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第一闘技場。上から見れば丸い形の闘技場。中央に円形の壁で囲まれた戦う場があり、周囲の壁の上で観客達が見下ろすような構造。大体の民衆が想像するごく普通の闘技場とはこういう形を言うらしい。
現在進行形で、獣人と魔族の奴隷が闘っている。観客達は選手のどちらかに賭けるだけ。至ってシンプルだが、観客達の熱気がとてつもない。応援、罵声罵倒、叫び声、歓喜、悲観・・・。
「人間の感情、欲望をここまで掻き立てるなんてすごいわね」
観客席の一番外側ではウララが柱を背にして横目で試合を見ていた。彼女に与えられた任務はこの闘技場の構造把握。可能ならば奴隷達が収監されている場所の情報を知りたいとのことだったが、この闘技場一つだけでもメチャクチャ広い。流石に一人だとどこまで調べられたものか分からない。
「この分だと他の闘技場も同じように難しそうね」
昨日、宿泊していた宿屋でヤシャクは今後の方針を妻三人に伝えた。ヤシャクとリウィは第三闘技場、ヨウビが第五闘技場、そしてウララがこの第一闘技場を調べることにしたのだ。
全員バラければもっと良かったのだが、リウィは危ういからとヤシャクが一緒に行くことになった。リウィは一人でも大丈夫だと言っていたが、三人は速攻で却下していた。
賛同した自分でも英断だと言いたい。
「うーん、見渡した限りこの観客席から奴隷達のいる所に通じる入り口はなさそうね」
意外なことに、この闘技場は会員制などではなく自由に出入りができた。観客も全員が全員賭け事をしているわけではなく、ただ単に見物しているだけだったり試合を見ているフリをして隣の商売相手と交渉の場にしていたり、中には護衛用の奴隷を買おうと値踏みしている者もいた。
「目をつけるなら奴隷を買おうとしているやつよね」
この闘技場の真下、もっと言えばこの島全体の地下に奴隷達がいることは分かっている。
魔力で生成した細い糸を闘技場の壁にあった細かい亀裂に這わせていくと、この闘技場の全体像から地下に向かっていった。そして糸先を糸電話の要領で音が拾える形の物に繋げれば地下の音も聞こえる。張り巡らせれば、この闘技場の範囲以上に地下が広大、つまり他の闘技場も同じように地下が存在するとして、全ての地下は繋がっている。
奴隷達を管理するのに地上ではリスクがある。奴隷として捕まえたにしろ並の人間なんて太刀打ちができない力を持つのが魔族達だ。
そんな魔族が、非力な人間達に飼われている。まだ数十年単位でしか生きていない若い魔族はともかく、戦士ならば鎖で繋がれていても魔法を発動できる。
だが、試合の方も観察していたが魔族らしからぬやたらと遠慮した戦い方だった。暴れるどころか魔法すら本気で使っているように見えない、というより本気を出せない状態のようにも見えた。
「それで・・・、随分前から私をつけ回しているのは誰かしら?」
*
「どこで油を売ってるんじゃろうな、あの鬼嫁は」
ヤシャクとリウィ、そしてヨウビは予定していた時刻に打ち合わせていた場所に集まっていたが、一人だけいつまでたっても来なかった。
「闘技場内で何かを見つけ、一人深くまで潜り込んだ可能性もありますね」
「あるいは、捕まったということもあり得る」
「ウララさんがそんな失敗するでしょうか、実力ではヤシャク様が認める強さですよ?」
ウララの実力はヤシャクも十分知っている。というかこの任務に連れて来たのは彼女も必要とヤシャクが判断したからだ。
ヤシャクは顎に手を当てて可能性を提示した。
「我々は手筈通り観客席から情報収集を行なっていました。私達とヨウビの調べた闘技場には奴隷達がいる通路はありませんでした。もしもウララが調べていた第一闘技場も同じ構造の場合、彼女が気づかないわけがありません」
「ふむ、それで?」
「私たちはあくまでもこの島全体に地下があることにまだ推測でしかありませんでしたが、彼女がその存在を確信したのだとしたら・・・」
「次はその通路を探そうとするじゃろうな」
「時間に余裕があればそうなりますね」
「もしも何らかの形で地下に潜り込んでいるなら、我々も動かないといけませんね。とりあえず第一闘技場に向かうしかないでしょう」
ヤシャクが闘技場に向かおうとしたが、ヨウビに行手を塞がれた。
「待て」
「何故止めるのです」
ヤシャクとヨウビは正面から睨み合っているような形で向かい合っていた。
「可能性をもう一つ忘れている」
ヨウビはまず指を一本立てた。
「まず、ここにいるわらわ達はこの島全体に地下があると予想した。わらわ達は闘技場を大まかに視察した上で情報から予想することしかできない。じゃがあの女は自身で予想を確信に変える術を持っておる。糸を使って地下の存在を探り当てたと見て間違いはあるまい」
「そうですね。彼女は蜘蛛鬼の血を引く鬼ですから魔力で作った糸を自在に操れる上に、糸から伝わる感覚から物理的に探知できましたね」
「だったら、あの女の立場になって考えてもみよ。仮に捕まったにしても自ら潜って行ったにしても、やることが絶対にあるじゃろう」
ヨウビの言いたいことはヤシャクにも理解できる。しかしだ、だからこそ。
「ならば尚のこと闘技場を調べるべきだと思いますが」
「はー、わらわは逆じゃ」
「逆?」
「わらわ達が予想に終わって、ウララも同じように調べ、最終的に魔力の糸を使って確信に近づいたのならわらわ達が今更闘技場を調べて何になる。しかも約束の場所に現れないときた。闘技場で何かがあったのは必然として、もしウララが敵の罠にかかったとしたらその敵達は仲間が探しに来ることも予想しておるはず。普通、自身の身に何かあったのならどう痕跡を残そうとするじゃろうな?」
「私達にしか分からない印で自分の元に辿り着かせるようにするでしょう」
「一般的にはそうじゃろう・・・否、それは違う。わらわ達は例外と思え、今のは知恵ある者の一般じゃ。魔力至上主義が多い魔族達にとってすれば、ここは大暴れでしようと考える所じゃろうしな。・・・話を戻すぞ。そしてわらわ達が探しても闘技場内に奴隷達のいる所は掴めなかった。わらわも幻術を使って監視の衛兵に情報を吐かせたが、誰一人としてその情報を持っていなかった」
確かに、闘技場に入り口がないと考えれば闘技場の外にある筈。だが、その場合どうやって闘技場内に奴隷達を出入りさせている?外にあったとしてもおかしくないが・・・。
「結論を言うぞ、わらわ達はわらわ達なりの方法で別の通路を探した方が良い。ウララも魔力の無駄遣いをするような痕跡など残さん。あの女ならわらわ達が自力で辿り着くことを想定している筈じゃそれに・・・」
ヨウビはヤシャクの胸にキセルの先を当てた。
「お主なりに妻を大事に思うておるのは嬉しくもあるがな、わらわ達もこうしてお主のやることに進んでついて来たんじゃぞ。覚悟なんて無いと思ったか?何か起きたとしても割り切って堂々としておれ。同胞も他族も奪い奪われ糧とする、それがこの世の理。それを誇りと思えるように必死で生きるのがお主のあり方じゃろうが、冷静な顔をして内心焦っておらんか?」
その通りだ。自分で始めたことなら、いつ何を失ってもそれを覚悟しておかなければならない。物事に絶対など存在しないことはもう昔から分かっていた筈だ。
「人間臭いことをしてしまいましたね、深く反省致します」
「ははは、別に悪いことではあるまい。魔族でありながら人間の生き方や繁栄を尊重しておるんじゃろ。だったら多少の当てられてもいいではないか」
「あのー、ヤシャク様、ヨウビさん」
ヤシャクとの調査が終わってから静かだったリウィが間に入ってきた。別にこんな無理な入り方をしなくても普通に話しかければいいのではとヤシャクは思ったが、もしくはヨウビに構い過ぎてやきもちでも焼いたかとも思えた。
「どうかしましたか?」
「私は難しいことはよく分からないのですが、要は地下へ行けばいいのですよね?」
「そうじゃ」
「でしたら力づくで地下へ続く通路をこじ開けてしまってもよろしいのではありませんか?そもそもこの島にいる人間達の被害なんてこちらの知ったことではないのでしょう?」
できなくはない。だが一番困るのはそれで空振りに終わり、悪目立ちして周囲から人が集まり無駄に戦いが起きることだ。しかも最悪の場合・・・。
「我々も腕には自信はありますしここにいる人間の大半は確かに取るに足りません。ですが裏社会に生きている人間が多い以上、その配下にいる護衛というのもまた戦い慣れしています。奴隷調教師もいるでしょうし、魔族の奴隷を差し向けられれば彼らの保護の意味がありません。ここは敵地ですから、向こうはその気になれば王都からいくらでも戦士を派遣できてしまいます」
最もここは人間側にとっても非合法かつ非公認の島。一番安全な侵入方法ですらあの回りくどさだったのだから王都に知れたところで素早く兵を向けるとは思えないが。
「何かのどさくさに紛れ込めれば一番なのですが・・・・、あ」
思いついた。タイミングと運が重要だがやりようによってはいける。
「行きますよ」
「どこへじゃ」
「闘技場です」
「おいおい、言うたじゃろう!そんなことしても手がかりなど」
「手がかりじゃありません。こじ開けに行くんですよ、通路を」




