第29話 俺に命令をくれ……ッ!
機能停止した二機のGS。ナイアは怒鳴り散らした。
「何やってんのさ!? 馬鹿兄貴ィ!」
――応答はない。どうやらコクピットで気絶しているらしい。
GSの動力源は小型核融合炉だ。高電圧によって電気系統が一時的にダウンしたとしても、機体そのものの再起動は早い。基本的な狙いはパイロットの気絶である。
セレジアのプランでは、気絶させたフィンを、兄・ジョニーが連れ帰る予定だったのだが。これでは、どちらが先に目覚めるのかという、チキンレースの始まりだ。
それもまた、その間に、自分が〈アラクネ〉たちに“狩られなければ”の話だ。
「……くっ、このォッーーー!」
ナイアは苛立つ心を噛み殺して、トリガーを引き続けた。
既に民兵の〈ザーウィ〉であれば、二十機分は沈められるほどの弾薬を使い切ったというのに、照準の先の〈アラクネ〉どもには、一発たりとも掠っていないのだ。
扇状に弾をバラ撒きつつ距離を取って、ひたすら射撃と後退を繰り返す。
防戦一方、というのがまさに相応しいような、惨めな戦いの有様だった。
『ナイア、聞こえていまして?』
「……ッ、雑談とジョーク以外なら聞くよっ、何?」
『プランを変更して、直接二人を回収いたします』
「直接って……インスマスで近寄るつもり……?」
と、ナイアがそう訊ねた途端に、足元に何かが飛来した。
ルグレ機と思わしき〈アラクネ〉の放ったグレネード弾だ。
肩アーマーを前面に突き出して、カメラと弾倉を庇う。
爆圧が頭蓋を打ち鳴らし、轟音が装甲を抜けて鼓膜を突く。
痛みをこらえながら、ステータスモニターをチェック。
損傷軽微、武装にも問題 はない。戦闘継続可能だ。
「フィンのほうが先に目覚めたら、どうなるか分かんないよ」
『覚悟の上ですわ。それまでどうか持ちこたえてくださいまし』
「……オッケー。だったら、やるだけやってみるよ」
セレジアの勇ましい声音に、少し勇気づけられたのかもしれない。
ナイアは呼吸を今一度、整えてから、照準を改めて冷静に絞った。
変則的に接近してくる二機の〈アラクネ〉。
だが、こちらにはガトリング砲が四門もあるのだ。やれる。
「――さあ、いくよッ!」
◇
こちらを一瞥したバートラムに、セレジアは頷き返した。
彼は右手を振り上げて、艦橋のクルーたちに指示を発する。
「両舷前進、最大船速!」
「了解! 機関出力上昇!」
船窓の向こうの景色が流れ去って、遠く佇む二機のGS、〈ブルー・ブッチャー〉と〈ライカントロピー〉の姿が次第に鮮明になる。
加速。船体が揺れて、ティーセットがカタカタと鳴る。
インスマス号は睨み合う二機の右隣へと着き、そこで静止した。
フィン、ジョニー共々、未だにGSたちに動きは見えない。
「いまのうちですわ。二機の回収を――」
セレジアが声を張り上げたそのとき、戦術マップに熱源が灯った。
ジョニーの機体ではない。フィンの〈ブルー・ブッチャー〉だ。
赤く塗られた彼の愛機は、ぎこちなく、関節を震わせていた。
駆動系がまだ言うことを聞かないのだろう。
だが、機体の内部で、パイロットが目覚めたことは間違いない。
やがて、〈ブルー・ブッチャー〉の右腕がゆらりと動いた。
腰に戻した“カトラス”アサルト・ライフルの銃把を握る。
ぎぎぎ……と、軋む肩関節は腕を回して、銃身をかざした。
(まずい……ジョニーが……)
セレジアはサロンから踏み出し、艦橋の火工品ロッカーに掴みかかる。
「お、お嬢様……何を……」
「止めてきますわ」
「……は? な、何を……!?」
彼女がロッカーから取り出したのは、一丁の信号銃だった。
銃身を折ってブレイクオープンし、信号弾を中に込める。
人を撃つものではないとはいえ、銃を握ったのいつぶりだろう。
「お嬢様、お待ちください……っ!」
バートラムの制止を振り切りながら、艦橋の水密扉を開ける。
左舷のサイドデッキに出て、船首甲板へヒールのまま駆け出した。
「フィン……ッ!」
ちょうど、インスマス号の喫水線の高さから、GSの頭が見える位置だ。
「フィーーーンッ!」
叫びながらセレジアは、エメラルド色の光を湛えたメインカメラの横顔を狙って、トリガーを引き絞った。赤く塗られた機の側頭部に、信号弾のフレアが直撃する。
『……ッ?』
青い閃光と着色煙が、煩わしく〈ブッチャー〉の頭部にまとわりついた。
――もちろん、こんなものではダメージにはならない。
だが、これで注意を惹くことはできた。
〈ライカントロピー〉に向いていた“カトラス”の銃口が、彼女のほうを睨む。
「お嬢様! お戻りくださいっ!」
後を追って駆けてきたバートラムが、セレジアを庇うように射線に立つ。
気休めにもならない。ふたり揃って血しぶきになって消し飛ぶだけだ。
「お下がりなさい、バートラム」
セレジアは彼を手で押しのけて、さらに銃口へと一歩、歩み寄る。
この状況にあって、彼女は少したりとも怯えていなかった。
これは――必然だ。当然の帰結として、銃口が自分へ向けられている。
「フィン……貴方には私を撃つ資格がありますわ。私は貴方を救った気になっていながら、結局は武器として扱い、過酷な戦場に立たせ続け、貴方を苦しめてしまった」
既に照準は定まっているはずだ。
だが、引き金はまだ引かれていない。
「貴方には、私を撃つ資格がある。けれど、それは貴方が――」
セレジアは巨大な銃口に手を触れ、撫でた。
こびりついた煤が、白い手袋を黒ずませて汚す。
「貴方が、貴方自身の意志で、撃つべきものですわ!」
『……ぅ……ぐ……セレジア……』
「……フィン……!?」
スピーカーから漏れた、呻き声の中に、彼女を呼ぶ声があった。
「フィン……! 私が……わかりますか!」
『セレ……ジア……。俺は……俺はァ……ッ!』
「……フィン……ッ! きゃあっ!」
「お嬢様っ!」
ふいに、“カトラス”の銃口が跳ね上がった。
危険なものを、彼女から遠ざけるように。
狂乱するように、〈ブルー・ブッチャー〉の機影が揺れた。
ふらついたそれが、インスマス号に激突して、波を起こす。
土砂降りのような海水が、甲板へと注いだ。
「……っ……フィン……!」
『グォォオォ………セレジア……ッ!』
「フィン……ッ!」
そして、搾り出すような声が漏れた。
『セレジア……俺に命令をくれ……ッ!』
「……!」
その言葉に、すかさずセレジアは応えた。
「――闘いなさい! 貴方が、貴方自身で選んだ敵とッ!」
『…………命令、了解……ッ!』
赤い姿をした〈ブルー・ブッチャー〉が、フレアの火に青く照らされる。
刹那、セレジアはそこに、かつての蒼躯の機影の姿を重ね合わせた。
〈ブルー・ブッチャー〉が、ジョニーの機体から電磁ランスを取り上げる。
槍投げの要領でそれを掲げた。
矛先は――遠く、ナイアと〈アラクネ〉たちが交戦している方角だ。
「フィン……」
『はぁぁぁぁーーーーッ!』
裂帛の叫びと共に、フィンはそれを力強く投擲した。
◇
窮地にあったナイアを救ったのは、雷光を纏った大槍である。
弄られるように左腕を吹き飛ばされ、二方から挟まれていた。
片方を牽制していれば、片方からの攻撃を受ける。
半ば詰みに等しかった状況を、雷槍の一撃が崩壊させたのだ。
『……ッぐ……なんなのよ……!?』
投擲された電磁ランスの直撃を受けて、ルグレの〈アラクネ〉の右腕が引きちぎれる。次いで海面伝いに生じたスパークが、機体の挙動を一時的にダウンさせていた。
「兄貴……? いや……!」
『ヘイローの……リンク接続が切れている? ……馬鹿な』
ナイアが確信を抱き、シュルプリーズが驚愕の声を漏らす。
「フィン……!」
『――ナイア、撤退しろ!』
〈ブルー・ブッチャー〉からの援護射撃が、〈グラベル〉の背後に取りついていたシュルプリーズを引きはがした。
『どうして、アーキタイプ……!?』
それは、ルグレの放った疑問だった。
フィンは射撃を続けながら答える。
『お前たちとはそりが合わない、それだけだ』
その弾幕の中を駆け抜けて、ナイアは〈アラクネ〉たちの射程から離脱した。
直後、無線の向こう側で、バートラムの朗々とした声が飛ぶ。
『艦砲、射撃開始! 目標――敵性GS!』
降り注ぐ砲火が、赤黒い蜘蛛たちに降り注いだ。
『ふん……ここまでか。下がるぞ、ルグレ』
『どうして……アーキタイプ……なぜ……?』
シュルプリーズの〈アラクネ〉が煙幕を張った。
動作不良を起こした僚機を抱え、煙の中へ消えていく。
『射撃、やめ! 180度回頭。GS各機の格納、準備!』
バートラムの声と入れ替わりに、セレジアが告げる。
『三人とも、帰ってきてくださいまし。私たちの船へ』
「……フィン、戻ろう!」
『いや。ジョニーが気絶している。手を貸してくれ』
〈グラベル〉のカメラを彼のほうへと向ける。
〈ブルー・ブッチャー〉が、〈ライカントロピー〉の肩を担いでいた。
「……オッケー! 待ってて!」
装甲同士が擦れ合う金属音。
それがナイアには、どこか心地のよいものに聞こえた。




