百三十三話
翌日、リンゼイは一人で国立図書館へと向かった。
今日は目立たないように魔術師の外套を纏っている。母親が贈ってくれた白い外套であったが、最近の流行りなのか、図書館内で同じような意匠のものを着ている魔術師と何人かすれ違った。
目的の本を探そうと、貯蔵情報を調べることが出来る魔法陣が描かれた板の前に行く。
まずは水蛇について。
検索の結果、千冊程の本の題名が挙がる。そのほとんどは、勇者と聖女の伝説についての本であった。
専門的な本に絞り込めば、出てきたものは五十冊ほど。リンゼイは適当に選んで、本の到着を待つ。
ここでも、人工精霊が居て、利用者の望む本を持って来てくれるのだ。
三冊ほど持って来てもらい、リンゼイは閲覧室に移動する。
閲覧室は無人だった。
飲食も可能で、手元の魔法陣から紅茶と本日のケーキを注文する。
ケーキを注文したあとで、リリットが居ないことに気付いた。仕方がないと運ばれてきたばかりのベリーソースがかかったケーキの端にフォークを滑らせる。
本の中に書かれている情報は、だいたい知っているものであった。目新しいものではない。
他にも、数冊読んでみるが、結果は同じ。
だが、リンゼイは気付く。水蛇関連の本で見かけるある著者の名に。
ヴィッシュ・リトル。
水蛇についての著書検索をしたら、ヴィッシュ・リトルのものが二冊ほど見つかった。彼の名前には見覚えがあった。
ミラージュ公国妖精研究の権威にして、『水蛇の首飾り』を購入した者の名前であった。
ヴィッシュ・リトルの出した本の題名は、『水蛇と勇者』、『水蛇について』。
彼は他にもこういった魔物関係の本を出していた。妖精関連の本は百冊以上ある。
妖精と水蛇。
結び付ければ、疑わしい人間なんてヴィッシュ・リトルしかいない。
今回の事件の犯人は、彼で間違いないだろうとリンゼイは思った。
思わず深いため息を吐く。
ヴィッシュ・リトルは現在行方知れず。探すのは難しい。もう、いっそのこと、全て国に報告してから、調査やら討伐やらを投げた方がいいのではと思ってしまう。
だが、リンゼイは花の妖精姉妹と約束をした。反故にする訳にはいかない。
本を読んで、改めて水蛇がとんでもない生き物であるということを理解する。
伝説の勇者と聖女でさえ倒せなかったのだ。
リンゼイ達に勝てる相手なのかと、頭を抱える。
以前、ウィオレケと話した、もう一つの可能性。
水蛇の復活を阻み、花の妖精国の滅亡を防ぐというもの。
即ち、過去の改ざんである。
ウィオレケはしてはいけないことだと言った。
だが、このままでは、世界すら滅びてしまう。
現に、終末を知らせる存在は、この世に降り立っているのだ。
過去を変えることなど、国は絶対に行わない。
方法があっても、『魔法』には手を出さないのだ。
古の時代、多くの術者は魔法を使っていた。だが、その先にあったのは、滅亡の一途であったのだ。
大きすぎる力は身を滅ぼしてしまう。最終的には国も呑み込まれてしまった。
よって、現代にある『魔法』は保護するものであっても、使うべきものではないという認識だった。
どちらにせよ、滅びるというのならば、静かに見守るしかない。
きっと、ミラージュ公国の君主はそのような決定を下すだろうとリンゼイは思った。
時間逆行の魔術について調べようと、魔法陣のある場所へと戻る。
検索結果はゼロ件だった。想定通りの結果である。
次に、魔法での時間逆行について書かれた書物を検索した。
結果は三件。
残念なことに、一部の者達が閲覧出来る禁書となっていた。
リンゼイは魔術学校を卒業する時に貰った特別な閲覧許可証を取り出して、魔法陣の浮かんでいる板の上に置く。
「――嘘!」
思わず声をあげてしまった。
魔術学校を首席で卒業したリンゼイには、禁書を読めるような権限が与えられていた。
だが、この本の閲覧許可は出来ないという文字が浮かんでいる。
他の魔法関連の本を検索したら、閲覧出来るようになっていた。
そこで、禁書の中でも全て許可されている訳ではないのだと知る。
図書館の管理をしている事務所へ行き、閲覧制限についての話を聞きに行った。
すると、禁書には三段階の制限があって、リンゼイに許されているのは『第三禁書』のみだった。時間逆行についての本は、国家機関に務める一部の者にしか認められていない『第一禁書』に指定されていた。
学園主席のカードを見せて、どうしても研究で必要だということを言えば、『第一禁書』の閲覧許可が出来る者の名簿を見せてくれた。
その中に、リンゼイの両親の名があって、膝から崩れ落ちる。
魔術師はご両親に頼めばいいですね、と笑顔を見せていた。
簡単に国家秘密レベルの情報を見せてくれた訳だと、納得する。
母親は国に居ない。
よって、頼めるのは父親の一択になる。
実家に帰るのは嫌な予感しかしなかった。
しかも、理由もなしに閲覧許可証を貸してくれる訳がない。
どうしようかと、ここでも頭を抱える。
とりあえず、近くにリンゼイの三番目の兄、ルイが住んでいたので、そこに向かうことにした。
◇◇◇
魔道具研究をしている兄は在宅業務をしていると言っていた。
なので、今日も居るはずだと、手紙の住所を頼りに訊ねた。
借りているのか、買ったのかしらないが、三階建ての細長い家に住んでいた。
トントンと戸を叩くが、返事はない。
居留守を使っていると思った。
今度は力強く扉を叩く。返事はない。
大声で兄の名を呼んだが、反応なし。
二階の窓が開いていたので、飛行板を使って、覗き込む。
すると、眠そうな顔をしている兄と対面する形となった。
「……リンゼイ、うるさいよ」
「はあ!?」
兄妹、十三年ぶりの再会である。
見事な居留守を使っていた兄の部屋に、窓から入った。
部屋の中は魔道具で溢れかえっているのではと思っていたが、意外にも、綺麗に整理整頓されていた。
そして、本人も身綺麗な姿で居る。
彼もどちらかと言えば母親似であった。腰までの長さの濃い紫色の髪は一つに結んでおり、眼鏡の奥にあるのはきつい印象のあるつり目。加えて、だるそうな雰囲気の、近寄りがたい空気を纏う青年である。
「ねえ、リンゼイ、お腹空いた。何か作って」
「なんでよ!!」
別れたのがつい最近のような口ぶりで、兄・ルイは話し掛けてくる。
研究に夢中になっており、昨日の夜から何も食べていないと言っていた。
「人工精霊買えばいいのに」
「でも、管理するのは結局自分だし、面倒」
「だったら、家政婦とか、探せば居ると思うけど」
「知らない人が家に居るとか、ぞっとする」
「……」
典型的な他人嫌いの魔術師だなと、兄の発言を聞きながら、リンゼイは改めて思った。
結婚などもしないのかと聞けば、しないとはっきり答える。
家を出たのも、父親が結婚しろとうるさかったからだと言っていた。
「リンゼイも、家に帰ったら大変なことになるから」
「それは分かっている」
色々と深い話をする前に、リンゼイもお腹が空いていたので、宅配料理を注文することにした。
「あれ、飽きたんだよね」
「こんなに種類があるのに?」
「何年、一人暮らししていると思っているの?」
仕方がないと、台所に調理器具があるのを確認してから、リンゼイは以前ウィオレケが教えてくれた料理を作ろうと、野菜や肉を注文した。
台所で一人、料理をする為に奮闘する。
少し形は崩れたが、味はまあまあな仕上がりになったとリンゼイは心の中で絶賛していた。
食事が出来たと言えば、怪しい目で妹を見る兄。
「それ、食べられるの?」
「失礼ね」
食べたくなかったら食べなくてもいいと言ったが、ルイは興味があるので食べると言った。
アイテム図鑑
人工精霊
術者の指示に従って様々な作業を可能とする物体。
一家庭に平均十個ほど存在する。




