第34話 ――うわっ……眩しっ……
――現在。
ある朝。波も穏やかで、いつもと変わらないの一日の始まり。
そこに最初に異変を見出したのは、ひとりの警備兵だった。
「なんだ、ありゃ。――うわっ……眩しっ……」
その光を生じさせたものは、数秒前に空を横切った、六角柱の飛翔体である。
それはベリトリーニ・グループ本社施設――“オメルタ”の上空にて爆ぜた。
周辺海域で哨戒任務に就いていた警備兵は、割り当てられた第二世代GSのメインモニター越しに、偶然それを見ていた。中枢にかけて昏い青色に透き通ったそれは、向こう側の空をわずかに透過させ、場違いな美しさを一瞬だけ見せつける。
直後、空に二つ目の太陽が産み落とされた。
網膜を灼き尽くすほどの閃光。重低音を伴う衝撃波よりも先に、圧倒的で純粋な「熱」が世界を支配した。警備兵が何事かと、操縦グリップを握り直す暇もない。
休日の昼間、バルコニーで寝そべって日光浴をしているような温かさ。
モニターの向こう側、数万の人間が暮らす巨大な海上プラットフォーム――台形の構造体が幾重にも連結したオメルタの姿が、蜃気楼のようにぐにゃりと歪んだ。
錯覚ではない。それはモニターに記録されていて、いま実際に溶けているのだ。
上空に出現した意味不明の光球が放つ熱線により、対艦兵器の直撃にも耐えるはずの装甲が、熱した鉄板に落とされた飴細工のように溶解し、崩れ落ちていく。
通信帯域に悲鳴は届かない。強烈な電磁パルスによるものか、それとも声を上げる間もなく蒸発したのか、彼には知る由もないが、静かに、だが強い恐怖心が募る。
異常は上空からだけではなく、足元からもやってきた。
オメルタを支える太い橋脚の周囲で、海面が爆発的に隆起した。純白の水蒸気が巨大な壁となって立ち上り、海そのものが狂乱したように白く沸き立ち始める。
熱線によって直接あぶられただけではない。目に見えない何らかの反応が海中で連鎖しているかのように、異常な速度で周囲の海水が熱湯へ瞬く間に変貌していった。
コクピット内に、けたたましい警告音が鳴り響いた。
反射的に計器へ目をやった警備兵は、そこに表示された値に息を呑んだ。機体の推進と冷却を担う脚部のポンプが両方、致死的ほどのなエラーを吐き出している。
海水を吸い上げ、循環させるはずのシステムに、沸騰した熱湯が流れ込んでいたのだ。冷却材を失った機体の小型核融合炉は、瞬く間に温度の限界値を突破していく。
機体が特有の唸り声を失い、断末魔のような駆動音を上げた。
あらゆる操作を受け付けなくなったGSは、ただの重い鉄の棺桶となって、煮え滾る海面へと力なく傾いていく。警備員は泣きわめきながら、ペダルを踏み続ける。
横転する視界の向こう、熱で割れたカメラのレンズ越し。もはや原型をとどめていないオメルタの中心区画が、真っ白に沸き立つ海へ轟音とともに滑り落ちていくのが見えた。我が社の巨大な心臓が、赤々とした塊になって泡の沸き立つ海へ沈む。
逃げることも、誰かを助けることも、いま起きていることを理解することもできない。炉のメルトダウンを告げる無機質な警告音が狭いコクピットに響き続ける。
――やがて、警備兵の意識は、眼前に迫る熱湯の壁によって白く塗り潰された。




