第31話 場を清めただけさ
――SAVIO社・第七兵器演習場「ホワイト・ノード」。
“白”を冠した名は決して伊達ではない。昏いメルヴィルの海原にぽつりと浮かぶその六角形状の威容は、まるで巨大な流氷を思わせるものだった。
徹底して白く塗装された巨大な海上プラットフォーム。そこは五大企業の一角であるSAVIOが、次世代兵器のテストとデータ収集を行うための浮揚施設である。
周囲半径数十キロにわたって警戒用のセンサー・ブイが張り巡らされ、許可なき者の接近を許さない厳重な防衛網が、辺りの海原に穏やかな凪をもたらしている。
だが、その絶対の静寂が、突如として破られた。
ホワイト・ノードの外洋、第一防衛ラインに爆炎が、立て続けに上がったのだ。
『ひゃっほーう! ド派手にいくよ、兄貴!』
『お、おい! 頼むから、やりすぎるなよ……!』
けたたましい警報が鳴り響く中、演習場の監視モニターが捉えたのは、海面を滑走しながらセンサー・ブイを次々と粉砕していく二機のGSだった。
――黒鉄の〈グラベル〉と、白銀の〈ライカントロピー〉。
あからさまな挑発だったが、しかし、防衛システムという「目」を潰されれば、施設側もこの異常を放置するわけにはいかない。すぐさま、迎撃のためにSAVIOの警備GS部隊が次々とカタパルトから射出され、白波を立てて外洋へ向かった。
一方で、警備の意識が外洋の騒ぎに完全に釘付けになっていた、その間。
白亜の要塞の死角となる海面スレスレを行く、ひとつの蒼い機影があった。
「……V1、陽動を確認した。これより内部へ潜行する」
フィンは〈ブルー・ブッチャー〉のコクピットで、通信を繋いだ。
『了解、偽装は効いてますわ。ゲートは自動識別式、そのまま突っ込んで!』
機体の識別信号は、事前にSAVIO社の補給物資搬入用GSのデータへと偽装し終えている。やけくそ気味に救難信号も発してあった。マップ上の反応だけを見れば、作業中に襲撃者に出くわし、逃れてきた作業機の一つにしか見えないだろう。
サイレンが鳴り響く混乱の裏側。
搬入ポートの巨大なゲートが、疑うことなくゆっくりと開いていく。
『内部は完全な電波暗室になっていますわ。こちらとの通信は――』
唐突なノイズが、セレジアの言葉を断つ。
情報通り、ここから先は電波が遮られているらしい。
フィンはペダルを静かに踏み込み、暗闇が口を開けたようなポートの内部へと、蒼躯の機体を滑り込ませた。
搬入ポートの屋内港には「コ」の字型の埠頭が拡がっていた。
そこにコンテナが集積され、積み重なって置かれてある。
コンテナを運ぶ作業用の〈ザーウィ〉の姿も、いくつか見えた。
フィンはその場に荒い水飛沫をあげなら突入し、一機を取り押さえる。
スピーカー越しに声を張り上げ、ハッキリとした警告を発した。
「お前たちに用はない。戦う意志のないものを追うつもりはない!」
屋内港に声が響き渡ると、腕づくで抑えていた〈ザーウィ〉を解放する。
オレンジ色に塗られたその機体が、即座に埠頭に停泊した。
パイロットが駆け降りて、もつれ足で非常通路のほうへ駆け込んでいく。
他の作業員と、機体もその後に続いて、埠頭から次々と姿を消した。
これで侵入に気付かれた。ここに敵が来るのも、時間の問題だろう。
フィンはどうにか記憶を遡り、カティアの居場所に見当をつける。
この辺りでカティアのユニットを降ろして、コンテナに詰めたはずだ。
カメラを見渡していると、見覚えのある黒塗りのコンテナを見つけた。
これだ――右腕のホルスターから“藍銅”を抜き、慎重に壁を裂く。
内部に在ったのは、幾何学模様の入った、1メートル四方の立方体。
見つけた。これがカティアの本体だ。
筐体に手を伸ばし、慎重な操作で掴み取ろうとしたその時。
熱源反応の接近アラートが鳴り、ランプがコクピットを赤く染める。
コンテナから視線を外す。と、屋内港の侵入口の対面から機影が現れた。
施設内の搬入水路を伝って現れたそれは――見憶えのあるGSだった。
『やあ、待っていたよ。愛しい、愛しい、青いひと』
双眸のカメラアイが、重合アクリル装甲の向こうに透けている。
白いボディ、全身の所々に入った赤と金の差し色が、パイロットの声音が持つ特有の気品を引き立たせた。
SAIVO製、第三世代GS〈ハイドラⅡ〉。
それを指揮官用に調整した〈カデンツァ〉だった。
「ミゼッタ・フォン・ハールマンか……」
『イグザクトリー。“魔剣殺し”のとき以来だね』
〈カデンツァ〉は屋内港のプールの中程に立ち、〈ブッチャー〉と対峙する。
その背後で、逃げ遅れた作業機の〈ザーウィ〉が一機、もたついていた。
『……君は、邪魔だね』
彼女は振り向いたかと思えば、逆手に把持したグレネード・ランチャーのトリガーを引き、弾頭に込められたフレシェットの杭の雨で、〈ザーウィ〉を蜂の巣にする。
コクピットを貫かれ、手足を裂かれ、機体は見るも無残な姿になって――沈んだ。
「……何をしている」
『何って、これからロマンティックな決闘をするんだ。場を清めただけさ』
「お前たちの組織の従業員だろう」
『悪いけど、戦士以外に生きる価値はないと思ってるんだ、オレはね』
ミゼッタは言うと、〈カデンツァ〉の肩に積載された円盤をパージした。
あれは確か、両手に持ったグレネード・ランチャーの弾倉だったはずだが。
そのまま発射装置と思わしき部位を、手元から放り捨てる。
〈カデンツァ〉の手元には、グリップと、刀身。
――トンファー状の打突兵装だけが、残された。
『さて。君が探しているAIは、さっきのコンテナでビンゴだ』
「なぜあのまま置いてある」
『オレが戻したのさ。君がGSから降りなくていいようにね』
「……親切なことだ」
『この誠意を汲んで、どうかオレと一対一で闘ってはくれないかな?』
ミゼッタは上ずった声で言い、手元でトンファーをくるりと回した。
(銃撃戦ではカティアを傷つける可能性がある、か)
フィンは悟った。それを織り込み済みで、ここに配置したのか。
「いいだろう……」
“カトラス”を腰部のマウンターに収めて、ナイフを水平に構える。
『いいね。やっぱり殺し合いってのは、相手と触れ合わなくっちゃ』
その言葉を契機に、〈カデンツァ〉の五尾の補水索がたなびいた。
カメラの視界から機影が消え去るが、フィンの眼は見逃さなかった。
機体の右手側に、〈カデンツァ〉が回り込んでいる。
横薙ぎにナイフを振り払い、トンファーの打撃をはじき返す。
しかし、反撃の間などは与えられなかった。
二本目のトンファーが相手の手元で軸回転し、遠心力をつける。
その不規則な打撃が、無防備な左腕へと直撃した。
「……ぐっ……ッ!」
衝撃に揺られながら、ダメージステータスを確認する。
精密な電子システムのいくつかは、いまので潰されてしまった。
だが駆動系に問題はない。新造フレームのおかげか。
機体の姿勢を立て直しながら、フィンは呼吸を整えた。
『ふふふ……痛かったかい? でもこんなもんじゃないだろ、君は』
〈カデンツァ〉が、二振りのトンファーを構え直す。
『さあ闘おう。いまこの瞬間だけ、オレたちは本当に自由なんだ』
「なんだと……?」
『君はウンザリしないのか? 組織化されたバイオレンス、商業サイクルの一部でしかない戦争!』
急加速。 水飛沫に紛れて、再びミゼッタの機体が飛来した。
『肉を削り、血を振りまく戦士たちの生き死には、痛みを知らない、偉ぶった、どこかのオフィスワーカーにとっちゃあ単なる数字でしかない!』
“藍銅”を横に振り払ったが、捌き切れる攻撃の手数ではなかった。
トンファーが、異なる意志を持った双頭の蛇のように、襲い掛かる。
右、左、胴を狙い、再び右。次が来るかと思えば後退する。
全くパターンがみえてこない。まるで即席のジャズのようだった。
『はぁ……はぁ……それに比べ、仮面の彼は素晴らしい!』
「……シュルプリーズのことか」
『ああ。彼は真の自由を勝ち取ろうとしている……!』
二本のトンファーのシャフトが、遠心力で暴れ回る。
時間差を置いて振り下ろされるそれが、装甲に直撃していく。
ダメージ警告のアラートが鳴り止まない。
「――自由だと? 〈アラクネ〉への復讐はどうした!」
打撃の合間に、ナイフの切っ先で突きを差し込む。
ミゼッタはそれを、バックステップで躱した。
『やめたさ! 彼の崇高な思いに気付かされたからね』
「崇高だと?」
『近く、この星で、また“経済化された戦争”が起こる』
「……なに? なにをするつもりだ!?」
『だが、それが最後だ。もうこれっきりなんだよ!』
再び〈カデンツァ〉が急接近。打撃の雨を刀身で捌く。
『そして! この星で最初の! 本物の闘争が始まるんだ!』
「何をするつもりだと、聞いているッ……!」
壁際に追い詰められた、が、それをフィンは逆手にとっていく。
トンファーと鍔迫り合ったまま、装脚で壁を後ろ蹴りにした。
するとどうだ。得物同士の接点を軸に、蒼い機影が宙を返る。
『なに!?』
「そこだッ!」
背後を取って、ナイフを水平に回し斬りを仕掛けた。
〈カデンツァ〉の補水索が二本、引きちぎれて水面に沈む。
『……素晴らしい! あはは!』
「言えッ!」
『君のような戦士にこそ生きてほしい世界が始まるんだ! 誰かの思惑や、時世に囚われない、ありのまま力を行使することのできる世界をッ! それを彼は創る!』
「そんなもの……ッ!」
『もうオレはね、うんざりなんだよ。死んでも生き残っても、どこかの誰かが「ほら、言った通りだったろ?」なんて、せせら笑うような世界なんかはさ……!』
こいつは――シュルプリーズと同じ、決定された未来に絶望している。
そこに自分の自由が存在していないと、そう思い込んでいるのだ。
なら、ヤツらの求めているもの、決定の対が行きつく先とは何なのだ。
定まった形を持たない、そして誰にも予想されることのない、力の世界。
一瞬、おぞましい混沌の景色が脳裏を過ぎる。
『君だって、自分の理想や信念のために戦いたいだろう……? 金も権力も、企業も、セレジアも関係ない! 君自身が、君の為だけに振るう、尊い暴力をさッ!』
持ち直した〈カデンツァ〉の反撃。
上段の打撃に偽装した突きが、機体の大腿部に刺さった。
右脚のポンプユニットが潰されて、冷却性能が下がる。
「……くっ……そんなものはお断りだ……ッ!」
『戦士でなく……奴隷の道を選ぶっていうのかい!? だったらこのまま、美しい思い出のまま死んでくれ……愛しい人よッ!』
オーバーヒートに対する、安全装置が働いた。
炉の出力低下が〈ブルー・ブッチャー〉を満足な機動をさせてくれない。
その隙に畳みかけるようにして、トンファーの殴打がひたすら続いた。
装甲が、フレームが、電装系が、シャフトに叩き潰されていく。
「……こんなところで死んでたまるか。俺はまだ命令を完遂していないッ!」
鋭利に回り込んできた、相手の右手のトンファーを弾く。
これまでの流れなら、左手側のトンファーが時間差でやってくる。
それなら――攻撃に利用する。
打撃の軌道を予測して、そこに肘打ちを繰り出した。
トンファーのシャフトを、装甲の厚みが打ち返す。
『なッ……!? があッ!』
予想外の動きを見せた自分の得物に、ミゼッタは脇腹を打たれた。
――今だ。
左腕も、右足も満足に動かない。
残るはナイフを握った右手のみ。
タックルで押し返して、〈カデンツァ〉のボディへ覆いかぶさる。
「はぁぁぁーーッ!」
首元に捻じ込むようにして“藍銅”の刃を、強引に差し込んだ。
片腕では、もはやしがみつくことすらもできない。
振り払おうとするミゼッタとの接点は、ナイフの切っ先ただひとつだ。
『はははッ! 好きにするといい!』
「――――ッ!」
探り入れるようにナイフを押し込み、装甲を裂いて、腹へ――。
『――がはッ……! ははは……がっ……ぁ……』
血だまりを吐くような音が、笑い声のノイズに混じる。
『がぁ……あはは……これからもっと……生きやすい世界になったのに……』
それが、ミゼッタの最後の遺言だった。
〈カデンツァ〉はぴたりと動かなくなり、緩やかに沈んでいく。
「…………カティア」
満身創痍。だが、左脚のハイドロ・ジェットだけは、まだ駆動する。
「……ぐっ……もう少しだけ――」
コクピット内を振り回されたせいで、全身が激しく痛んでいた。
数えきれない打撲に、いくつかの骨は折れてしまっているだろう。
それでも彼は当初の目的を果たすために、ペダルを踏んだ。




