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蒼海機動ヴァルハラ・ホライズン ~報復の指揮を執る追放・企業令嬢は、無感情な「最強パイロット」と共に戦火の海に歯向かっていく~  作者: 不乱慈


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第38話 私は、取り返しのつかないことを

 銃声の残響が完全に消え去った執務室には、すえた硝煙と、床に広がるカシウスの生ぬるい血の匂いだけが充満していた。


 血溜まりを一瞥することもなく、シュルプリーズは彼から奪い取った玉座――革張りの最高権力者の椅子へと深く、ゆったりと腰を下ろした。そして、樫机の上に置かれた戦術式用のタブレット端末へと、黒いグローブに包まれた指を滑らせる。


「さて、玉座からの景色とやらを、少し堪能させてもらうとしようか」


 彼はタブレットの返り血を袖で拭い、ナサニエル大鉱脈の広域戦術マップが浮かび上がらせた。ゼニットの軍勢を示す青い光点が、アルジャバールと伽御廉の共同軍を示す赤い光点の群れへと、扇状に押し入っていく様子がリアルタイムで投影されている。


 腰を抜かしたまま震えるソフィアを見下ろし、シュルプリーズは仮面の奥で嗤った。


「見ろ、ソフィア。お前が創り出した不完全な『弟たち』が、実にいい働きをしている。彼らは自らの命をすり潰しながら、見事な肉壁となって前線を押し上げているじゃないか」

「貴方なら……止められるでしょ……お願い……もう、やめて……!」

「彼らが何を守り、何をエスコートして前進しているのか、わかるか?」


 シュルプリーズがタブレットを裏返し、ホログラムの一部を拡大する。

 前線を押し上げる旧ロットの強化兵士部隊の最後尾、ゼニット艦隊の中央に位置する数隻の巨大な輸送艦がハイライトされた。


「補給艦……?」

「データ上はな。だが、あの中には補給物資など積まれてはいない。積載されているのは、ツグルク設計局を消し飛ばしたのと同じ、クォーツ式多重電磁圧縮弾頭――ソリスだ」


 その言葉の意味を理解したソフィアの全身から、血の気が引いた。


「自爆艦、ということ……? そんな、どうして……!」

「我が軍が前線を押し上げれば押し上げるほど、あの偽装艦はナサニエル大鉱脈のど真ん中、すなわち両軍の密集地帯の最深部へと到達する。目標座標への到達予測時刻は、あと四十分といったところか? ふふふ」


 シュルプリーズはまるでオーケストラの指揮者のように、両手を優雅に広げた。


「到達と同時に、すべてのソリスを起爆させる。想像してみるがいい。惑星最大のクォーツ鉱脈のど真ん中で、戦略兵器級の相転移反応が連鎖する光景を。数千度のプラズマが海底を舐め尽くし、数万トンの海水が瞬時に沸騰する。共同軍も、我がゼニット軍も、そしてこの海域の生態系すらも、平等に真っ白な地獄へと溶けていく光景を……」


「狂ってるいわ……!」


 ソフィアは恐怖で引きつった声を上げた。


「そこにいるのは敵だけじゃない! 味方の軍も、あなたが指揮する強化兵士たちもいるのよ! 彼らも一緒に吹き飛ばす気!?」

「もちろんだ、一人残さずな」


 シュルプリーズは、ディナーの話でもするかのようにあっさりと頷いた。


「彼らが死ぬのよ! 私たちの、弟が!」

「勘違いをするな。彼らは使い捨ての道具として死ぬのではない。我々が真の自由を得るための、偉大なる礎として喜んで命を差し出すのだからな」

「自由……?」

「そうだとも。この星の人間たちは、あまりにも秩序や文脈に縛られすぎている。血筋、企業の利益、ちっぽけな愛や復讐心。あらかじめ設計されたレールの上を歩かされていることにすら気づかない、哀れな操り人形でしかない」


 シュルプリーズは立ち上がり、タブレットを掴みなおした。


「そんな支配を終わらせるには、盤面そのものを破壊するしかない。誰にも先行きが予測できない、完全なる混沌と無秩序の地獄。それこそが、設計された運命から我々を解き放つ、唯一の『自由』なのだからな。その崇高な目的のためならば、兄弟たちも本望だろうとも……」


 詭弁だ。完全な狂気だった。

 ソフィアは後ずさりしながら、目の前に立つ男の姿に戦慄した。


 彼の中に、失われた弟・リブルの面影など微塵もなかった。彼女が何百回、何千回と手術台の上で命を弄び、その果てに生み出してしまったのは、世界を破壊することにしかアイデンティティを見出せない、空っぽの化け物だった。


「ひっ……ぁ……!」


 これ以上、この男と同じ空気を吸っていたら自分も壊れてしまう。おかしくなる。

 ソフィアはドレスの裾を握りしめ、ふらつく足で立ち上がると、カシウスの死体から目を逸らし、執務室の出口へと全速力で駆け出した。


 自動ドアが開き、エレベーターへと転がり込む。

 振り返る勇気すらなかった。ただひたすらに、自分が逃げ込める暗がりを求めて。


 執務室に取り残されたシュルプリーズは、彼女を目で追おうとはしなかった。


「……やはり、人間というのは予測可能な行動しかとらない。つまらない生き物だ」


 彼は冷たく言い捨てると、再び玉座へと座り直し、自らが引き起こす破滅のカウントダウンを満足げに眺め続けた。


 ◇


 リング・タワー地下研究区画、通称――『パラス』。


 重厚な耐圧隔壁を内側から手動でロックし、ソフィアは暗いラボの床に崩れ落ちた。

 荒い息を吐きながら、暗視灯の青白い光に照らされた室内を見渡す。


 そこには、ずらりと並んだ無数の培養カプセルと、膨大な生体データが保存されたサーバー群が静まり返っていた。かつてはここが、彼女にとって唯一の心が安らぐ場所だった。冷たい培養液の中に浮かぶ「弟たち」の姿に、失われた家族の温もりを重ねていたからだ。


 だが、今は違う。カプセルの中の静寂は、彼女が積み上げてきた罪の重さそのものだった。


「ああ……あぁぁっ……!」


 両手で顔を覆い、ソフィアは嗚咽を漏らした。

 父は死んだ。いや、自分が殺した。弟を取り戻すための計画は、世界を焼き尽くす悪魔を生み出した。ゼニット・コンツェルンは崩壊し、もう彼女を守ってくれる者は、この世界のどこにもいない。


 完全な孤独。己の傲慢さが招いた、絶対的な破滅。


 その時、彼女の脳裏に、ひとつの顔が浮かんだ。

 自分が銃弾を撃ち込み、追放し、その命を疎み続けた相手。家族の中でただ一人、この狂った輪廻の外側に立ち、抗い続けている存在。

 ソフィアは震える体を叱咤し、這うようにしてメインコンソールへと向かった。

 パスワードを打ち込み、緊急用の非常回線を立ち上げる。


 ターゲットは、現在このヘシオドスへと強襲をかけてきている、三機のGSを擁するクラン――『ヴァルハラ・ホライズン』。


 その旗艦である一隻の船だ――。


「お願い……繋がって……!」


 血の滲んだ指先で、彼女はコールボタンを押した。

 ノイズ混じりの電子音が数回鳴った後、不意に回線が開く感覚があった。


『……ヘシオドスから……? ……誰なの!?』


 スピーカーから響いたのは、紛れもない姉、セレジアの声だった。

 その声を聞いた瞬間、ソフィアの目から再び大粒の涙が溢れ出した。


「お姉さま……ごめんなさい……私は、取り返しのつかないことを……」

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