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蒼海機動ヴァルハラ・ホライズン ~報復の指揮を執る追放・企業令嬢は、無感情な「最強パイロット」と共に戦火の海に歯向かっていく~  作者: 不乱慈


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第28話 お任せあれ、局長

 海原に出たインスマス号の艦橋には、見慣れない顔がいくつか混じっていた。


 ツグルク設計局での死闘と、それに続くゼニット・コンツェルンとの決定的な敵対。その噂はクルーたちの間にも伝播し、それを理由に船を降りるクルーが相次いだためだ。無理もない。この星の絶対的な支配者に牙を剥くなど、正気じゃない。


 一般の船乗りからすれば、たまったものではないだろう。


 いまでは、莫大な危険手当と引き換えに新たに雇い入れたクルーたちと、マハル、バートラムと馴染みのある、古いクルーたちによって艦は動かされている。


 船体の修復を終えたインスマス号はいま、メルヴィルの海へ再び発ち、艦の“慣らし”運航を行っているところだ。


 外洋に向かい、アビサル・クォーツを探鉱し、採掘する。


 開拓者の基本となる単純なルーティン・ワークを、新しいクルーたちに仕込むため――などという建前の航海だったが、実態は昨今の〈アラクネ〉部隊による襲撃パターンを分析した、あえて狙われやすい状況を作り出した「待ち伏せ」をやっている。


 海洋民兵たちの拠点、エダフォス近傍で〈アラクネ〉の母艦を沈めてから、奴らの行動パターンには大きな変化が確認されていた。


 まずは、奴らが狙う獲物だ。これまでは五大企業の船舶を見境なく襲っていた。

 だが、現在では中小クラスの企業船にターゲットを切り替えている。


 そして、次に編成だ。補助フロートを使って航続距離を強化したGSが、三機組で襲ってくるのだという。これを見る限り、海洋民兵たちとは完全に切れたらしい。


 ――三機のGS。

 おそらくそれに乗っているのは、シュルプリーズ、フィン、そしてあの少女。

 あの黒髪の少女は、確か「ルグレ」とか呼ばれていただろうか。


 思考の渦をまわしながら、艦橋の片隅、定位置となったサロン。

 セレジアは紅茶のカップを置いて、スマート・パッドのコールに応えた。


 アルジャバール兵器開発局長、ウィリアム・キュービスからだ。


『艦のほうの調子はどうかな? ウチの工廠の腕は確かだっただろう?』

「ええ。驚異的な早さで仕上げていただき、感謝いたしますわ。ウィリアム」

『いつも定規で整備員たちの尻を叩いていた甲斐があったというものだよ』


 世間話も早々に、ウィリアムの柔和な表情が冷める。


『さて。先日、敵の手に落ちたという〈ブルー・ブッチャー〉の件だけどね』

「……お構いなく。必ず取り戻してみせますわ」


『ああ、君たちの腕は信じている。ただ、私が強く懸念しているのは、あの機体に積まれた“カティア”の頭脳である、ニューロモルフィック・デバイスだ。あれがテロリストの手に渡ることだけは、何としても避けたくてね。競合他社ならまだしも、皆殺しの蜘蛛野郎の手に渡るのだけはごめんだ。……いや、すまない。これは私情だな』


 ウィリアムの瞳は真剣だった。あのAIには、アルジャバールの最新技術と機密が詰まっている。それは彼が作り上げたものだ。譲れない想いがきっとあるのだろう。


「お任せあれ、局長。既にそのつもりで、此処に網を張っていますもの」

『……さすがだ。言うことなしだね。じゃ、私の“愛娘”を頼んだよ』


 セレジアが頷き、通信を切ろうとした、まさにその瞬間だった。

 警告灯が赤く明滅し、鋭いアラートの音色が鳴り響いたのだ。


「お嬢様!」


 バートラムの鋭い声に、セレジアは弾かれたように窓の外を見やる。

 青く、広く、平坦なキャンパスを汚すような、赤黒い点が三つ。

 それは激しい水飛沫を立ち上げながら、まっすぐこちらに向かっていた。


 三機の〈アラクネ〉――狙いの得物がまんまと引っかかったらしい。


 けたたましく鳴り響くアラート下、新米クルーたちが浮き足立つ。

 その喧騒にセレジアは静かに立ち上がって、ヘッドセットを被った。


「ナイア、ジョニー、準備は?」

『いけるよ、セレジアさん』

『ようやくお出ましかよ』


 〈グラベル〉と〈ライカントロピー〉の二機が順に発艦する。

 戦術マップ上に現れた味方機マーカーは、敵へと直進した。


「頼みましたわよ、二人とも……」


 ◇


 ジョニー・バーシュは、胃の底がキリキリと痛むのを感じていた。

 大抵の場合、この胃痛が来るときはろくでもないことが起こる。


 その感覚こそが血の気の多い彼を、戦場でこれまで生き残らせてくれた。


(ま、そりゃあバケモノ三体を相手取るわけだからな。当然か……)


 マップを見やり、ただひとつの僚機――〈グラベル〉が後方に追随していることを確認する。正直なところ、妹は自分よりも優れた傭兵であると、彼は理解していた。


 GSの操縦技術、死生観、物分かり、鉄火場に対する適応力。

 あらゆる面で、傭兵として、戦士として、兄は妹に劣っていた。


 スリルに惹かれる(さが)を持つ彼女はきっと、ゼニットとの戦いから逃げない。

 この先、さらに強大な兵器や、強化兵士とやらが立ちはだかってくるのだろう。

 妹がどれだけ強くとも、たったひとりでヤツらを蹴散らせるわけではない。


 だが、自分一人だけでは、この先ずっと妹を護り切ることは不可能だ。

 ――だからこそ、あの男の力が要る。それがジョニーの結論だった。


(青いの……。絶対にとっ捕まえてやるからな……)


 やがて有効射程範囲のフィールド内に、三機のGSが立ち入ってきた。

 〈アラクネ〉タイプが二機と、もう一機は〈ブルー・ブッチャー〉だ。


 セレジアの読みは当たったらしい。が、もっとも――。


「おい。アイツ、いつの間に赤くなってるぜ?」

『ほんとだ。……似合ってないね、あの色』


 その機体色は〈アラクネ〉に準じて、赤と黒に染め上げられていた。


『なるべく他の蜘蛛を遠ざけるから。フィンを頼んだよ、兄貴!』


 声と共に〈グラベル〉の巡行速度が下がって、遠ざかった。

 狙撃ポジションに着いて、四門のガトリング砲を回し始める。


 瞬く間に暴力的な弾幕が展開された。

 殺到する弾の群れが、敵の隊列をバラバラに乱す。


 弾丸のカーテンが〈アラクネ〉二機を左手側へ遠ざけた。

 ジョニーはこれを良しとして進み、前方の標的へと接近する。


 対する〈ブルー・ブッチャー〉が反射的に射撃を開始。

 高波を障壁と目隠しにして、30ミリ装鋼弾を躱していく。


「……ッと。ご挨拶だな、青いの!」


 ジョニーはトリガーを引いた。

 こちらの“カトラス”にも、同じ致死性の弾頭が入っている。


 だが、照準は決して逸らさない。それではこちらがやられるから。

 どうせ相手が避けるのだから、全力で自衛をさせてもらうつもりだ。


 〈ブルー・ブッチャー〉は、第三世代特有のステップを披露した。

 そうだ、それでいい。このまま交戦距離を縮めるのが狙いだった。


『ほう……ボロ船が浮かんでいると思えば、貴様らだったか』


 広域の短波回線から、シュルプリーズの声が響く。

 すかさず、ジョニーは通信機越しに悪態をついてやった。


「こんなとこで会うなんて、まったく奇遇だな? 仮面野郎!」

『ふん。ルグレ、アーキタイプ。GSどもを殲滅し、船を沈めるぞ』

『了解よ』『……了解』


 少女と声と、抑揚のない青年の声が応える。

 後者は、出会ったばかりのフィンのものとよく似ていた。

 開かれた回線に向かって、ナイアが必死に呼びかける。


『フィン! 聞こえる!? 迎えに来たよ!』

『無駄よ。彼は私たちと完全にリンクを共有してる』

『……貴方は誰!』


 ダブル・ガトリングの弾幕を絶やすことなく、ナイアが問う。

 死線の合間を易々と縫って、〈アラクネ〉のパイロットは答えた。


『私はルグレ。貴方たちがフィンと呼ぶ男はもう居ないわ』

『へぇ? じゃあ、そこのソイツはいったい誰なの?』

『名も無きアーキタイプと言ったところかしら。貴方たちの仕込んだ芸は、ひとつ残らず忘れさせたから』


 ガトリング砲の弾道が、ルグレの〈アラクネ〉へ収束していく。


『“芸”って、なにさ』

『人間の真似』

『あっそ。……死ね!』


 〈アラクネ〉が尋常ではない機動で、殺意の雨を躱し続けていた。

 遠ざかっていく赤黒い機影たちを見て、ジョニーは息をつく。

 少なくとも、これですぐさま囲んで袋叩きということはないだろう。


「……セレジア嬢! いまさらだが、これ本当に効くんだろうな!」


 ジョニーが情けなく無線越しに叫んだのは、いまの愛機の得物についてだ。

 それは機体の背の丈にも等しい、全長6メートルもの長大なランスだった。


 ランスの先端には、無数の放電用のフィラメントが露出している。


『ブリーフィングで言いましたでしょうッ! フィンのインプラントが、以前にEMP攻撃でブラックアウトしたことは確かですわ。頼みましたわよ、ジョニーッ!』


 セレジアの怒声を背中に受けて、ジョニーはペダルを踏みつけた。


「……チッ、くそ。なんか怖くなりやがったな、お嬢サマ」


 接近警報――〈ブルー・ブッチャー〉が目と鼻の距離へと迫る。


「焦げるんじゃねえぞ、青いのォ!」


 電磁ランスを振りかざした隙を、フィンが狙って撃ってきた。

 大丈夫だ。増設した肩装甲が、関節の隙間を埋めてくれている。


 ジョニーはそのままトリガーを引いて、切っ先を海面に叩き付けた。

 眩く、青白い光の塊を宿した円錐状のそれが、海水を弾けさせる。


『……ッ!』


 その直前に〈ブルー・ブッチャー〉は、ステップで距離を取っていた。

 ひどい空振りだ。放電されたスパークすらも、掠ってはいないだろう。


「くそッ! バッテリーセルは後二発か……」


 ――反撃が来る。フィンは“カトラス”をマウンターに戻した。

 つまりは、これから接近戦に切り替えるつもりだ。

 電磁ランスは、小回りが利かないということを悟ったのだろう。

 目の前で、〈ブルー・ブッチャー〉が“藍銅”ナイフを抜刀する。


 決闘のときのあの恐怖が、鮮明に脳裏によみがえった。

 装甲の向こう側で、鋼鉄を食い破り、呻るモーターの音。


 だが、ここで怖気てしまっては、それこそ終わりだ。


「来いよ。いつまでもビビってると思ったら大違いだぜ……ッ!」


 ナイフを水平に、ハイドロ・ジェットで加速する〈ブッチャー〉。

 ジョニーは電磁ランスを逆手に構え、足元の海面へと突き立てる。


『――なんだと……?』

「これは読めなかったろ」


 そして彼は何の躊躇いもなくトリガーを引き、電撃を放った。

 赤と白銀、対峙するふたつのGSは、青白い雷光に包まれ――。

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