第22話 フルバーストで片付ける
海面を切り裂く鋼塊が、水面よりも“蒼い”装甲を陽光のもとへ晒した。
「半・潜水状態で距離2000まで接近。全門解放で片付ける」
『御意! セーフティ解除、照準補正、計算開始……じゃ!』
後部カメラの映像から、エダフォスの寂れた景色が遠ざかっていく。
きっと、もうあの姉弟に二度とは会うことはないのだろう。
どういうわけだか、フィンはそんなことをふいに想った。
一気にペダルを蹴りつけた。装甲は、激流のような水飛沫を浴びている。
上半身を跳ねさせ、〈ブルー・ブッチャー〉は急速に体勢を起こした。
――想定したポイントに到達。敵ステルス母艦の姿が、すぐそこに在る。
「……はっ!」
バックブーストをかけて機体を急制動し、両腕部を突き出すように照準する。
アサルト・ライフルと、グレネードランチャーのトリガーを同時に引いた。
“カトラス”の装鋼弾が、鈍い黒色の装甲に殺到し、容赦なく降りかかっていく。
着発式のグレネード弾頭も爆ぜて、衝撃で視界を揺らした。爆煙が上がる。
巻き返す炎と霧の噴流をすり抜けて、フィンはさらに敵艦へと距離を詰めた。
『敵艦、損傷確認! いけるぞ、主殿!』
「GSさえ出てこなければ――」
全弾を撃ち切る勢いで、トリガーを引き続ける。銃声、砲声。金属音。
フィンは艦体をぐるぐると廻りながら、怒涛の火線を装甲に浴びせ続けた。
ステルス母艦の襤褸切れにひしゃげ、次第に黒煙と炎を練り上げ始める。
『――残弾、余裕あり。あと一押しじゃぞ! 主殿ッ!』
と、カティアが叫んだ、その瞬間に影が見えた。
敵艦の後方から、何かが高速で射出される。
否。ハッチを斬り裂いて這い出したような形だ。
赤いシルエット――GS〈アラクネ〉だ。
『惜しい。少しばかり時間をかけすぎたな? アーキタイプ』
短波通信で鳴らされたのは、あの強化兵士――シュルプリーズの声だ。
彼が乗る深紅の〈アラクネ〉が、蛇のようにしなやかさで、急接近する。
『さあて……。どれほど強くなった? 見せてみろ、お前の力』
太刀状の超振動剣が、唸りながら〈ブルー・ブッチャー〉の装甲を掠った。
『いやはや。部下を――いや、兄弟か? それを皆殺しにされたと思えばなッ!』
補水索で海面に食いつきつつ、機のヒールで蹴って斬撃の直撃を躱す。
『タリクの差し金だろうが……これはこれで僥倖だな? アーキタイプ!』
彼はサディスティックに、上ずった声色で叫んだ。
両手を射撃武器で塞がれている以上、この接近戦は不利だ。
取り回しの悪いグレネード・ランチャーを捨てるか、距離を取るか。
少しの逡巡の後、フィンはランチャーを敵GSに投げつけた。
『ほう。相変わらず、思い切りがいいじゃないか……』
「黙れッ! お前に俺を測る資格はないッ! 消えろ!」
砲が細切れにされて、火花と破片が共に散らばった。
それらを目くらましにして、ナイフをクイックドロー。
返し刃で向かってきた太刀に、ブレードを干渉させて弾く。
『――邪見にするな。お前も同じに、その憎しみすらも御せるだろう』
「馴れ馴れしい! お前はセレジアの敵だ、俺の敵でしかない!」
『なぜ感情のままに……不完全な生き物の言いなりになろうとする?』
問いと拒絶。刃と刃の応酬、合間を縫うような蹴りが炸裂した。
〈ブルー・ブッチャー〉の機体が、後ろへと大きく吹き飛ばされる。
『主殿ッ!』
「――……カティアッ、エダフォスの様子は?」
『……港のほうにざわめきが見えるぞい!』
「民兵たちが動き出すのも、時間の問題か……ッ!」
ナイフを逆手に持ち、血のように赤い〈アラクネ〉を再び睨む。
「…………ッ」
『くだらんな。お前にもインプラントがあるだろう』
太刀が、揺れ動く。軌道が読めない。
連撃。加速度的に刃が残像を描いた。
『さあ、ヘイローを出せ。一手先を見ろ。どうした、どうしたっ!』
赤い灯火が〈アラクネ〉の頭上に薄っすら円環を描いて、輝き出した。
禍々しい色に灼かれたタキオン粒子の共鳴が、そこに浮かび上がる。
押し込むような、斬撃。フィンはただただ猛攻に圧されていた。
『ヘイローで感情を殺せ、敵を殺せ。それこそ俺たちの役割だろう?』
「黙れ、黙れッ! 俺はお前の言いなりにだけは、なるつもりはないッ!」
『ならば、リングの流刑児の言いなりとして人を殺し続けるか……!』
回転切りを仕掛ける。あえて背を見せてでも鋭いスウィングを放った。
それを〈アラクネ〉は容易くいなして、さらに限界までフィンに肉薄する。
『変わりはない、同じなんだよ。私もお前も、管理された入出力の装置でしかない』
「それでも……俺は、セレジアのために戦うと既に決定している……ッ!」
『その“決定”という言葉が、我々から過去と未来を永遠に奪うと知るがいい!』
太刀の先端がわざと、海面を掠めた。
一瞬で霧化した水分が視界を遮る。
その白んだカーテンの向こうから、切っ先が突いた。
『――私と共に来い、アーキタイプッ!』
その刃の切っ先が、装甲と装甲の合間、駆動部へと接触する刹那。
(――……俺はッ!)
……ふいに見えたのは、目の当たりにしたことない白い光。
果てしない光の叛流が脳髄を駆け巡り、そこに輝きがあった。
気付けば景色が、流れる時間さえもが、無限に引き延ばされている。
水飛沫は粒の一つまでもが、弾けて、潰れて、霞んでいった。
限りなく速度を失ってゆく世界に、フィンはただ取り残されている。
(…………これは……ッ)
太刀筋が見えすぎていた。ブレードの通ってゆく残像、突き進む軌道。
それは〈ブルー・ブッチャー〉の右脚に向かい、貫こうとしていた。
この機体のハイドロ・ポンプ・ユニットを狙って突き進む、一閃の銀刃。
限りなく“ゼロ”に等しい時間の中で、それらは意味を失っていた。
思考が肉体を超越し、現実の事象を違う窓から見ているような感覚――。
「――……はぁァァァッ!」
ぎりぎり……と太刀の腹に沿わせたナイフ。それを振り払って鍔を打った。
“藍銅”の硬質の超振動刃である。それだけで済むほど、容易いものではない。
鍔はたちまち叩き割られて、柄を握る指を、もろとも断ち切っていった。
短いナイフの刃が、雄々しい太刀を跳ね上げて、吹き飛ばした。
いくつもの命を斬った妖刀が、ばらけた鉄指と共に水面へと沈む。
『ほう……。旧式のインプラントで、まさか、これほどの出力を……ッ!』
気付けば、蒼躯の機の頭上には、神々しいほど巨大な光輪が輝いていた。
赤く澱んだ〈アラクネ〉のものとは異なる、白く清く、澄んだ光。
それが〈ブルー・ブッチャー〉に覆い被さるように、耀い、輝いていた。
ただ感嘆したとばかりに、それを見てシュルプリーズは深い息をつく。
『限界性能を、引き出したというのか。お前の素養によるものか?』
「……黙れ。俺を性能で測るな。俺は兵器じゃない。俺はこれでも人間だッ!」
『ははは! それはあの流刑児に魅せられた“錯覚”に過ぎんぞ、アーキタイプ!』
戦闘能力を失ったはずの〈アラクネ〉から、ノイズの混じった嗤いが響く。
『あれは私への対抗力としてお前を求め、そしてお前はそれを実行した。お前を人として扱うのも、あの娘が“そうでありたい”という願望のためだ。お前は求められた人間らしさを欲し、演じているだけだ。これでいったい、お前の何が証明できる?』
シュルプリーズの嗤い声は耳鳴りのように脳髄を蝕み、已まなかった。
『それはお前の意志か? 予定調和のインプットとアウトプット。そこに自由意志などない! 全ては無意味だ。私もお前も人間などでないんだよ、アーキタイプ!』
だがフィンは、初めて感じた“嫌悪”を突き返すかのように、低く言った。
「俺を……。俺をアーキタイプと呼ぶな……ッ」
たった三文字の“名前”が刻印されたアルミ・プレートを握りしめる。
ややあって、短波通信を介した、別の声音がインカムから鳴らされた。
『――フィィーーーンっ! 迎えに、来たよ!』
水平線の向こうから、黒く、重厚なボディが全速航行で向かってくる。
その後を追う白銀色の姿もまた、彼がとっくに見慣れたものだった。
開拓者兄妹の駆る二機が、GSが――仲間の姿が、すぐ傍へ並び立った。
「ナイア、ジョニー。なぜだ」
『セレジアさんは、合図があるまでは出るなって言ってたんだけどね』
『……もうそろ気ィ済んだろ。いい加減に帰るぞ、青いの!』
そこから遠い場所には、帰るべき艦――インスマス号の姿も見える。
二機を経由した通信リンク。セレジアの声が凛として、聞こえた。
『さあ、フィン。貴方の仕事を終わらせましょう。彼を拘束して!』
「……了解した」
〈ブルー・ブッチャー〉は、腰のマウンターから“カトラス”を取った。
その銃身は真っ直ぐと向けられ、赤いGSを銃口で完全に捉えている。
「投降しろ、シュルプリーズ」
『………ふぅん。いいだろう』
短い返答。ついに〈アラクネ〉が、コクピット・ハッチを開け放つ。
赤と黒の複合装甲、シェル状の胸郭ユニットが跳ね上がっていく。
その奥のシートにいた仮面の男は、両手をあげて、立ち上がった。
「対象の無力化を確認。これより、ゼニットの強化兵士を拘束する」
『――ご苦労様。民兵たちが出てくる前に、撤収いたしましょう』
◇
シュルプリーズ――その鉄仮面の青年は、存外に素直だった。
何の抵抗もなく拘束服を着て、大人しく営倉の中へと入った。
ただ一つ拒否を示したのは、その気味の悪い仮面を外すことのみ。
「いくつか、質問がありますの」
インスマス号、船底区画。固く閉ざされた扉の前。
その向こう側の気配へ、セレジアは静かに問いかける。
「カシウス・リングの狙いは?」
『……』
答えはない。彼女は続ける。
「貴方と、あの人の目的は同じ?」
『……』
「強化兵士は、あの艦に居た者で全て?」
『……』
気配が曖昧になるほどに、彼は音を発しない。
溜め息をついて、セレジアは呟くように言う。
「これじゃフィンのほうが、お喋りですわよ」
『ほう? ……んっふふ……はははっ……!』
聞いたことのない、がらんどうな笑い声がした。
「……笑うことができるんですのね、あなたは」
『まあ……表面上はな。アーキタイプは笑えんのか?』
「どうかしら。私が教えてほしいくらいですけれど」
くつくつと笑って、仮面の男は最後に言った。
『“ツグルク設計局”に向かうがいい。問いの答えは、そこに在るだろう』
「……おかしいですわね。あの施設は、とっくの昔に閉鎖されたはずでしょう」
『それは――お前自身の目で確かめてみるといいだろう、セレジア・リング』




