違うのは、戦う人だから」
リンゼイは、クレメンテについて、父親に話し始める。
さかのぼること、一年と少し前の話。
魔術師の任から解放されて、街で一般人として暮らすために、仕方なく結婚をしたこと。
共同生活を始めてみれば、二人共揃って世間知らずだったこと。
暇潰しに、薬屋を始めたこと。
販売まで、多大な苦労をしたこと。
過去に、クレメンテが、国王と公妾の間に生まれ、暴君に命じられるがままに、長年戦火の中に身を置いていたこと。
義理の弟である、ウィオレケにも優しくしてくれること。
母親が襲撃したこと。
「そのあとも、面倒なことがたくさんあって……」
母親が国との間に結んだ契約を解いたので、リンゼイは自由だった。
国に帰ることは、いつでも出来たのだ。
「でも、私は今、望んで、彼の傍に居る」
クレメンテと薬屋をして、最終的には店を開き、のんびりと暮らしたい。
それが、リンゼイの夢であった。
娘の話を聞いたウィルクスは、眉間に皺を寄せ、腕を組む。
改めて、クレメンテを見た。
どこかぼんやりとしていて、存在感がない。
魔術師的な目で眺めるも、全く魅力的には見えなかった。
だが、娘の話を聞いて考え直す。彼の行動は、そう、悪くはなかったと。
腕を捧げるから、少しの間だけリンゼイと一緒に居させてくれと請う姿は、潔いとしか言いようがない。否、愚かとも感じる。だが、それだけ強い想いを抱いていることも窺がえた。
娘を守れないからと、利き手ではない腕にして欲しいという主張も、なかなか言えないことだ。
それに、散々睨み付けたのに、屈しない強い目。
王族だというのに、偉そうでもない。
今まで、これほどまで、熱心にリンゼイと結婚したいと言って来た者は居たかと、振り返る。
……居なかった。
彼も、自らの地位のためだけに、娘の結婚を考えている訳ではなかった。
ウィルクスの目に適う、将来有望な青年と、結婚させようと考えていたのだ。
今まで、娘との結婚を望む者の多くは、アイスコレッタ家の縁と、珍しい女系血縁者を取り込みたいと目論む輩ばかりだった。
リンゼイの経歴を理解し、共に高め合おうと主張する者は、一人も居ないというのが現状。
だが、クレメンテは違った。
リンゼイと共に在りたいと、強く望んでいる。
共に、薬屋を経営しているとも言っていた。魔術師ではないが、生まれは悪くない。
冷静になれば、結婚相手として申し分ないと思う。
自らの地位を揺るがないものとする材料にはならないが。
リンゼイは結婚に向かないとも考えていた。ゆえに、結婚相手探しは難航を極めていたのだ。
正直に言えば、娘の内面は女性として魅力があるとは思っていない。彼の生意気な妻に、気質がそっくりだった。
自らよりも高い地位を我が物とし、従順でない女との結婚生活は、なかなか屈辱的でもあった。
クレメンテはどうなのかと、気になってしまう。
もしや、外見が好きなのかという、疑惑が浮かんできた。
それだけの理由ならば、許すことは出来ないと思う。
「――そうですね。だったら、結婚を承諾する前に、試練を与えましょう」
「え!?」
夫婦揃って、一体今度は何をやらせるつもりだと、リンゼイは叫んだ。
だが、その声も、だんだんと発することが出来なくなる。
ばさり、と服が脱げる音が聞えた。
リンゼイは悲鳴をあげる。
「にゃーーん!!」
――ん?
叫び声がおかしいと、リンゼイは思った。
それに、視界がおかしい。
周りの物が、大きみえて、視界も鮮明ではない。
「リンゼイさん!?」
『リ、リンゼイ~~』
焦るようなクレメンテとリリットの声。
なんだか妙に頭に響く。
もう少し、小さな声でしゃべって欲しいと思った。
――ねえ、ちょっと、声、大きいんだけど!
そう言ったのに、発せられたのは、「にゃあにゃあ」という猫の鳴き声であった。
――えっ、やだ、嘘でしょう!?
リンゼイはやっと、自らの状態に気付く。
父の魔術で、猫の姿に変えられたということに。
慌てる様子を見て、ウィルクスは高笑いをしていた。
そして、クレメンテに言葉を掛ける。
「さあ、結婚を許しましょう!」
はっとするように、ウィルクスを見るクレメンテ。
「望みとおり、リンゼイとの結婚生活を続けて下さい。娘は永遠に、猫の姿ですが」
それが試練だと言う。
発言を聞いた刹那、クレメンテは涙を流した。
その場に一人、蹲る。
「今なら間に合いますよ。リンゼイとの結婚を諦めれば、元の姿に戻ります」
「ほ、本当ですか!?」
すぐに、ぱっと、顔を上げる。
流れる涙は止まらなかったが、声色は明るくなった。
「ああ、よかった。二度と戻らないかと思っていました……」
「ですが、戻すのはあなたが結婚を諦めたら、ですよ」
「……はい」
「ん?」
「結婚を、諦めます」
「!?」
クレメンテは、あっさりとリンゼイの結婚を諦めると言った。
ウィルクスは首を捻る。
どうして、こうも簡単に断念したのかと。
「理解出来ません。やはり、あなたはリンゼイの顔が好きだったのですね?」
「違います」
「だったらどうして――」
「薬作りは、リンゼイさんの楽しみで、人生そのものなんです」
小さな猫の体では、薬作りは出来ない。
それが、気の毒で悲しくなったのだと言う。
猫の姿でも、一緒に居てくれるならば、嬉しいと話す。でも、それは自分だけの我儘であるとも。
「元より、私には勿体ない女性でした。こうして、無事に国にお返し出来たのは、いいことだったのかもしれません」
素敵な娘さんと、結婚が出来て幸せでしたと、ウィルクスにお礼を言った。
それからクレメンテはリンゼイの方を向く。
「今まで、ありがとうございました。リンゼイさんと一緒に居て、とても、楽しかったです」
猫のリンゼイに、頭を下げる。
地面に額を付けて行うそれは、完璧な平伏であった。
リリットは、ちょっとそれ違うと突っ込みを入れようとしたその時、あることに気付く。
妖精の魔眼は、ウィルクスの術を見破った。
『リンゼイ、それ、幻術だよ!!』
「!?」
ハッと気づいた時には、体は元に戻っていた。服も着ている。
リンゼイや周囲の者達は、偽りの魔術に惑わされていたのだ。
幻術は、視界、思考、言語、その他いろいろ、ありとあらゆるものを変化させたように錯覚させる。
まんまとウィルクスの術中に嵌り、猫の姿になったという勘違いをしてしまったのだ。
「父上!!」
「猫の姿に変える術式なんか使える訳ないでしょう。それは、『魔法』の領域です」
怒ったリンゼイは、父親の周りを囲んでいた筋肉妖精に、幅を狭めるようにお願いした。
筋肉が間近に迫ってきて、ウィルクスは精神的なダメージを受ける。
「わ、分かりました! 結婚は認めます! だから、早くこの妖精をしまいなさい!」
言質は取った。
リンゼイは妖精達に笑顔でお礼を言う。
幸せの力を貰った筋肉妖精達は、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、消えていった。
「父上、ありがとうございました」
リンゼイの言葉に続いて、クレメンテも額を地面に付けながら、お礼を言った。
「……勘当です」
そう言ってから、背を向けて出て行くウィルクス。
発言を聞いたクレメンテは、焦ったようにリンゼイの顔を見た。
「リンゼイさん!」
「いいの」
「でも――」
リンゼイはその場にしゃがみ込み、クレメンテと目線を一緒にする。
そして、あまり見せたことのない、柔らかな笑みを浮かべた。
「私は、クレメンテと居たいから」
「!」
「もし、猫の姿になっても、あなたの傍に……」
その言葉を聞いたクレメンテは、嬉しすぎて鼻血を噴いた。
アイテム図鑑
猫リンゼイ
紫色の毛並みに、大きな黒い目。耳は大きくて、ツンとした印象の猫。
クレメンテはもふもふしたかった。




