【6】友情か、救済か、不幸の宿命か
誰の物とも特定されず、遺体も見つからなかった。
だが事件性があるとして、警察は捜査を開始し、赤いスニーカーと赤い自転車の画像を公開して情報提供を求めた。
僕は事件の後、検査入院していた病院のテレビニュースでそのことを知った。
警察が公開したスニーカーと自転車を見て、すぐにアリスの物だと分かった。
けれど誰にも言わなかった。
アリスのあの言葉。
「レンの不幸を全部消してあげる」
もしかして……アリスが?
でもアリスは僕と同じ、たった10才の子供で。
それに父母がこの世から消えてほしいと心から願ったことはあっても、弟妹のことをそんなふうに思ったことはない。
アリスに連絡を取ろうとしたが、僕の携帯電話は、温室の中にも、家の敷地内外のどこからも見つからなかったそうだ。
そして疑念は退院してからもますます膨らみ、僕はアリスが静養していると言っていた住所の「佐々木」さんの家まで行ってみた。
だがそこは何十年も空き家で、辛うじて原型を留める朽ちた建物だった。
では、くるくると回っていたアリスの後ろに映っていた部屋は?
確かに存在していた「豪華」な子供部屋はどこへ――。
それとなく近所の人や友達に訊いてみたが、アリスを見た人は誰もいなかった。
すれ違っただけでもアリスを忘れる人などいないはずなのに。
アリスは本当に存在したのか?
そしてアリスの身の上話と、僕の誕生時から来る母の犯行動機がそっくりなのは偶然なのか?
そうして時は順調に過ぎ、僕は27才になった。
数時間前までは、ウォール街で働く若きアジア系エリート。
今は、20階建ての古びたビルの屋上に立って、死を選ぼうとしている。
同僚の計略に嵌められ、明日にもホワイトカラー犯罪で FBI に起訴されるのだ。
僕を嵌めた同僚のグレッグは、とても良いヤツで親友だった。
だがグレッグは自分の出した損失を僕になすり付けた。
僕は裏でグレッグの顧客から金を巻き上げ、ケイマン諸島にある自分名義のオフショア口座に振り込んでいたことになっている。
グレッグの罠は高度過ぎて、僕が自分の潔白を主張すればするほどボロが出るという始末だった。
僕は途方に暮れていた。
まさか親友に裏切られ、こんな犯罪に巻き込まれるなんて思いも寄らなかった。
そして――信じていた友情さえ崩れ去った絶望の中で、僕は「不幸に見舞われる人生を繰り返すしかないのか」と思い詰めていた。
日本じゃこんなに簡単に柵もない屋上に上がれないだろうな、と思いながら、屋上の縁に片足を掛けた、その時だった。
「レン!そっち向きじゃないよ!」
鈴の音のような声がした。
僕はまさか、と思って振り返った。
アリスがいた。
アリスは僕と出逢った時から、全く変わらない姿をしていた。
変わったことと言えば、背が高くなったことぐらいだ。
10才の子供が14才の子供に成長したみたいに。
美しく微笑むアリスの手には、拳銃が握られていた。
「アリス……?」
僕は屋上の縁から地面に降り立つ。
「レン。君はどうやら不幸に愛されてるみたいだね」
あまりにも楽しそうに言うので、僕も釣られて笑ってしまった。
「僕も同じことを考えていたよ。
僕は不幸に見舞われる人生を繰り返すのかって。
絶望していたところだ」
アリスが足元にある黒い袋のファスナーを開けて、蹴る。
すると、ぐったりとしたグレッグが転げ出てきた。
驚きのあまり、僕はアリスとグレッグを交互に見つめた。
その瞬間、アリスは僕に銃口を向けた。
「さあ、レン。両手を上げて」
あの独特の、やさしい声で。
裏切った親友と違い、アリスだけは変わらず僕の前に立っている――そう思うと、胸の奥が熱くなった。
僕は両手を上げた。
「屋上のギリギリまで、そのまま後ずさって」
言われた通りにすると、アリスはにっこりと笑い、告げた。
「君の不幸を全部消してあげる」
「……ああ、分かってる……」
瞳から涙が溢れた。
「じゃあ銃声がしたら、後ろ向きに真っ逆さまに落ちるんだ。
絶対に身体を捻ったりしないで。いい?」
「いいよ」
僕は頷いた。
次の瞬間、アリスが引き金を引いた。
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