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蒼海機動ヴァルハラ・ホライズン ~報復の指揮を執る追放・企業令嬢は、無感情な「最強パイロット」と共に戦火の海に歯向かっていく~  作者: 不乱慈


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第41話 終わりにしよう、アーキタイプ!

 猛烈な落下速度を、全開にした脚部ハイドロ・ジェットの逆噴射が殺す。


 鼓膜を破らんばかりの轟音と白波を叩き立て、〈アズール・ジョーカー〉が冷却水のプールへと着水した。続いて〈グラベル〉と〈ライカントロピー〉の重々しい水音が響く。


 リアクター・シャフトが放つ莫大な熱量によって、叩き上げられた飛沫は瞬時に蒸発し、濃密な白霧となって視界を覆い尽くした。


 そこは、どこまでも白く、不気味なほど清浄な世界だった。


 見上げるほどの高さから流れ落ちる滝のような海水の音と、空間の中央に鎮座するメインジェネレーターの唸り声だけが、無菌室のような静寂を暴力的に歪めている。純白の光柱が落とす影の濃さが、底なしの深さを持つ冷却水プールの暗闇を際立たせていた。


「……カティア、周囲の反応は?」

『リアクターの強烈な電磁干渉でレーダーは使い物にならんな』


 カティアの報告と同時、霧の向こう、天を貫くリアクターの眩い光柱の陰から、「それ」は音もなく海水を掻き分けるようにして、ヌルリと姿を現した。


 ――異形だった。

 人型ではない。荒れ狂う水面を微動だにせず捉える、逞しい四脚機。


 太陽のごとき光を背負って現れたその兵器の両腕には、無骨な銃剣(ベヨネット)を備えた、二門の大型バズーカ砲が握られていた。


 大型の〈アズール・ジョーカー〉よりも、さらに二回りは巨大な体躯。全身を包む漆黒の装甲からは、夥しい数のケーブル状の補水索(サイフォン)が蠢動している。


 緩やかなハイドロ・ジェット推進と共に、機体が声を発した。


『よく来た――アーキタイプ。ここが、お前たちの着くヴァルハラだ』

「シュルプリーズ……この星の秩序を破壊しても、お前は自由になれない」

『知っているとも。だが私には、もはやそれを知って尚、選ぶ自由すらない』


 〈アズール・ジョーカー〉が四門の“カトラス”を構える。

 対する黒衣の機体が、二丁の大口径砲をこちらに向けた。


「物事のすべてが、自分以外の誰かのせいでこうなったと言いたいのか」

『自己責任だと言いたいか? ならば問おう。貴様の言う自己とはなんだ?』


「血と肉と、経験によって形作られた意志だ。誰に与えられたものでもない、俺自身の――」

『くだらん!』


 シュルプリーズの咆哮が、リアクターの駆動音を切り裂いて響き渡った。


『培養液の中で神経回路を繋ぎ合わされ、偽りの記憶と本能を刷り込まれた紛い物が、人間気取りとはな。貴様のその怒りも、仲間を想う情も、私に反抗しようとするその意志すら!』


 漆黒の四脚が、分厚い水面を重々しく踏み鳴らす。

 水飛沫が上がり、巨大な機体の重量を空間へ叩きつける。


『言われるまでもないさ、私は知っている。この世界の全てを焼き尽くし、絶対的な混沌をもたらせば自由になれるという理想すら、結局は植え付けられた”絶望”から出力された、ひどく論理的なエラー反応に過ぎないということなど』


「だったら、なぜ……!」


 それは、あまりにも悲惨な自己認識だった。

 狂気に染まりきっているように見えたシュルプリーズの根源には、底なしの虚無が広がっている。自分が世界を憎むことすら、プログラムされた「文脈」の一部かもしれないという絶望。自分が抱いた大義も、殺意も、すべてが設計図の上にある。


『破綻など、とうに理解している。だが、それでも引き金を引かずにはいられない。この理不尽な世界への殺意だけが、唯一私を突き動かすのだ。これこそが、私に課せられた、決して逃れられぬ呪いだよ』


 黒衣の四脚機が、リアクター光を受けて禍々しいシルエットを浮かび上がらせた。


『そして、暴走した私を止めに現れる正義の使者。……それこそが、お前に用意された三文芝居の筋書きというわけだ。……踊れ、フィン! 互いの呪いと筋書きが擦り切れるまで、この地獄の底で殺し合うとしよう……ッ!』


 シュルプリーズの絶叫と共に、漆黒の四脚機の、無数の補水索が跳ねた。

 巨体に似合わぬ異常な加速。四本の脚部が強烈な水流を吐いて水面を叩き、瞬く間に〈アズール・ジョーカー〉との距離を詰める。


「散開しろッ!」


 フィンは両脚部のハイドロ・ジェットを全開にし、迫り来る機体の突進を辛うじて横へと躱す。


 すれ違いざま、腰部の“MRS”から展開された補助腕を含む、四丁の“カトラス”の弾幕を浴びせかけた。


 しかし、放たれた装鋼弾の雨は、分厚い黒の装甲に弾かれ、虚しく火花を散らす。


『その程度の火力では、私の〈チェルノボーグ〉は貫けんよ、アーキタイプ!』


 四つ脚の巨大な機体が水上を滑るようにして急制動をかけ、即座に振り返る。両腕に構えられた大型バズーカ砲が、容赦なく〈アズール・ジョーカー〉を捉えた。


 轟音――放たれた榴弾が、プールの水面を抉りながら迫る。

 が、着弾の前に空中で炸裂した。ナイアの〈グラベル〉が、両腕のガトリング砲で弾のカーテンを張り、迎撃したのだ。


 そして、フィンを庇うように、その重装甲が射線を阻む。


『いまの爆発、一発くらいなら耐えられるかも。いざってときは、上手く盾にして!』

「了解した。だが、なるべく無理をするなよ」

『バーカ。俺の妹にさせるかよ、そんなことはッ!』


 通信帯域に怒鳴り声を響かせ、ジョニーの〈ライカントロピー〉が白波を蹴立てて急接近する。狙うは、バズーカの次弾装填の隙。


『もらったぜ、バケモノ!』


 〈ライカントロピー〉の右腕が赤熱化したトマホークを振りかぶり、〈チェルノボーグ〉の胴体へ向けて渾身の一撃を放つ。完全に死角を突いたはずの攻撃だった。


 だが次の瞬間、ジョニーの視界が信じられない光景を捉える。

 四脚の巨体が、その場から一歩も動くことなく、上半身の「前面」と「背面」だけを、独楽(こま)のようにゴキリと180度反転させたのだ。


『な……ッ!?』


 重火力を誇る前面装甲の代わりに、ジョニーの眼前に現れたのは、流線型の不気味な「背面」の胴体。そして、その背面に密着するように格納されていた、もう一対の腕部が鎌首をもたげる。その両腕には、ヘヴィー・マシンガンが握られていた。


『――わかりやすいヤツだ』


 無機質な声音と同時に、至近距離から暴力的な弾幕が吐き出される。


『ぐあぁぁぁぁッ!!』


 回避する暇などなかった。〈ライカントロピー〉の胸部装甲がマシンガンの斉射によって蜂の巣にされ、ごっそりと削げ落ちる。内部機構から激しい火花と黒煙が噴き出し、ジョニーの機体は大きくよろめきながら後方へと吹き飛ばされた。


『兄貴……!?』

「……ジョニー、おいッ!」


 ステータス・モニターの表示が赤く明滅し、シグナルアウトを告げる。

 応答はない。バイタルサインも途絶した。


『あ、兄貴……? 嘘でしょ……? いや……』


 泣き声が、インカム越しに響く。

 フィンは胸の奥が抉られるように熱くなり、視界が滲んだ。

 これまで味わったことのないほどの喪失の衝動。


「……ジョニー……ッ!」


 完全な“無反応”──それは死という言葉を彼の脳裏にちらつかせた。


 だが、立ち止まることは許されない。

 ジョニーを吹き飛ばした〈チェルノボーグ〉の「背面」は、そのまま滑るように水面を後退し、立ち上る白霧と激しい水飛沫の中に紛れ込んでいく。

 そして、カティアのレーダーから、敵の反応が完全に消失した。


『主殿、気をつけろ! 奴の背面ユニットは、光学迷彩と電波吸収を併せ持つ完全なステルス仕様っぽいぞ!』


「……ステルス。……――ッ! 前後で違う機体なのか……!」


 フィンは乱暴に操縦スティックを握り込み、呆然と突っ立つ〈グラベル〉の肩を強引に掴んで引き寄せた。間一髪だった。


 直前まで〈グラベル〉が立っていた空間を、虚空から突然突き出されたモーターブレードが薙ぎ払った。


『きゃ……ッ』

「……今は、今は考えるな。奴を止めることに集中しろ!」


 フィンは自分に言い聞かせるように、パニックに陥りかけたナイアを叱咤するように叫んだ。〈アズール・ジョーカー〉の四丁の“カトラス”が、周囲の白霧を警戒して銃口を巡らせる。


 白い水中空間は、沈黙と暴力の狭間で張り詰めていた。ナイアの〈グラベル〉は構えてこそいるが、その動きは恐怖と戸惑いで小刻みに震えている。


『ナイア……冷静でいろ。ジョニーの仇は必ず討つ』

「……でも、でも……兄貴が……死んじゃった……!」

『いまはお前の力が必要なんだッ!』


 フィンは、諭すように、だが力強く言った。

 その一言が、ナイアの震えをわずかに鎮める。


『……わ、わかった……フィン!』


 フィンは、自分でも驚くほどに、即座に冷静さを取り戻していた。

 彼は内心、自問する。自分は恐ろしく薄情な人間なのだろうか。強化兵士のアーキタイプだから、感情を遮断してすぐに戦いに意識を向けられるのか?


 ちらと、彼はモニター越しの〈グラベル〉を見据えた。

 違う。仲間だ。守るべきものが、戦うべき理由があるからだ。

 仲間を護る。仲間を喪う。この主観の痛みこそが――。


『来るぞ、主殿! 4時方向、水面下から距離50!』


 カティアの鋭い警告。その直後、足元の水面が不自然に隆起し、シュルプリーズの〈チェルノボーグ〉が、ステルスを解除しながら水流を引き裂く。マシンガンの銃口が、容赦なく火を噴いた。


「避けろ!」


 フィンは叫ぶと同時に、〈アズール・ジョーカー〉を急旋回させて回避する。

 だが、動揺の残る〈グラベル〉の反応はわずかに遅れた。


 右腕部に被弾。重装甲ごとガトリング砲が音を立てて崩壊し、周囲に破片が飛び散った。


『あっ……!』

「ナイア!」


 フィンは補助腕を伸ばし、〈グラベル〉を支えるように引き寄せた。互いの機体が水面に一瞬静止し、焼けつくような空気感が二人の間を流れる。


『──ご、ごめん! 平気!』

「無理はするな」

『……嫌だ。ここで戦う。兄貴の分まで……!』


 ナイアの声は涙で震えていたが、その決意は揺るぎなかった。

 フィンは短く頷き、再び白霧の奥へと姿を消した敵に注意を払う。


「……そこかッ!」


 音もなく、水飛沫の向こうからモーターブレードが振るわれた。

 ──真下からだ。


 咄嗟に蹴り付け、踵部の格納式ブレードを展開して受け止める。

 鋭い火花の炸裂が、蒼と黒の機体の間を迸った。鍔迫り合いの均衡。


「やれ、ナイア!」

『させるものかッ!』


 残されたもう一基のガトリングで、〈グラベル〉が照準を合わせる。

 ──だが、ナイアはトリガーを引けなかった。


 〈チェルノボーグ〉が、〈アズール・ジョーカー〉を盾にするように巧みに立ち位置を入れ替えたのだ。


『……クソッ!』


 フィンは両肩部の装甲内から隠しブレードを突き出し、至近距離からの不意打ちを狙う。


「離せッ!」


 予想していたと言わんばかりに、〈チェルノボーグ〉は体当たりで弾き返し、大きく距離を空けた。そのまま流れるような動作で上半身を再び180度反転させ、重火力の「前面」をフィンに向ける。


 大型バズーカ砲による射撃。


 至近距離からの被弾に〈アズール・ジョーカー〉の左腕部の肩のジョイントが弾け飛び、姿勢制御が大きく崩れる。


『終わりにしよう、アーキタイプ!』


 シュルプリーズの狂気に満ちた怒声と共に、再び引き金が絞られ――。


『……やらせないっ!』


 刹那、〈グラベル〉が射線の間に割って入った。

 その分厚い重装甲が、身を挺してバズーカの砲弾を受け止める。


「よせ、ナイアッ!」


 爆発の閃光が、純白の空間を真紅に染め上げた。

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