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 石造りの通路が延々と続いている。真っ直ぐだったり直角に曲がったりYの字に二手に別れたり、途中で鉄格子の扉をいくつも見かけ、そこに番号が振ってあった。観察した限りだと、ここは扉の番号から大まかな位置を把握しないと迷子になる可能性が高い。前を歩いている案内人も時折扉の数字に目線を配っていることから地図のようなものは持たずに目印となる番号だけを頼りにどこをどのように通るのかを決めているのだろう。


「よく迷わずにエスコートできるわね。同じような道を何度も通ったのに」


「お褒めに預かり光栄です。これも万が一奴隷達が反乱を起こした時の防衛策なのですよ、過去にも逃げ出そうとして魔族はいましたがこの通路ではどこにいるのかも把握しきれない。最初に大まかな構造を頭に叩き込んでおかないとここが地下何階なのかも分かりませんからね」


 案内人の言っていることが真実か嘘かの分析はともかく、引っかかったのは最後の言葉だ。ここが地下何階か。

 もしかすると地上を一階として、今自分がいるところは扉の数字の階層である可能性が高い。つまりここは何層にも地下があるということだ。


「にしてもまさか奥様が私の言うことを信用してくださったことには誠に感謝いたします。あそこでお声頂けなければ私は見逃すところでした」


「白々しいこと。私のことをずっと付け回してたでしょう?私に見惚れたのはわかるけど趣味が悪いったら」


「恐れ入ります。言い訳になりますが、あまりにも瓜二つだったものでもしかしたらと思って後をつけさせて頂きました。まさか魔王様の幹部の奥方がこのような場にいらっしゃるとは思いもよりませんでしたので。でしょう?ウララ様」


 数刻前、ウララを第一闘技場内で尾行してきた男がいた。そしてこの地下の存在を確信した時にウララから接触した。もちろん出てこないなら出てこなかったで縛り上げてヤシャクのところにでも連れて行ったであろうが。

 男の名はドレー・グライ。魔族でありながら人間に化けてここで奴隷の管理人兼奴隷商との仲人だと言っていた。 よく魔族は破壊と抑制を本能として生きているとヤシャクは言うが、こういう生き方をする奴も珍しくない。

 

「ふーん?私のことを知っているということは、魔族の中でも上位階級に当たるのかしら」


「いえいえ、私共は下級ですよ。ですがこのように商売は情報や他との繋がりを武器としますから、重役であれば人であれ魔族であれどんな情報でも得ておくものです」


「同胞を商品として扱うことに何の抵抗もないのね」


「別にどうってことありますまい。以前は人間、獣人、森人、鉱夫がほとんどでした。人間が人間を奴隷にするんですよ?魔族だって同胞での殺し合いがよくある話です」


「確かにそうね。ところで私をどこに案内する気なのかしら?私を奴隷にしようと魂胆ならそう簡単にはいかないわよ」


「そうですね。魔王様の幹部の奥方、それに角さえなければ人間とさして変わらぬ見た目ですし箔としては十分でしょう。性奴隷、愛玩奴隷、珍品な奴隷、どれをとっても最高額の値をつけられます。ですが私としてはそれは後で決めさせて頂くことです」


 やはり、同胞として強力ではなく商品として見られていたか。その予想もしていた上でこうして誘いに乗ってやったわけだが、この男の目には自分がヤシャクのか弱く美しい妻にでも見えているのだろうか?


「あのヤシャク様の奥方ですからね、噂には聞いていますよ。このような所に何故いるのか詳細は聞きませんが、私とあなたが利用し合えばもっと凄いものが手に入ると思っています」


 通路を歩き切るとそこは四角に切り取られた広い空間だった。壁に沿って配置してあるのは長方形の金属製の箱のような物が縦にびっしりと配列され、箱の頭から細い管が壁を伝って天井の中心に伸びていた。その位置は部屋の中央に陣取っている円筒の真上だ。

 

「ここが私が奴隷を管理している部屋になります。ウララ様、ここは迷路のように入り組んだ地下の私が作り上げた一室です。ここに来る道中、通路に数多の部屋があったでしょう?あれは奴隷達の部屋です。そしてあの部屋は外から開けることはできても中からは絶対に開けられない特殊な作りになっています。そしてこの部屋を含め各階層合わせて数千の部屋と迷路作りの通路が何百とあります。そんな多くの部屋を一体誰が管理できますかね?」


「階層ごとにあなたのような管理人がいるんじゃないの?階層一つにしても一人だけで管理なんて一日では到底間に合わないならせめて数十部屋に一人は必要かしら」


「その通り。現に、私が任されているこの階層の部屋数も百部屋程度。あの迷路のような通路も全て記憶しているわけではなく、決まった通路を通ってきただけに過ぎません。それこそこの仕事についた時から毎日同じ通路を延々と歩き続け、体に染み付かせたない限り初見では必ず迷うほどです」


 ここまですんなり案内できたのはそれこそ長い月日をかけて体に覚えさせたということか。そしてウララ本人もこれでこの地下に閉じ込めたも同然というわけだ。確かにあんな複雑な道を延々と歩かされた上に道順を全部覚えていますかと言われたら至難の業だ。実際、行きと帰りでは景色がまるで違って見えるのはよくあることだが目印を目に焼き付けておけば何となくでも帰って来れる。しかしここまでの道中にはそんなものがまるでないし全て同じ作りの同じような通路。違うのは奴隷が収容されている筈の部屋の番号だけ。


「それ脅しになっていないわよ?私は来た道を引き返すことには自信があるの。それにあなたをここで拷問して出口まで道案内させることも方法の一つとしてあるわよ」


「ふっふっふっふう。そうですね、あの魔王様の幹部の奥様です。私ごときがお相手になれる筈がありません。だからこそこの部屋までわざわざ案内したのですよ」


「?」


 ドレーは部屋の中央にある円筒に触れると(正確にはその手にはまっている指輪にでも反応したのだろう)円筒が全体的に発光し、天井の管を通って箱に何かが注入された音がした。


「私はただ単に奴隷達に食料を与えたり暴れたら仕置きをしているわけではありません。ここは闘技都市で賭博の島。観客達をいかに楽しませ金を落とさせ、時には勝たせていかに金の出を少なくするか、大金を賭けさせいかに向こうが損をしてこちらが得をするかの策を巡らせるのも私どもの役割。そして、奴隷達の中でその日のどこの闘技場で戦わせるのかを選び、他の同僚達が管理している奴隷との勝負に勝てば上奴隷の箔がついて上からの評価も上がるというシステムになっているのです。勿論、わざと人気の無い弱い奴隷をけしかけて強い奴隷にわざと負けてもらい観客達に大損をさせるという八百長も時にはしますがね。その際管理している以上奴隷達をどうするのかは私共の自由。鞭で打ち調教するもよし、薬漬けにして廃人にし言うことを聞かせるもよし。とはいえ奴隷と言っても使い捨てにしていいわけでもありませんがね、獣人や森人達はまだ代わりはいくらでもいますし使い物にならなければ貴族達にでも売り払えばいいことですが、魔族の奴隷は流通が少ないですからね」


 壁の箱から白い蒸気が吹き出し部屋中を曇らせた。蒸気に何か匂いが含まれており、吸い込むと思わず顔をしかめたくなるほどにツンとするほどだった。

 ガコンッという音と共に箱が上向きに開くと、中から影が起き上がった。話の流れからここは魔族を管理する部屋なのだろうとは予想は付いていた。もしかするとあの箱の中で冷凍睡眠により動きを封じ、体を改造されて人間達の意のままに操られているのではないか。変装していたにも関わらずウララが魔族であることを看破し、自分は魔族であると信用と油断を誘い、後戻りができないように転移魔法陣まで使ってこの地下の牢獄に連れてこさせ最終的にはあの手この手でウララをこの中に仲間入りさせることまではこの魔族の男も狙っていることだろう。

 ウララ自身、正体を見破られたことやここに魔族を飼う側の魔族がいることは予想していなかった。但しそれ以外は油断したように見せてわざと誘いに乗ったのだ。わざわざ向こうから出向いてきてくれたのなら手間が省けたようなものだと考えたからだ。


「人間や獣人達を調教するのはまだ楽なのですが、魔族の方は難しいです。油断すれば拘束具を破って暴れようとなさいますし、拘束されているにも関わらず魔法を使える個体も珍しくありませんでした。そしてこのことは同僚達も頭を悩ませていたのです。何せ観客達から一番人気が出るのは魔族との戦いですからね、今までは命令に逆らえば身体中に多種多様な激痛を与える魔具を開発して取り付けたり薬漬けにしたりと言うことを聞かせていましたが効果に絶対はなかった。そういった魔族は個人の手には終えないので何とか殺処分していました。でも私は思いましたよ、勿体無いと。

 私は魔族の奴隷達を意のままに動かすにはどうしたらいいのかを考えることにしました。そしてある時辿り着きました。生き物の中には体の中に寄生して宿主を己の思うがままに操る寄生虫というのが存在することに。私は独自にそれを研究して、実験と品種改良を重ねに重ね遂に、魔族に寄生し命令通りに動かす虫を完成させました」


 箱の中から外に出てきた魔族達は体中に試合で負った傷痕こそあったものの、五体満足で立っていた。奴隷にありがちの飢えて痩せ細っていたり、ボロボロの不潔状態のようなものではなく健康そのものであるようにも見えた。だが、その目に生気はなく、無、とにかく無だった。特に目には何の色もない。口や顔の表情は時折微妙に動くが言葉を発することはない。

 呼吸をしているということは生きている、死体ではない。


「正直な感想を言うけど気味が悪いわね。うちの国にもアンデッドっていうのが時折生まれることははるけど、これはそれでもない。そして生者とも取れないわね」


 ドレーは笑みのままこの気味の悪い光景を自分が集めた収集品を眺めるように体を回転した。


「素晴らしいと思いませんか?人間、獣人、森人やその他の他種族、そして長年敵対関係にある魔族までもを自在に操れる。しかも操っているのは虫、寄生虫なんですよ。この虫達は特殊な信号を送れば宿主の脳に干渉しその意思を支配できるのです。普通は体の脳を食い尽くしたりしますが、この虫達は脊髄に寄生し宿主をほぼ綺麗な形で操る。これは世紀の大発明だ。これをさらに改良して複雑な命令を覚えさせれば、量産して全人類、全魔族に寄生させれば戦争はなくなる。どころかその民族の発展や衰退を思いのままだ!まさにこの偉業は神に近づける!」


 ドレーが気分高らかに言いたいことを言っている中で、ウララが訝しんだのは最後の言葉だった。


「神ですって?」


「ええそうです。そしてウララさん、私はあなたの能力についても知っています。だから!声をかけたのです。魔力で蜘蛛の糸よりもさらに細い糸を生成し操る、罠を張ることや物理的な感知、複数の糸を編み込めば用途の幅が広く、使い方によっては生物の体内に侵入し傷付いた内臓の縫合や外科的治療、さらに肉体中に張り巡らせれば体の自由を奪い物理的に操ることも可能。こっちではマリオネットという名がありますが、こんな繊細ことをできるのは魔族の中でもあなた以外にいない。そしてその力は私の研究に役に立たせることができる。

 どうですか?お互い手を組みませんか、あなたの旦那、ヤシャクよりもあなたの力を最大限活かせるのはこの私を置いて他にない!この出会いは運命というべき・・・」


 随分と好き勝手に長い話をされたが、ウララはこの時ドレーの話をほとんど聞き流していた。そして秒でどうでもいいと思ったことは忘れた。覚えているのはここにいる魔族達は特殊な寄生虫を媒体に体内に寄生させ、この男が特殊な信号を送って操る。今日魔族が出場している試合を幾つかはウララも見た。その中にはここにいる魔族のような状態で何の生気もなく死んだように、それこそ人形のように戦っているものもいた。体の自由はいざ知らず魔法までも操れるとなるとこれは確かに驚きの発明だ。

 操られている本人がどんな気持ちなのかは知らないが、意思を奪われるという点で果たして生きているのか死んでいるのか。

 そして。


「あなた神とか運命とか言ったわね?」


「ええそれがどうかしましたか」


「魔族ってさ、魔力至上主義や力絶対主義、民族至上主義なんていう考えが偏るのが大半なんだけどね、私も含めて魔族には何を言われても認めないことが一つあるの。勿論私の旦那もよ。人間達がその存在を信じ、時には祈り、起きた奇跡と呼ぶ事象をその存在に感謝し、自分達の味方だとか死後に導いてくださるとか都合の良い存在であり続けているんだけど」


 ウララはドレーに一歩ずつ歩み寄った。その表情は何かを楽しむかのように笑っていた。


「魔族は神の存在を嫌う、いないと断じる。運命なんてのもそうよ、人間が勝手に想像したありもしないのにあると信じるものが気持ち悪いと思っている。そしてそんな人間臭い言葉を吐く魔族は・・・」


 ウララは丸めた手から指を二本立て、上から下に振った。

 ピッ、というが小さく、か細く、しかし一瞬確かに聞こえた。

 気がついた時には、ドレーの額から縦一直線に線が入っていた。

皮の引き裂ける音がドレーから部屋中に響く。そして顔から下に線が走り続けている本人はとういうと、別に何も表情がなかった。むしろ直立不動のまま、まるで無機物のようにただそこに立っているだけ。

 そして変化が起きるのに数秒も無かった。

 ドレーの背中から衣服が内側から破れて不自然に盛り上がり、何かが出てこようとしていた。まるで虫の脱皮だった。

 否、本当に虫だった。長さはドレーの背丈の二倍、太さはほんの五ミリ程度、ミミズのような湿った質感だがその体色は黒だった。

 

「それが本体だったというわけね。結局ドレーという魔族は一体どこからどこまで操られていたのかしら?」


『言葉の違和感のみで同胞殺しも容赦しないとは、いかにも魔族らしいですね。その質問にお答えするなら最初からですよ。この虫は特別製でしてね、一個体だけならば遠隔で声を出すことも可能、しかも宿主の視覚、聴覚、能力までも乗っ取って自在に操れるのですよ』

 

 一体どこから声を出しているのやら、声の発信源がこの虫であることだけはわかる。

 科学と錬金術を駆使して魔族の生皮でも被っていたのだろうとウララは予測していたが、結果は背後にいる黒幕は隠れて高みの見物をしながら駒を摘んでは置いている感覚なのだろう。ウララの正体を看破したのも魔力を感知してだろう。しかしこれまでの話からこの男が喋ったことは一部の魔族しか知らないことも話していた。ここから推測できることはいくつかある。


「その魔族を私達の所に潜入させていたのかしら」


『そうですよ。この魔族はどうにも少し高い貴族級の地位を築いていたようなので、利用させて頂きました。お陰様でそちらの事情もかなり知れましたよ』


 同胞が裏切り行為をしていたわけではない。敵に操られスパイとして潜り込まされ情報を搾取する。なるほどうまいやり口だ。


「にしてもキモい虫ね。そんなのが体内で動いていると思うとゾッとするわ」


『では体験なさってみると良いでしょう。ちょうど一体壊されてしまいましたからね、鬼の奴隷は人気が高い。寧ろあなたに寄生して一生飼ってあげます。魔族は長寿ですが繁殖能力が低いのが欠点、私の研究を駆使していくらでも孕らせてあげますよ』


 虫の背後から魔族の奴隷達が次々と近づいてくる。そしてウララを取り囲み、逃げ場をなくした。


『なるべく傷つけたくありません。抵抗しないでくれます?』


「生憎だけど、私は旦那以外に興味ないわよ。それに魔族から見てもあんたのやっていることは悪趣味そのものよ」


 奴隷達が一斉に飛び掛かるのと、ウララが糸を展開するのは同時だった。


『ああ、言っておきますがこの奴隷達は戦争で捕まえた戦士でありかつここでひたすら戦いを積んでいます。私が操らなくても本能的に戦うので、強いですよ』


 


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