百三十四話
ルイは何も言わずにリンゼイの作った料理を完食した。しようもないことを言いそうだったので、感想は聞かなかった。
そのあと、本題に移る。
水蛇と妖精研究科、ヴィッシュ・リトルについてだ。
ルイは進退無しだと言う。ここ最近、忙しくて調べる暇がなかったようだ。
だが、水蛇の関連本はほとんど読んだと言っていた。
「分かったことは、水蛇、怖い」
「……そう」
リンゼイはどうしようか迷っていたが、ウィオレケと二人で抱え込むには大きな問題だった為に、口が堅い兄に全てを話した。
世界の終末が迫っていること。
それを告げる精霊がいて、逃れられない事態だということ。
過去から来た古代人について。
『魔法』で過去の改ざんをするということ。
「リンゼイ、それはいけない」
ルイもウィオレケと同じことを言った。
興味がなく、適当な返事をするかと思ったので、意外に思う。
「あのね、いくら俺でも、世界の終末には興味あるよ」
「そうなのね」
新たな兄の一面を見た瞬間であった。
一時期、ルイも時間逆行について興味があったと話す。
「これは、仮説に過ぎないけれど、多分、過去に行って、大きな改ざんをすれば、未来が消える」
「修正されるだけではなくて?」
「消える。だから、リンゼイが、過去に行って水蛇の誕生を防げば、最悪、今ここに居るリンゼイは、居なくなる可能性も」
「!」
水蛇の復活を企むことが五年前だと仮定する。
リンゼイが五年前に飛んで、あるべき未来を改ざんした。
そうすれば、世界は五年前に戻り、やり直しをすることになる。
五年前といえば、リンゼイは十九歳。セレディンティア王国の復興をしている時期になる。
「五年位はまだいい。ヴィッシュ・リトルが水蛇の復活を企んだのが、三十年前とかだったら……」
「私は、この世界に生まれてこない可能性もある?」
「そう」
人生の分岐は数多に存在する。
やり直しの世界で、リンゼイの両親が再び結婚するとも限らないのだ。
そして、結婚したとしても、同じような子供が生まれてくるとも限らない。
「リンゼイは、覚悟はある? 自分が消えてしまうって、怖くない?」
怖いと思った。
大きな目的は、水蛇との戦闘回避であったが、過去の改ざんも、リンゼイ側にとって失う物が大き過ぎる。
「もしかしたら、古代人の手を借りて、水蛇復活を阻むことは可能かもしれないけれど、自分で出来ない大きなことを、他人の手を借りて、してしまうのはどうなんだろうね」
ルイの言い分に、ぐうの音も出なかった。その通りだと、リンゼイは思う。
「きっと、俺達が居る時代は、世界は滅びない、と思う。だから、知らない振りをして、幸せに暮らせば?」
戦いを挑む方はもっと駄目だと釘を刺される。
必ず、身を滅ぼすことになる、と。
関連本をほとんど読破したルイが言うことだから、説得力はある。
「なんだったら、母上に相談をするといい。父上は、絶対に駄目」
「でしょうね」
時間逆行における未来への影響はルイの仮定だ。きちんとした情報が欲しいと思う。
「例の古代人が、何か知っているんじゃない?」
「あ、そっか」
何も、無理してここで調べなくとも、美食王こと、現代に生きる古代人、エルベール・レオナルド・マリエル・リュッセに聞けばいいと気付いた。
「あ、そうだ。兄上に、もう一つ聞きたいことがあって」
「?」
それは、クレメンテの手のひらにある『魔法』。
話を聞けば、心底呆れたような顔をする。
「なんで、そう、普通じゃない事態に、巻き込まれるの?」
「知らない! 問題が、向こうから飛んでくるの!」
「ふうん」
クレメンテの火竜の魔法については、ルイも魔術医に相談しない方がいいと言った。即座に魔法保存会に掴まって、生涯閉じ込められてしまう大きな可能性を指摘する。
「やっぱり」
「良かったね。俺が魔法マニアじゃなくって。興味があったら、即刻研究材料にしてた」
「そ、そうね」
「父上には絶対言わない方がいい」
「?」
リンゼイの知らないことであったが、兄妹の父はとんでもない魔法マニアなのだ。バレたら大変なことになる。
リンゼイの要件は以上となった。
ずっと気になっていた問題だったので、ここで相談することが出来て気分も軽くなった。
兄・ルイに、初めて感謝の言葉を口にした。
「兄上に相談できてよかった。なんだか、ちょっとだけ気が楽になった」
こうやって話を真面目に聞いてくれたことも、驚きだった。
「ただの魔道具マニアで、他の人のことに興味なんて持たないと思ってた」
「俺も、リンゼイのことを、ただの薬馬鹿で、自分さえ良ければ周囲なんてどうでもいいと、思っていたけど、ね」
お互いの感想に対して、微妙な顔をする兄妹。
血が繋がった血縁関係であることを、嫌になるくらいに痛感することになった。
「リンゼイは、家族だからね。特別だよ」
「ありがとうね」
リンゼイも、兄が困ったことがあれば、協力すると言った。
「協力とか、要らないから、珍しい魔道具があれば、見せて」
「……」
リンゼイの道具箱の中には、『妖精の鐘』が入っている。
お礼に見せるべきか迷った。
だが、ルイは普通ではない魔道具マニアだ。見せたら大変なことになりそうだと思い、今回は「分かった」という返事だけする。
改めてお礼を言ってから、兄の家を後にした。
◇◇◇
道具箱の通信機能で連絡を取り合ってから、クレメンテ・リリットの二人と合流した。
『リンゼイ、お疲れさま!』
「ええ」
くたびれた様子を見せるクレメンテと、上機嫌のリリットという対照的な様子であった。
「満足した?」
『した!』
「良かった」
このあと、リンゼイは店に寄りたいと言う。
装身具を扱う店だった。
『珍しいね。リンゼイが欲しい物があるって。しかも、装身具屋さん』
「おしゃれ目的の店じゃないから」
『あ、そっか。魔道具的なものね』
「そう」
店の外観は宝飾店と変わらない。
取り扱う品が高価なものばかりだからか、店主が居た。
「いらっしゃいませ」
ガラスケースの向こう側に居たのは、妖艶な美女。年頃は三十前後といったところ。
瞼には濃い紫色の線が引かれており、唇の色は真っ赤。リンゼイに負けない派手な美人であった。
「何をお求めでしょうか?」
「お守りを」
「かしこまりました」
店主は胸元の開いた服の上から魔術師の外套を纏っている。
商品を取り出す為に屈めば、大きな胸が強調される形になった。
リンゼイは思わずちらりとクレメンテを見る。
目があったので、びっくりした。
「え、何!?」
「あ、すみま、いえ、意味もなくリンゼイさんを見ていました」
「あっそ」
つれない態度を取りながらも、美人な店主に目を奪われていないで良かったと安堵する。
リリットが肩に乗り、リンゼイの耳元で囁いた。
『大丈夫だよリンゼイ。クレメンテは他の女性なんて眼中にないから』
「……」
その言葉を聞いた途端に、耳が赤くなる。
それは、嬉しいことであった。
「こちらのお品とか、いかがでしょう?」
店主の声を聞いて、ハッと我に返るリンゼイ。
うろうろと泳いでいた目を、装身具に向けた。
一つは耐魔、一つは耐防効果がある。
二つとも、革製の腕輪のような形をしていた。色は白と黒。
「ねえ、どちらがいい?」
突然話を振られて、驚くクレメンテ。
真剣に悩んでいたが、魔道具については詳しくないし、太い腕輪よりも、細い金属製の腕輪の方がリンゼイに似合いそうだと話す。
「私のじゃなくて、あなたの腕輪なんだけど」
「え、私に!?」
「そう。気休めだから、好きな方を選んでって、聞いていたの」
「勿体ない品です」
「いいから、贈らせて。たまには」
その言葉を聞いたクレメンテは、感極まって涙目になる。
店員の前で堂々と気休め発言をするリンゼイ。すっかり二人の世界になっているので、リリットが代わりに店主には謝っておいた。
「えっと、だったら、リンゼイさんが選んでくれた方が、嬉しいです」
「……分かった」
リンゼイは店主に許しを得てから腕輪を掴み、真剣に悩んだ後、黒い方を購入した。
リリットには、ずっとクレメンテから見えない尻尾がぶんぶんと振られているような気がして、何度も目を擦る。
最後に、リンゼイがクレメンテに腕輪を着ければ、大袈裟なくらい何度もお礼を言っていた。
その様子を見て、リリットが一言。
『なんていうか、首輪みたいなもんだよね、あれ……』
忠犬と主人。
そんな言葉が似合いそうな夫婦であった。
アイテム図鑑
耐魔の腕輪
リンゼイからクレメンテへの贈り物。
クレメンテは、異常なほどに喜んでいた。




