【5】忘却の果てに、残ったきみ
そして僕は成人し、遺産を相続すると共に事件の真相を知った。
母も元々、強迫性障害を患っていて、普段は薬を服用することで普通の生活を送れていたそうだ。
母が一家心中を起こした動機は、僕の誕生時に発症した新たな精神病が原因ではないかと考えられている。
僕は本来なら双子だった。母体の中でもう一方の胎児は死亡し、母の子宮に吸収され、僕だけが無事に誕生した。
だが母は、妊娠中に薬の服用を中断していたせいか、その事実を受け入れられなかった。自分の子宮ではなく、僕に吸収されたと思い込み、嫌悪と憎しみの対象として、抱くことすら拒んだのだ。
薬をやめていたことで強迫性障害の症状が極端な潔癖症となり、「自分の体が死んだ胎児を取り込んだ」事実を認められなかったのだろう。
生後間もない僕を床に叩き付けようとし、その後半年間、精神病院に入院した。
しかし治療と薬の再開によって母は安定を取り戻し、僕の世話も喜んでするようになった。周囲も安堵し、弟妹も生まれ、やがて『そのこと』は忘れられていった。
だが、何かのきっかけで別の精神病を患ったのではないかと推測されている。
母は再入院を恐れ、強迫性障害を診ていた主治医や父にも症状を隠し続けた。その結果、精神が破綻したのではないか――警察はそう結論づけた。
母の犯行の手口はこうだ。家族が寝静まると、まずガス探知機を切り、防犯システムを解除した。二階の階段からキッチンまでガソリンをまき、ガス栓を開け、ガスで満たされたキッチンで煙草に火を点けた。
その瞬間、爆発が起きたのだ。
僕は母が喫煙していたことを知らなかった。
弁護士によると、子供達が寝た後によく換気扇の下で煙草を吸っていたらしい。父は母が直接『火』を使うことを心配し、度々弁護士に相談していたという。
「事件性は無いんですか?」
そう問う僕に、弁護士は哀しそうに首を振った。
「君が一人だけ生き残った罪悪感は理解できる。しかし犯行は家の中で行われ、警察も家人でなければ不可能だと結論づけた。君が温室にいたことにお母さんは気付かなかったのだろう。君が家を抜け出した直後、防犯システムが解除されている」
そう丁寧に説明してくれた。
僕は「そんなことを聞きたいんじゃない」と叫ぶ代わりに、弁護士に深い感謝を述べ、全ての手続きを終えるとアメリカの大学へ戻った。
僕の『些細な』疑問は解決した。
父母から愛されず、虐待を受けていた理由。
母にとって僕は、自らの腹で兄弟を喰らった汚らわしい怪物だった。
そして父もまた同じ考えを抱いていた。
ただ父には周囲に隠す知恵があった。
僕は父の腹にはいなかったし、精神的に不安定な母より冷静に振る舞えただけ。
ただ、それだけのことだった。
誰ひとり理解してくれる者はなく、僕は孤独の中で育った。
僕には生き残った罪悪感など微塵も無い。
それよりも考え続けていることが二つある。
あの爆発と火事の翌日、貯水池で子供の赤いスニーカーと赤い自転車が浮いているのが発見されたのだ。
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