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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
36/37

第36話 もう歌しか聞こえない

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 夢想封印。

 それは博麗霊夢の、残忍性の現れである。

 霧雨魔理沙は、そう思っていた。

 複数、放たれる虹色の大型光弾は、逃げる標的をどこまでも追尾する。

 決して逃がさない。

 追いかけ、追い詰め、必ず仕留める。

 殲滅する。

 そんな霊夢の意志が、戦意が、殺戮欲が、虹色に可視化を遂げたもの。

 それが、夢想封印だ。

「逃げてばっかりじゃ……いつかは追い付かれる、か」

 高速飛行中の箒にしがみついたまま、魔理沙は呻いた。

 夢想封印が、後方から追いすがって来る。

 いくつも飛翔する、虹色の大型光弾。

 後方から、ばかりではない。

 左右から迫り来るもの。

 すでに前方へと回り込みつつあるもの。

 様々な方向から、夢想封印は、自分を取り囲んでいる。

 歯を食いしばりながら魔理沙は無理矢理、微笑んで見せた。

「そう……でなきゃなあ、夢想封印ってのはッ!」

 全身から、魔理沙は魔力を解放した。

 魔法の箒の速力を、さらに上昇させる。

 長柄にしがみついた少女の肢体が、激しい魔力の輝きに包まれる。

 その光を後方へと激しく噴射し、箒は推進力を増してゆく。

「彗星……っ! ブレイジングスタアアアアアアアッ!」

 魔法の箒もろとも魔理沙は今、一個の彗星と化していた。

 そして、前方から襲い来る大型光弾にぶつかって行く。

 魔理沙の全身を包む魔力光は、後ろ向きに噴射する推進剤であり、前方を攻撃するための衝角であり、防御のための殻でもある。

 その殻の上から、凄まじい衝撃が伝わって来る。

 臓物を揺るがす振動を、魔理沙は噛み殺した。

 一つ、二つ、大型光弾が粉砕され、虹色の飛沫となって散る。

 まだ多数の大型光弾が、あらゆる方向から、彗星に追いすがって来る。

 左右からも、後方からも。

 ほとんど速度を落とさぬまま、魔理沙は無理矢理に方向転換を実行していた。

 とてつもない制動の中、全身あちこちで細かな血管が破裂するのを魔理沙は感じた。

 鼻血が、血の涙が、溢れ出す。

「おらぁああああああああっ!」

 魔理沙は耐え抜き、急旋回を敢行していた。

 光り輝く箒を、己の身体ごと振り回す格好になった。

 魔法の箒が、魔力光を噴射しながら、魔理沙の周囲を掃き清める。

 虹色の大型光弾を全て、掃いて砕いて吹き飛ばす。

 夢想封印は、砕け散っていた。

 魔理沙を包む殻であり衝角であった魔力光が、箒から溢れ出し、虹色の光の破片を蹴散らしながら、夜空の全域に拡散して行く。

 箒から流星を振り撒くが如き、それは弾幕だった。

 魔理沙の放った、流星雨の如き光弾の嵐を、ことごとく回避しながら。

「弾幕って……素敵よね……」

 博麗霊夢は、空中を舞い踊っている。

 黒髪と、お祓い棒で、弧を描いている。

「どろどろ、して……ぎらぎら、していて……うふふふ全部、直撃を受けてあげたいわ。だけど、そんな事をしたら……この子が死んでしまう」

 弧を描くお祓い棒が、魔理沙を襲う。

 あっという間に、距離を詰められていた。

「そうなってしまったら、まあ私が迎え入れてあげるだけ……だけれども。この子には、もう少し働いてもらうわ」

 純白の紙垂が、白刃の如く一閃して魔理沙の眼前を通過する。

 危うく、かわしていた。

 今の霊夢は、紙垂で人体を切断する事が出来るだろう。

 その紙垂が、別方向から一閃した。

 斬撃を、魔理沙は魔法の箒で打ち払った。

 そうしながら、会話の続行を試みる。

「……ぐうたらな霊夢を、どう働かせる? 何の仕事を、させようって言うんだ?」

「決まっているじゃない……」

 霊夢が微笑む。

 お祓い棒が、様々な角度から振り下ろされて来る。

「貴女みたいに、どろどろギラギラした命を……ね、集めてもらうのよっ」

 霊夢の顔面、霊夢の表情筋。

 だが、霊夢の笑顔ではない。

 そんな事を思いつつ、魔理沙はかわした。

 間断なく襲い来る、お祓い棒の猛撃を。

 かわせぬものは、魔法の箒で受け防いだ。

 凄まじい衝撃が、長柄から両手に流れ込んで来る。

 魔理沙は耐え、握り締めた。

「幻想郷の、弾幕使い……」

 歯を食いしばり、呻く。

「片っ端から、命を狩って……西行妖に、集めようってのか……」

「そして私は、満開になる……」

 ひときわ激烈な、お祓い棒の一撃。

 辛うじて魔理沙は、箒で受けた。

 箒もろとも、後方へと吹っ飛ばされた。

 すぐさま魔理沙は、空中で踏みとどまった。

 霊夢との間に、いくらか間合いが開いた。

 その間合いを詰めようとはせず、霊夢は片手をかざした。

 掌から生じた光が、膨張しながら巨大な球形を成す。

 光で出来た、大型の陰陽玉。

 それが、魔理沙に向かって放たれる……前に、叩き斬られた。

 大きな果実を、鮮やかに両断する手並みで。

 十六夜咲夜が、大振りのナイフを横合いから一閃させていた。

「霊夢が、おかしくなるのは……これで何度目かしら?」

「何度目だろうと、私がぶちのめして正気に戻す。それだけだぜ!」

「気負うのは結構。それはそれとして加勢するわよ、魔理沙」

 いつの間にか霊夢は、無数のナイフに取り囲まれていた。

「貴女を、死なせるわけにはいかない」

「……すまん、咲夜」

「幻想郷のためよ」

 それらナイフが全て、霊夢に突き刺さった。

 博麗の巫女の、全身を穿ち、切り裂いていた。

 ズタズタに裂けた呪符が無数、舞い散った。

 呪符で組成された、形代。

 本物の霊夢は、すでに魔理沙の背後にいる。

「ぎらぎらとした……素敵な命が、もうひとつ……」

 お祓い棒の、横薙ぎの一撃。

 魔理沙と咲夜、両名の頭蓋を横殴りに打ち砕かんとする。

 反応したのは、咲夜だった。

 後ろから魔理沙に覆い被さり、もろともに伏せる。

 咲夜の後頭部をかすめる形に、お祓い棒が空振り通過をする。

 ほぼ同時に。

 咲夜の左足が、後ろ向きに跳ね上がっていた。

 鋭利な美脚が、斬撃の如く一閃する。

 その蹴りを、霊夢はふわりと回避する。

「……貴女も、貰うわ」

 舞うような、遊ぶような、軽やかな回避飛翔。

 それが、大量の呪符をばら撒いていた。

 ばら撒かれた弾幕が、魔理沙と咲夜を襲う。

 襲い来る無数の呪符が、しかし次の瞬間、全て消え失せた。

 カメラのシャッター音に、合わせてだ。

「あややややや……なるほど、なるほど。こんな事に、なるんですねえ」

 射命丸文が、空中に佇んでいる。

 弾幕を切り取ったカメラを、霊夢に向けている。

「ねえ霊夢さん。貴女がね、割としょっちゅうトチ狂っていらっしゃると。そういうお話は聞いていたんですよ私。この度ようやく、その場に居合わせる事が出来ました」

「博麗の巫女、正気を失う……なんて記事にしようと思ってるなら、まあやめとけ。後で霊夢に〆られるぜ」

 魔理沙は言った。

「それとも……今ここで、霊夢を〆るか? なら手伝うぜ」

「……幽香さんを、上手いこと連れて来るべきでした」

 そんな事を言いつつも文は逃げようとせず、魔理沙・咲夜と共闘する態勢を作っている。

「今の霊夢さんは……巫女さんらしく、と申せましょうか。どこかの悪い神様に操られていらっしゃると、そのような解釈で、よろしいですか?」

「……まあ、悪い神様みたいなもんかな」

 言いつつ魔理沙は、魔法の箒にしがみつき、飛翔し、その場を離脱した。

 文は、別方向へと飛んで行く。

 咲夜が、空中の見えざる足場を蹴って跳躍する。

 それまで三人がいた空間に、巨大な陰陽玉が出現していた。

 爆発した。

 爆風が、光の破片が、離脱した三人を執拗に襲う。

 かわす魔理沙に、避ける文に。

 光の破片をことごとくナイフで打ち払う、咲夜に。

 霊夢は、微笑みかけていた。

「逃がさないわよ。貴女たち、みんな……私のもの……」

 言葉が、そこで止まった。

 歌が、聞こえてきた。

 勇壮な、戦いの歌。

 一人の考え無しな弾幕使いが、強大な敵に挑んで敗れ、立ち上がり、仲間たちの助けを借りて再び挑んでゆく。

 そんな歌詞だった。

 魔理沙は訊いた。

「……そいつは……私か? もしかして」

「あんたを見てたら、ね……思いついたんだよ」

 ミスティア・ローレライが、いつの間にか空中にいた。

「さっきも言ったけどね。歌ってのは、義務感でやるもんじゃあない。鈴仙隊長、それに霧雨魔理沙……あんたたちを見ていたらね、歌わずにはいられなくなっちゃったよ」

 月を背景に翼を広げ、片手を胸に当てながら。

 ミスティアは歌った。

 無謀な弾幕使いの、無謀な戦いぶりが、高らかに物語られる。

 澄みきった歌声によって。

 弦楽の、吹奏の、鍵盤の、音色によって。

「お前ら……」

「聞こえたわよ、霧雨魔理沙。貴女の音楽……」

 ルナサ・プリズムリバーが、続いてメルラン・プリズムリバーが、言った。

「受け取ったよ、ミスティア・ローレライ。あんたの音楽も、あたしたちが確かにね!」

「貴女たちが……」

 ミスティアが呆然と、声を震わせる。

「プリズムリバー楽団が……私の歌なんかに……」

「貴女の歌だからよ、ミスティア」

 リリカ・プリズムリバーが、言った。

「私たちが伴奏するのに、ふさわしい……なんて偉そうな事、とても言えない。ルナ姉もメル姉も私もね、貴女の歌と一緒に演奏をしたいの。貴女が魔理沙の戦いを見て、歌わずにいられなくなったように」

「そういう事! ミスティア、あんたが嫌だって言ってもね、あたしら勝手に合わせるからね!」

 メルランのトランペットが、高らかに鳴り響いた。



 微かに、だが確かに。

 トランペットの音が、聞こえた。

 ここ冥界から遠く離れた、どこかで鳴り響いている。

 ここまで高い音がトランペットで出るのか、と思えるほどにだ。

 幻聴、ではない。それが証拠に。

「…………らん……さま……?」

 八雲藍の腕の中で、橙が意識を取り戻していた。

 生命を吸収する蝶々の群れが、今は一時期にせよ消え失せている。

 ならば妖怪の再生能力で最低限、生命維持が行われるところまでは回復する。

 そこへ、目覚めるに足るほどの何かがあれば目を覚ます。

「目覚めたな、橙」

 一度、藍は抱き締めた。

「今頃は私とお前、一緒に永劫の眠りに就いている……はずであったのだがな。思い通りに事が運ばない、それが幻想郷だ」

 すがり付く橙を、半ば無理矢理、抱擁から解放する。

 共に並んで空中に佇み、見上げる。

 冥界の風景そのものを成す、桜の巨木……西行妖。

 それと重なり並び立つ、おぞましくも優美なるものを。

 巨大な、人影。

 西行妖の影、のようでもあるそれは、しかし樹木のシルエットではなく、凹凸の美しい女体の曲線である。

 それは今にも、藍と橙を両掌で包み込み、吸い込んでしまいそうに見える。

 先程までは、ここに博麗霊夢がいた。

 八雲紫を一蹴し、愚かしくも西行妖に戦いを挑んで敗れ、操られて尖兵と化し、幻想郷に送り込まれた。

「結果が、これか……」

 桜の巨木から滲み出て巨大さと優美さを誇示し続ける人影を、藍は見据えた。

 巨大さと優美さが、揺らいでいる。

 トランペットの音色に合わせ、波紋が生じているかのようであった。

 その波紋が、巨大な人影を揺るがしている。

 トランペット、だけではなかった。

 弦楽器の音色、鍵盤の音色。

 そして、歌。

 冥界から、遠く離れたどこか……恐らくは幻想郷。

 そこで、演奏が行われている。

 歌と伴奏。

「藍様……これ……」

「…………プリズムリバー楽団……だと……」

 かつて、この冥界で行われた同楽団の演奏。

 それは冥界の空気と同化し、今もなお微かに流れ続けている。

 幻聴の如きそれを今、あの三姉妹は、上書きせんとしているのか。

 いや、三姉妹だけではない。

 彼女らに合わせ、歌っている者がいる。

 違う。合わせているのは、三姉妹の方だ。

「誰だ? プリズムリバー三姉妹に伴奏をさせる歌い手とは……いや、誰であろうと」

 認めねばならない、と藍は思った。

「……やった、のか……やり遂げたのだな、霧雨魔理沙……」

 音楽を聴かせる事で、西行妖に力を取り戻させる。

 馬鹿げている、だがこの巨大な人影を力で粉砕するよりは遥かに現実的な、その策を。

 霧雨魔理沙は今、実行したのだ。

 プリズムリバー楽団の伴奏に呑み込まれてしまう事なく主張を確立し、愛らしくも力強く、遥か幻想郷より響き渡る歌。

 それが今、西行妖に働きかけている。

 悪しきものを封じる西行妖の力が、甦りつつある。

 桜の根元に埋められた屍から、滲み出て膨張した悪しきもの。

 それが、この巨大にして優美なる人影だ。

 巨大さが、優美さが、揺らいでいる。

 揺らぎながら、薄れてゆく。

 西行妖に、吸い込まれつつある。

 否。

 このまま吸収・封印されてしまうような、容易い相手ではない。

 揺らぎ、薄れた人影が、優美なる形と濃厚さを取り戻す。

 かと思えば揺らぎ、薄れてゆく。またしても取り戻す。

 それが、繰り返されていた。

 禍々しい、明滅であった。

 西行妖による封印を、人影は懸命に拒んでいる。

 封印に、抗っている。

「……力を貸すぞ、西行妖」

 藍は、語りかけた。

「魔理沙によって甦りつつある、今の貴公ならば。私が協力すれば……こやつを、封じる事が出来る」

 こやつ、と呼ばれたものが、揺らぎ明滅しながら、声を発した。

 無論、肉声ではない。

 聴く者の心に、魂に、直接、爪を立ててくる言葉。

 藍は、聴いた。爪を立てられるまま、受け止めた。

「…………そう、か。それが、お前の……どろどろしたもの、ぎらぎらしたもの、なのだな。富士見の娘よ……」

 藍の心に、爪を立ててしがみつく言葉。

 それは、どうやら人名であった。


 ……………………妖…………忌…………

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