第35話 戦争ってことか……?
「今回の依頼主はアルジャバール・インダストリー、そして伽御廉重工」
三人のGSパイロットが入室するなり、前置き無くセレジアは始めた。
状況はひっ迫しているようだった。彼女の白い額に僅かな汗が滲んでいる。
「八時間前。ベリトリーニの本拠点浮揚施設“オメルタ”が消滅しました。何等かの弾頭による膨大な熱量が、施設を溶解し、二次的に発生した水蒸気爆発がプラットフォームを完全に破壊。この奇襲を為したゼニットの新鋭艦が、直後に海域を離脱……」
「待って待って、待って……」
目をパチクリさせながら、ナイアが両手を突き出す。
セレジアは聞こえていないのか、聞こえているのか。
制止を無視しながら、ホログラムの画像を切り替えた。
「これを機に『協議会』は解散。直後に、ゼニット・コンツェルン、並びにSAVIO社から、クライアント二社に対する実質的な宣戦布告が行われました」
「待ってよ! セレジアさん!」
「なんですの? ブリーフィング中ですのよ」
「ごめんね、ちょっと分かんなかった。何? ベリトリーニが?」
ふう、と息をついて、セレジアはホログラムの操作を止めた。
「そうですわね。ごめんなさい、焦っていますの……」
ホログラムが巻き戻され、ゼニットの新鋭艦の姿を映す。
角ばった砲を背負った、鋭角な棺桶のような黒塗りの艦だ。
「ゼニットが、ベリトリーニ・グループの本拠地を沈めたのですわ」
「これって……フィンを攫ったときのヤツだよね……?」
「その通り。確か、名前は〈グラム〉といっていましたわね。これが撃ち出す弾頭――彼らの言う“ソリス”は、すなわちクォーツ式多重電磁圧縮弾頭です。強力な電磁パルスによって結晶崩壊を起こし、相転移によって超高プラズマ熱を拡散します」
「悪いが、セレジア嬢。何を言っているかわからないぜ」
「私もです。資料はともかく、これは戦略兵器級の熱量照射を、広範囲に渡って照射する弾頭なのですわ。この惑星の環境下では、最悪の兵器といえるでしょうね」
セレジアの言うことはもっともだ。莫大な熱量を放つ兵器とは単純な発想ではあるが、この惑星の兵器、艦船、都市や施設の全ては、すべて海洋に浮かんでいる。
“ソリス”の熱は、上から降り注ぐ攻撃的な熱戦であるのと同時に、足元の海水すらも兵器化する。GSは冷却機構を侵され、浮揚施設は地盤を吹き飛ばされるのだ。
その何割かの恐ろしさは、ツグルク設計局でナイアたちが既に味わっている。
「これ……戦争ってことか……?」
ようやく理解がおいついて、ジョニーがゆっくりと訊ねた。
「そういうことのようだ。それで、俺たちはアルジャバール側に着くのか?」
「もちろんですわ。そして、私たちの目的は〈グラム〉の生産を止めることよ」
「……はあ。クレームの電話でもかけまくるのか?」
ジョニーが肩をすくめて言った。セレジアは一瞬、微笑みを返す。
「もっと直接的ですわね。ゼニット保有の造船工廠の襲撃を行います」
その言葉に、バーシュ兄妹が固唾を飲んだ。
そしてフィンもまた、少しだけ顎を引いた。
「おいおい、天下のゼニット様の生産施設を襲撃しろって?」
「ちょっと攻め込むには戦力が足りないんじゃないかな……?」
兄妹がそれぞれ口にする。セレジアは続けた。
「大丈夫。主戦場はあくまでも“ナサニエル大鉱脈”近海ですわ。……数か月に見つかった、惑星メルヴィル最大規模のアビサル・クォーツ鉱脈。覚えていまして?」
「確かニュースでやってたよね。ロドス海の断層で見つかった、大きな鉱脈だって」
「以後十年は枯れない、とか言ってたかねぇ……」
ジョニーがそっと言葉を付け加え、ナイアが頷いた。
フィンはいつも通り、黙って話を聞いている。
「大鉱脈の所有権は、アルジャバールとベリトリーニが共同で保有していました、一方のベリトリーニは、本社が壊滅的な打撃を。僅かな残存兵力が混乱した指揮系統のまま、大鉱脈へと侵攻してきたゼニット・SAVIO軍と交戦していますが……」
「制圧は間もないだろうな。彼らはこれを手に入れるためだけに、五大企業の拮抗を崩したというのか?」
「おそらくは、あの新型弾頭“ソリス”の開発がきっかけなのでしょうね。そして、戦場では〈アラクネ〉タイプの機体が多数確認され、猛威を振るっているとも」
「強化兵士の……ヘイロー・プロジェクトの本格的な実践投入に踏み切ったわけか」
ホログラムが、リアルタイムで中継される海域の戦闘の空撮映像に変わった。
ベリトリーニ社の企業軍GS部隊が、赤と黒の〈アラクネ〉に蹂躙されている。
「こっちには手ェ、貸さなくていいのかよ」
「アルジャバールと伽御廉の共同軍が、間もなく増援に向かいます」
「大規模戦になるな。そこに兵力が割かれていれば、なるほど」
セレジアはヒールを鳴らして、ホログラムを終了した。
「これほどの破壊力を持った“ソリス”を抱えたあの艦が造られ続ければ、間違いなくこの惑星のパワーバランスは崩壊する。それを守るのはゼニットの強化兵士たちと、SAVIOの高練度GS部隊……父が望む、力の論理の世界の完成、ですわ」
「力によってもたらされた、完全なる安定と調和、とういうわけか。だが……」
うつむきながら、フィンが呟いた。
「いや。この戦い、まだ何かある……ヤツがまだ手札を隠し持っている」
「フィン? ヤツって、シュルプリーズのこと?」
「根拠はないが……この戦いの着地点が、ヤツの理想だとは俺に思えない」
ヤツは混沌を望んでいた。誰にも握られることのない未来を欲していた。
しかし、いま作られようとしているのは、強者によるディストピアである。
統率と調和。同一個者による権力の掌握。
それを守り、安定させ、継続させるための歯車としての兵士たち。
シュルプリーズが最も嫌悪し、破壊しようとしていた既定未来。
死んだミゼッタの遺言が、ふとフィンの脳裏に呼び起こされた。
“これからもっと……生きやすい世界になったのに……”
フレームワーク化された戦争に、辟易とした純粋な戦士。
定められた生まれと終わりに、絶望した人工の強化兵士。
彼らが生きやすい世界がここに成り立つとは、到底思えなかった。




