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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第九章 『メディチナ』、再開、しない!!
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百三十五話

 朝、クレメンテは謎の状態で目が覚める。

 まず、近すぎる位置に人の気配があった。

 否、気配なんてものではない。

 柔らかい何かが、腕にしっかりと密着していたのだ。

 加えて、なんだか甘くていい香りもする。


 ――まさか!?


 そのまさかだった。

 クレメンテは寝台に寝転がり、その隣にリンゼイが眠っていた。

 しかも、腕を抱き枕にするように、ぴったりと寄り添って眠っているのである。


 夢だと思った。

 きっと、これは、夢。


 クレメンテは至福の瞬間を味わう。

 世界一、幸せだと思った。


「……ん」

「……」


 突然、リンゼイが身じろぐ。

 ぐっと、柔らかな何かが押し付けられた。


 最近の夢は凄いな、と思う。

 香りや触感があり、声も聞こえるなんて、と。


 だんだんと、熱くなってくる。

 額にも汗を掻いていた。

 これはやばいと、危機感が出てくる。


 密着するリンゼイは、そっと寄り添っているだけだった。がっちりと拘束されている訳ではない。離れようと思えば、いつでも離れられる。


 なのに、離れられない。


 この時には、もう夢ではないと気付いていた。

 早く起きないと、色んな意味でもれなく変態扱いをされてしまう。


 天国と地獄の狭間とは、こういうものなのかとクレメンテは思った。


 一体、どうしてこんなことにと、昨晩の記憶を振り返る。


 確か、リンゼイに寝台を譲り、自分は長椅子で眠ろうとした先から記憶が無くなっていた。

 不思議なこともあるのだと、首を僅かに捻る。


 最後に、記念としてリンゼイの寝顔を見ることにした。


「……かわいい」


 思わず呟いてしまう。

 目を閉じている顔は初めて見たと、感動してしまった。

 二度と見ることが出来ないだろうと思って、じっくりと眺める。


 そんな折に、不幸は起きた。


 ガチャリと、部屋の扉が開いたのだ。

 慌てて起き上るクレメンテ。


 入って来たのは、見知らぬ中年男性であった。

 隣で眠るリンゼイは目覚めない。

 よく見たら、リリットもリンゼイの二の腕を枕にして眠っていた。


 視線を、中年男性へと移す。

 相手は、ワナワナと震えていた。


 リンゼイと同じような魔術師の外套を纏い、長く黒い杖を持っている。金の髪は後ろに撫でつけていて、髭を生やした品のある男性。年頃は五十代後半くらいに見えた。

 外套の下は、白いシャツにネクタイを締め、皺の無いズボンを纏っている紳士であった。


 クレメンテは気付く。

 その男性が、誰かに似ていると。


「あ、あの――」

「どういうことですか、リンゼイ!!」


 丁寧な言葉遣いで怒鳴り散らす中年男性。だが、リンゼイは起きない。

 クレメンテはオロオロとするばかりだ。

 リンゼイが全く起きようとしないので、さらに苛立った表情となる。


「アレの言っていたことは、真実だったか……」


 独り言を呟きながら、世界の悪を見るような視線をクレメンテに向ける。


 絶対に許さないという旨を、本人の前で宣告していた。

 杖で指されたクレメンテは、びくりと肩を震わせる。

 目の前の中年男性は、先日会ったリンゼイの二番目の兄、トランに似ていた。

 つまり、リンゼイの父親ということになる。


 ダン! と杖の底を地面に打ち付けた。

 睨み付ける視線は変わらない。目が合えば、つかつかと近づいて来る。

 寝台の上で呆然とするクレメンテを上から見下ろし、突然、手にしていた杖を振り上げ、勢いよく振り下ろす。

 寸前で避けてたので、当たらなかった。


 それから二人は、無言で追い駆けっこを始める。

 ぶんぶんと杖を振り回すが、クレメンテは器用に避けてしまうので、リンゼイの父が一方的に疲れるだけである。


 ついに、体力切れを起こして、膝に手をついて息を整える中年紳士。


 その隙にクレメンテは、リンゼイを起こそうと体を揺さぶった。


「リンゼイさん、起きて下さい!! あの、お義父様が、いらしています!!」


 遠くから、「お前にお父さんと言われる筋合いはありません!」と言うお約束過ぎる突っ込みが聞こえた。


 無視してリンゼイを揺さぶり続ける。


「リンゼイさん、起きて下さい」

「ふふ、やだ、くすぐったい」

「……」


 こんな時に限って、なんて可愛い反応をするのだと戦慄してしまった。

 彼女の寝姿をいつまでも眺めていたいと思う。

 だが、そんなことが許される状況下になかった。


 息を整えた中年が、再びクレメンテに迫る。


 ついにはクレメンテに、ここで死ねと叫びながら猛追していた。


 その叫び声を聞いて、やっとリンゼイは目を覚ました。


「うるさいっ!!」


 起き上がって一喝したが、目の前のありえない状況にポカンとする。


 杖を振り上げる父と、襲われるクレメンテ。


「は?」


 混乱したリンゼイは傍で寝ていたリリットを起こし、荒ぶる中年男性を調べるように『鑑定』を頼む。


『え~、あのひと~? う~ん……』


 ――ウィルクス・アイスコレッタ。


 間違いなく、リンゼイの父親であった。

 寝ぼけ眼で見た中年男性の姿は、間違いなく見知った顔だったのだ。


「ち、父上、何、を?」


 ようやく目覚めた娘を、リンゼイの父、ウィルクスはギロリと睨んだ。


「あなたは、なんてことをしてくれたのですか!?」


 それから、クレメンテを指差しながら言う。

 どこの馬の骨か分からない人間と結婚をして、と。


 ――結婚が、父親に、バレてしまった。


 さすがのリンゼイも、顔色を悪くする。


 父親は執拗にクレメンテを追い駆け、杖で叩こうと奮闘していた。

 クレメンテに攻撃が当たることはないと思ったので、敢えて止めない。

 呆然と、追う・追われる二人を眺めていた。


『あれだよね』

「?」

『見るからに、リンゼイのお父さんって感じ』

「どうして?」


 魔術を使わずに、物理攻撃で制裁しようとする姿は、戦闘中のリンゼイと繋がるところがあった。リリットは『なんとなく』と言って言葉を濁す。


「はあ、はあ、このっ!」

「すみません!」


 つい癖で避けてしまうのだと、クレメンテは謝る。

 その下手したてに出るような態度にも、ウィルクスは苛ついていた。


「わ、分かりました。お気が済むまで、殴って下さい」


 クレメンテはその場に蹲り、もう逃げないと誓った。


「あなたを死ぬほど殴ったからと言って、娘の純潔は帰ってきません!!」

「……」

「……」


 その言葉に、微妙な顔つきとなるクレメンテとリンゼイ。リリットは噴き出しそうになった。

 ウィルクスがそう思うのも無理はない。二人が勘違いさせるような状況下に居たからだ。


「父上、私の話は、トラン兄上から聞いたのですか?」

「ええ」


 リンゼイは舌打ちをする。

 やはり、あの軽薄兄は信用ならない。徹底的に無視をするべきだったのだと後悔していた。


「もしや、ウィオレケもあなたの所に!?」

「……ええ、まあ」


 竜を得て戻って来ることはここで言うべきなのか迷ったが、結局何も言わなかった。

 とりあえず、話が拗れそうになったら、ウィオレケはルカに預ければいいと考える。その間、ひたすら叱咤を受けていた。

 父親に刃向えば、面倒なことになるので、口答えはしない。

 アイスコレッタ兄妹の、父親と接する際の心得でもある。


「学費を返し終えたのなら、早く言えばいいものの」


 リンゼイは父親の話を聞いているようで、全く聞いてなかった。

 ここからの脱出方法を考えていたのだ。

 魔術でのかく乱は相手に効かないだろうと想定する。

 ウィルクスが纏う外套は、あらゆる魔術を無効化にするような呪文が刻まれているからだ。


 残った手段は強行突破。

 クレメンテとリンゼイが得意とするものである。

 そんなことを考えていると、話はとんでもない方向に向かっていた。


 ウィルクスはリンゼイを家に連れて帰ると、クレメンテに宣言していたのだ。


「傷物でも、アイスコレッタの女と縁を結びたいと思う奴は山ほど居ますので」


 そんなことを言えば、クレメンテはウィルクスに縋りついた。


「あの、すみません、お願いします! どうか、お許しください!」


 永遠とは言わない。もう少しだけ、一緒に居させてくださいと、クレメンテは必死になって願う。


「だったら、娘と引き換えに、腕の一本でも置いて行って頂きましょうか!?」

「はい、差し上げます!!」

「!?」

「……利き手は、ご勘弁頂きたいのですが」

「は?」

「リンゼイさんを、守れなくなりますので」


 クレメンテの覚悟を前に、言葉を失うウィルクス。

 諦めさせるように言った言葉だったが、全く効いていなかった。

 だが、ここで引く訳にもいかない。


「わ、渡すのは、利き腕を!」

「あの、私の利き手は右なのですが、左手には、実は、ですね、りゅ――」

「駄目!!」


 リンゼイは父親とクレメンテの間に割って入り、物騒な交渉事を止めるように言った。


「私は戻らないし、クレメンテの腕も渡さない!」

「あなたは、何を!?」

「家で待っている人が居るし、夢もあるから」


 頭に血が昇ったウィルクスは、娘にも杖を振り上げる。

 だが、リンゼイも負けていなかった。

 机の上にあった燭台を掴み、父の杖を受け止める。


 それから、二人は杖と燭台で激しい打ち合いをしていた。

 クレメンテはポカンとしながら、その様子を眺めている。


 その様子を見て、リリットが一言。


『なにこれ?』


 脳筋親子の戦いは続く。


アイテム図鑑


ウィルクスの黒杖


ありとあらゆる闇の魔術を統べる杖。

れっきとした魔術用。

硬度は抜群で、ついつい物理攻撃に使ってしまう。

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