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蒼海機動ヴァルハラ・ホライズン ~報復の指揮を執る追放・企業令嬢は、無感情な「最強パイロット」と共に戦火の海に歯向かっていく~  作者: 不乱慈


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第24話 指揮官の変更を要求する

 ――ビシャール海域。

 それは惑星メルヴィルに無数に存在する「最も荒廃した海」のひとつ。


 「青のゴールドラッシュ」開拓初期に、ゼニット・コンツェルンが最初に目を付け、この海域の鉱脈を搾り尽くした――という話は、あまりに知られていたが。


『本当に、ひどい有り様ですわね……』


 取り残されたままの採掘プラットフォームから、錆とオイルが漏れ出している。

 でろでろとした何かが水面を漂い、それはときどき、不気味に蠢めいていた。

 プラットフォームの脚部は浸食によって折れ、半水没したものさえ見て取れる。


 そんな墓地めいた海原に、ツグルク設計局は――やはり、棄てられていた。

 廃墟を城郭、その中程に佇むそれを城と見做すのなら、まさに童話の魔王城。


 海面に突き立てられた“鉄棍棒”(メイス)のような、見上げるほどの構造体があった。


 この野晒しの城を護るものは、薬臭い風と、硫黄の匂いと、その威容だけだ。

 人間の持つ本能が、此処を忌避しているのだと、何となしにセレジアは感じた。

 この禍々しい気配そのものが、障壁として難民や海洋民兵すら遠ざけている。


 そう思えるほど近寄りがたい感触が、生温かい潮風に混じり込んでいた。


 やがて“城郭”を抜けるが、警戒装置も、伏兵さえも居ない。GS三機に護られたインスマス号は索敵にゆっくりと時間をかけながら、ついに“魔王城”の片岸へ着く。


 ツグルク設計局――かつて、ゼニットが持っていた技術研究部門のひとつ。

 最新兵器や、システム開発に従事していた浮揚工廠の名そのものでもあった。


 銃火器、通信端末などの歩兵用装備から、GS、輸送艦、防衛砲台などの大型機まで、ありとあらゆる兵器の開発・初期製造を行うセクションであり、多くの兵器がここで試作され、ゼニット・コンツェルンの他の兵器工場へ出荷され――ていた。


 だが、辺り一帯の鉱脈が枯れたことで、施設はもろとも、次第に価値を失っていったはずである。工廠としての機能はまるごと、いまの本社タワーへと転移済みだ。

 それでも――あのシュルプリーズという男は、あえて、この場所を示してみせた。


 此処に、セレジア自身の求める“答え”があるのだと、そう仮面越しに言った。


 あの男の本心は測りかねるものがある。本当に投降したのか。

 あるいは、ここへ自分たちを連れてくるための芝居だったのか。


 罠、だとするのならば――そこにはいったい、どこに何が潜んでいる。

 いずれにせよ、前に進まなければ求める“答え”は永遠に得られない。


『――気を付けて。物資搬入用の水路から、設計局内に侵入してくださいまし』


 インカム越しのセレジアの命令に従い、フィンは操縦グリップを倒した。

 “藍銅”ナイフの刃が、閉鎖された金属シャッターを紙切れのように引き裂く。

 搬入水路を遮蔽し、封鎖していたそれが、かさりと音を立てて水に沈んだ。


 通路の暗闇に吸い込まれるように、蒼、黒、銀のGSは推進を開始する。


『……ほんとだ。中も水浸しなんだね?』


 辺りを見回しながら、ナイアが言う。


『搬入作業をGSにやらせていたから、その方が都合がよかったんですのよ』

『皮肉じゃの。廃墟となったいまや、闖入者(ちんにゅうしゃ)にとっても都合がよいとはな……』


 カティアが皮肉げな声音で言う。フィンは黙って投光器のスイッチを入れた。


 暗闇に投げ出された白い光が、搬入用水路の内部構造を鮮明に照らし出す。

 苔がうっすら付着した合成建材の壁、太いパイプが張り巡らされた天井。

 水流の打ち寄せる階段には、波がヘドロを載せて、浚ってを繰り返していた。


 古代遺跡の封印を暴いたような景色だが、建設からは百年も経っていない。


『……こんな映画あったよな、ナイア』


 沈黙に飽きたのだろう。ジョニーが軽い調子で言う。


『あれだ。ムチを持った考古学者が、古代文明の罠をくぐり抜けていくやつ』


 ナイアが小さくため息をつきながら、彼の軽口に応じる。


『……デカい鉄球が転がってきたらどうするのさ、バカ兄貴』


「違う。あれは鉄ではなく岩だ。岩石と呼ぶのが正確な表現だ」

『ん? そうそう、岩――……えっ、フィン……!?』


 思わぬ訂正――彼が持ち得ていた知識に、ナイアは動揺を隠せなかった。

 咄嗟に振り向いた〈グラベル〉が、投光器を〈ブッチャー〉に当てる。


「……やめろ。カメラの光度調整が狂う。そいつを俺に向けるな」

『えっ、あ、ご、ごめん! 本当にフィンなのかビックリして』


 道中のトラブルといえば――せいぜい、それくらいのものでしかない。


 つまり、ツグルク設計局は完全な廃墟でしかなく、棄てられた場所だった。

 此処には護られるべき何かも、それを護るような何かの気配すらない。


 ふと、三機のGSは、搬入水路の先にあった分岐を前にして立ち止まる。


 左の道が、かつて実験・研究を担っていた開発プラットフォーム。

 そして右が、運び込まれた資材類を集積するコンテナ・ターミナル。

 ハッキングとソナーによる、事前の構造解析で視た分岐点だった。


 ◇


 艦橋端のサロン。セレジアは空の紅茶のカップを見下ろしている。

 もう何度も、シュルプリーズとの問答を頭の中で反芻していた。


「他の強化兵士は?」「父の狙いは何か?」「貴方の狙いは?」


 それらは結局、彼が明確に言葉で解を返さなかっただけに、実質的には同じ問いかけだったのかもしれない。


 あの仮面の男は、笑えないフィンを嗤った後に、こう答えた。


「お前の求める答えは、此処に在るだろう」


 ここがセレジアの想像通りに――強化兵士の生産工場であるなら。

 旧・開発プラットフォームを、再稼働させている可能性が高いはずだ。

 彼女はヘッドセットのマイクを摘まみ、決意を含んだ声音で命じる。


『まずは、左の開発プラットフォームへ向かってくださいまし』


 三機のGSを示す、緑色の友軍マーカーが分岐路を左へ進みだした。

 破壊工作用の爆薬は、バーシュ兄妹のGS両機に背負わせてある。

 それらを構造内部から取り付ければ、崩壊には十分も掛からないはずだ。


 あの忌々しい計画に、こんなことで終止符が打てるわけではない。

 だが、“浄化”というエゴを抱えた彼女にとって、これは必要な戦いだ。


 ――ああ、やっぱり、結局はそういうことなのか。

 ふとセレジアは、自分を俯瞰したような確信を得た。


 これは正義でも、倫理でもなければ、道徳や人道の戦いでもない。

 銃と爆薬を抱えた兵士に、殺せ、殺せ、と命じる義賊(ロビンフッド)は居ない。


 きっと私は、穢れた血筋(ルーツ)の継承を、ただ否定したいだけなのだ。


 ◇


 三機は水路を抜けると、青白い灯りに照らされた回廊に着いた。

 冷蔵庫の中を覗き込んだときのような、少し青みを帯びた、白い光だ。

 そのせいだろうか。彼らは機体の装甲越しに、薄ら寒さを感じ取る。


 少なくとも事実として、ここには電力が回され、低温が保たれていた。


 何を冷蔵しているというのか――というのは、疑問ではなく予感だ。


 回廊の両脇には、ガラスで作った棺桶のようなものが並べられていた。

 それは立てかけられて、ひとつ、ふたつ、みっつ……通路の先の先まで。


 最初に、直観的に“ソレ”に対する所感を述べたのは、ジョニーだった。


『なんだよこれは……ッ! クソッ、気持ちワリィな……!』


 一見すると、それはガラスのプランターに飾られた“植物”に似ている。

 だが、映像を拡大してみれば、すぐに幹と、蔓と、花の正体が分かった。


 ガラスの棺桶の向こう側のものと――ふいに目と目が合ったからだ。

 目。その“眼球”の後ろには脳があり、脳から脊髄が垂れさがっている。


 蔓のように見えていたのは、脊髄に纏わりつくように生えた血管の数々。

 ふやけて曖昧な肉片が付着し、その輪郭をぼんやりと人型にしていた。


 花と見違えた大脳には、環状の機械ヘイロー・インプラントが、まるで冠のように被さっている。

 脳を締め付け、人間性を対価に、絶大の力を人に与える契約指輪(エンゲージ・リング)

 吐き気か、嗚咽か。声を震わせながら、掠れた声色でセレジアが言った。


『培養槽……です、わね。ここで、クローンを……強化兵士を造っていた……』


 誰も答えない。それは景色を言の葉で再構築しただけであり、指示ではない。


『……んー』


 フィンは回線の向こうに、ふぅ、と肺を膨らまして、吐き出した音を聞く。

 感情豊かな人間が、何かを切り替えるとき、わざと吐くような息遣いだった。


『ボス、いまから爆弾仕掛けて回るから。周りに何かあったら報告ヨロシク!』


 場違いに明るい声を出して、黒いボディの〈グラベル〉がハイドロ推進する。

 死人とも生者ともつかない被造物を、壁中に並べ立てた、おぞましい空間を。


 十数秒の沈黙の後、白銀色の〈ライカントロピー〉が彼女の後を続いた。


 フィンのもとに、セレジアからの通信が入る。

 ようやく呼吸の仕方を思い出したような声音だ。


『フィ、フィン……貴方は……二人の作業を護衛、して、そのまま警戒を』

「セレジア、バートラムはその場にいるか?」


『……ぇ? え、ぇえ。居ましてよ』


「作戦指揮官の変更を要求する。……いまのお前には不可能だ、変われ」


 ――ぁ、という息遣いが聴こえて、声は返ってこなくなった。

 しばしの沈黙が続いた。ホワイトノイズと波の音だけが耳に届く。


 バートラムの声が、唐突にインカムから鳴った。


『……フィン様。お嬢様は寝室までお連れしました。以降は、私が』

「了解した。前任者の指示通り、作業中のV2、V3を護衛する」

『問題ございません。私めのほうでも、引き続き周囲の索敵を――……』


 彼の言葉が途切れて、フィンは母艦のステータスを一瞥。

 船体構造に高負荷。何かに穴をあけられて、浸水している。


 一拍のノイズのあと、バートラムがクルーに叫ぶ声が聞こえた。


『バラスト制御! 隔壁を封鎖しろ! 浸水を食い止めるんだ!』

「――どうした、バートラム! なにが起こった!?」

『フィン様。突然レーダー上にGSが……船体を攻撃しております……!』

「ステルス? 〈アラクネ〉か……ッ! 持ちこたえろ、すぐに向かう!」


 回廊の向こうから、ナイアの〈グラベル〉が信号を飛ばす。


『どうする? フィン。私たちも行ったほうがいいかな』

「お前たちは作業を続行しろ。……必要になったら呼ぶ!」


 踵を返すようにして、〈ブルー・ブッチャー〉は搬入水路を逆行した。

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