第36話 コイツ、どこから現れた!
ブリーフィングを終える間際、セレジアはフィンに言った。
「それと――フィン。貴方はあとで格納庫に行ってちょうだい」
「……? 〈ブルー・ブッチャー〉の修理のことか?」
「いいえ。ですが、貴方へのプレゼントが置いてありますわ」
◇
タラップを早足で降ると、ずっと空いていた予備ハンガーに機影があった。
見慣れない機体だった――だが、そのカラーリングには既視感がある。
濃淡二種の、蒼色を纏った、海洋生物を思わせる流線形。
〈ブルー・ブッチャー〉のそれよりも、ひとまわりほど逞しい体躯。
カメラアイは威圧的な視線を放ち、八本もの補水索が、その機体の高出力を物語っているようだった。そして腰部には、見慣れないユニットが装備されている。
右と左の大腿部に、一対。ふたつのユニットの先端には、稲妻のようなジグザグの分割線が走る、上下分割式の白い装甲カバーが掛けられていた。
それは、まるで“顎”を持つ生き物のようでもある。
フィンはふと、地球種のコバンザメという生き物を思い出した。
「伽御廉が試供したフレームに、アルジャバールがメインコンポーネントを設計した機体だ。そして、まだ、この世のどこにも存在していない“第四世代”GSでもある」
振り返ると、マハルが立っていた。整備帽をかぶり直して、彼は言う。
「今回の作戦にあたって、うちのクランへの支援物資として送られて来た」
「第四世代だと?」
「ああ、その名も〈アズール・ジョーカー〉。お前さんに託すと、お嬢が言っていた」
「アズール……ジョーカー……」
しっかりと受け止めるように、彼はその名を繰り返した。
「カティアは?」
「搭載済みだ。むしろ――コイツは、カティアとの連携を想定した機体でな」
フィンはキャットウォークから見下ろしたまま、手すりを掴り込む。
その顔を横から覗き込んで、マハルは彼に問いかけた。
「どうだ? やれそうか?」
「……ああ。任せておけ」
「それじゃあ、コイツがキーだ」
ぽいと投げて手渡したそれを、フィンは片手で受け止めた。
◇
──ブリーフィングから五時間後。
ゼニット・コンツェルン第一企業都市・ヘシオドス。その周辺海域には、いくらかの警備艦隊が展開していた。事前予想の通りに、戦力数は割かれているらしい。
大、中型艦が六隻、小型艇とGSが数十隻ほど。
天を高く指す“リングタワー”を目に留めつつ、フィンはペダルを踏んだ。
海中に溶け込むような、その濃淡の蒼を纏う機影が、突如として姿を現す。
『──何!? コイツ、どこから現れた!』
傍受した敵通信に響く声に、コクピットの中の彼は静かにほくそ笑む。
無線越しの声音は驚愕と恐怖に歪んでいた。警備艇のクルーたちは状況を把握しようと必死に各種計器を見つめるが、そこには何も映らない、映りはしない。
『バカな……コイツ、レーダーに反応が……』
観測手の視線がカメラ映像とレーダーの表示を何度も往復する。その目は信じがたい現実を前に、絶望の色を帯び始めていた。対峙しているのは、見えない敵だった。
それこそが〈アズール・ジョーカー〉の最大の力。
──反レーダー性能だった。
その機体は音もなく海の闇から歩み寄り、確実に命を摘む死神だ。鋭利な輪郭が月光を受けてわずかに光を反射し、その影が一瞬だけ警備艇の横をかすめる。
「悪いが沈んでもらう。一隻残らず」
低く冷徹な声で、フィンは宣告する。操縦スティックを滑らせると同時に、トリガーを引く。その動作は淀みなく正確だった。
〈アズール・ジョーカー〉の両腕に保持された二丁の“カトラス”アサルトライフルが火を噴く。轟音と共に無数の弾丸が放たれ、警備艇の機関部を撃ち抜いていく。
爆発音が遅れて海原を駆け巡り、燃え盛る爆炎が夜空を赤く染めた。
高く吹き上がる火柱が、次の、次の、その次の標的を照らし出す。
『クソが! 哨戒艦は何をしていた!?』
『どこの機体だ、アルジャバールか?』
『──いや、軍人の戦い方ではない。連中に雇われた開拓者だろう!』
混乱に陥る敵艦隊の通信が、続々とフィンの耳に届く。
滲む焦燥の中枢に立つというのは、戦場に絶対的な優位を築いた者が味わう特権そのものだった。だが、悦に浸ることなく彼の指は再びトリガーにかかり、絞る。
雷鳴のような銃声が響き、また一隻、一隻と船が火柱を上げて沈んでいった。
『……傭兵気取りが、大人しく小石でも拾っていろッ!』
突如として、敵の第二世代GSが射撃と共に、突進を仕掛けた。
一方で狙われたフィンは、わずかな身じろぎすらも見せない。
むしろ、彼はペダルを強く踏み込み、急加速する。
〈アズール・ジョーカー〉の装甲の各部から瞬時に展開された固定式モーターブレードが、敵GSのフレームを正確に捉え、食いついた。
そして、ただすれ違っただけで──。
敵機の肢体はバラバラになって、海にこぼれおち、水中に没する。
『──態勢を立て直せ!』
「いまさら遅い……カティア!」
『承知じゃ!』
呼びかけに、カティアが即座に反応する。腰部ユニットが展開し、“コバンザメ”の口が開く。背式名称は“MRS”――マルチパーパス・アームド・システム。
海洋生物じみた白い装甲カバーの上下が、口を開くように可動して開いた。
左右同時に、“MRS”の内部に格納されていた補助腕が伸びていく。
そして両脚部に懸架されていた、さらに二丁の“カトラス”を掴み取った。
──主腕と補助腕。
それぞれに構えた合計四丁もの“カトラス”が、銃口が、敵艦隊を睨みつけた。
「沈め……!」
フィンの命令に応じるように、四丁の“カトラス”は一斉に火を噴く。四本の火線が敵艦隊を薙ぎ払い、雨のような弾幕が降り注ぐ。
あちらこちらで爆発が連鎖し、火柱が次々と立ち上がった。
『機関部で火災発生! 脱出しろーーッ!』
『……お、応援は……』
『退避しろ、退避、退避ィーーー!』
燃え上がる海原を見渡し、通信リンクの向こう仲間へとフィンは呟いた。
「――防衛ラインに穴をあけた。ふたりとも、合流してくれ」




