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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
37/37

第37話 花の異変

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

(…………私……また、やらかしてる……)

 意識を、自我を、博麗霊夢は取り戻した。

 最初の思考が、それであった。

(やめて……やめてよ、みんな……私を、助けようとしないで……)

 複数の弾幕使いが、自分の周囲にいる。

 全員、敵だ。

 そうでなければ、ならない。

 自分は今、冥界にいるはずであった。

 ここは、しかしどうやら幻想郷だ。

 冥界で一体、何が起こり、幻想郷へ戻る事となったのか。

 経緯は不明である。

 明らかなのは、ただひとつ。

 今が、弾幕戦の最中であるという事だ。

 ならば。自分以外の弾幕使いは、全て敵だ。

 殲滅対象だ。

 殲滅しなければ、こちらが殺される。

 そうでなければ、ならない。それが弾幕戦だ。

 で、あると言うのに。

「しっかりなさい霊夢。貴女がおかしくなるのは、まあ、いつもの事だけど……誰かの道具に成り下がっては駄目。それは貴女ではないわ」

「そうですよ霊夢さん! トチ狂っているのは貴女であって、他の誰かではないんです。貴女が頭おかしくなるのは、もうしょうがないにしてもですね。せめて霊夢さんでいましょう、他の誰かになっては駄目です」

 十六夜咲夜も射命丸文も、霊夢を殺そうとせず、ある意味においては殺害よりも攻撃的な言葉を投げ付けてくる。

 霊夢を、侮辱している。

(こいつらぁ…………ッ!)

「おう、怒ったな霊夢。いいぜ、もっとブチ切れろ」

 咲夜に文など問題にならぬほど、霊夢の神経を逆撫でする少女が、そこにいた。

「何でもいい。お前が今、一番ムカついてるもんに対して怒ってみろ。さあ怒れ、キレ散らかせ!」

「私が……一番、今ムカついてるもの……?」

 その少女の胸ぐらを、霊夢は掴んでいた。

「そんなの……あんたに決まってんでしょうが魔理沙ぁああああああ!」

「はっはははは、それでいい。やっと、お前の言葉が聞けたぜ」

 霧雨魔理沙が、ニヤリと笑った。

「久しぶりだな、霊夢。元気そうで何よりだぜ」

「この様よ…………」

 魔理沙ではない、と霊夢は思う。

 自分が今、最も憤っているのは、魔理沙に対して、ではないのだ。

「…………私……何やってんのよ……」

 勇んで敵に挑み、あっさりと敗れ、取り込まれ、幻想郷を攻撃する側の尖兵と化す。

 そんな、無様さを極めたる博麗の巫女に対してだ。

「西行妖」

 霊夢に胸ぐらを掴まれたまま、魔理沙は言った。

「より正確には、その根本に埋まってる奴だ。今回の異変の原因はな」

「そいつを倒せば、異変は消える……私、そう思ってた。だから弾幕戦で、そいつをブチ砕こうと……」

 霊夢は、魔理沙を揺さぶっていた。

「今まで! それで、上手くいってたじゃない!」

「……そうだな。紅魔館の姉妹は、お前がぶちのめした。西行寺幽々子も、八雲紫もだ。月での戦いは……逆に、お前が私たちにぶちのめされる格好になったのか?」

 魔理沙が、微笑む。

「いや結局、ぶちのめせなかったわけだが」

「その後で……西行妖が、出て来た……」

 宇宙空間に花吹雪を散らす、桜の巨木。

 あの禍々しい威容は、幻想郷からも視認する事が出来たという。

「あれは、この世に……幻想郷に、あっちゃいけない。無くさなきゃ、いけない。今回の異変は、そのための戦い……そう私、思ってた……」

「間違っちゃいないぜ霊夢。アレは本当に、何とかしなきゃならないもんで」

 魔理沙が、まっすぐに眼差しを向けてくる。

「お前も私も、何とかしようとしてる最中と。なかなか上手くいかない最中と、そういうわけだ」

 その瞳に映るものを、霊夢は見つめた。

 弱々しく涙ぐむ、非力な少女。

 博麗の巫女などと大層な肩書きを掲げながら、あっさりと敵に敗れ、幻想郷を攻撃する側へと回ってしまった、無様な小娘の泣き顔だ。

 霊夢は、目を背けた。

 魔理沙が、それをさせてくれなかった。

 容赦ないほど、まっすぐに、霊夢を見つめてくる。

 瞳に映る無様な小娘を、見せつけてくる。

「助けてくれ、霊夢」

 無様な小娘に、魔理沙は助けを求めた。

「お前の力が必要だ。何故なら異変だからだ。霊夢がいなくて、どうするんだよ」

「私…………」

 一度、霊夢は歯を食いしばった。

 迸りかけた言葉を、ひとまず口の中に閉じ込めた。

 ひどく子供じみた、罵詈雑言に等しいものを、魔理沙に浴びせてしまいそうだったからだ。

「…………私の、弾幕……あいつには全然、効かなかった……」

 言葉を、少しずつ解放する。

「片っ端から! 吸収しやがるのよ、あいつ……私の弾幕を……」

「私もだ。弾幕がな、ことごとく喰われちまう」

 魔理沙は笑った。

「私らの弾幕……あいつにとっちゃ、栄養分でしかないみたいだぜ。参るよなあ」

「そんな奴、相手に! 何が出来るってのよ私が!」

 魔理沙への罵声になってしまわぬよう、霊夢は気を付けた。

「弾幕の通用しない敵がいる私! 弾幕で勝てない私! それって何!? 何なのよ、ねえ魔理沙! 教えてよ、教えなさいよぉおおおおおおおおおッ!」

「霊夢……」

「私が一体、何者なのか。知ってるわよね魔理沙!?」

 この宇宙に突然、現れた、弾幕戦の精髄。

 それが、博麗の巫女という輪郭に収まっているもの。

 弾幕の通用しない敵が現れた瞬間、存在する意味を失うもの。

 失われつつある存在が、魔理沙の瞳の中で泣き喚いている。

「いや本当……私って、何者なのかな……」

 無理矢理に、霊夢は笑おうとした。

 泣き顔が、おかしな歪み方をしただけだった。

 歪んだ顔に、魔理沙が片手を触れてくる。

 鋭利なほどに固い指先が、霊夢の頬をなぞる。

「……気付いてるか? 霊夢」

 度重なる魔法の実験で、負傷と治癒を繰り返し、すっかり固くなってしまった五指。

「お前、今……透明に、なりかけていたぞ。この頬っぺの線がな、薄れそうになった」

 その指が、霊夢の頬を摘んだ。いくらか強めにだ。

 痛みを感じながら霊夢は、呆然と呟いた。

「私……今、消えそうに……なっていた……?」

「紫が、たまに使うよな。輪郭が弱くなってるって表現。多分それだ」

 魔理沙は、霊夢の消えかけた頬を軽く叩いた。

「……しっかりしろ、霊夢。自分を強く持て」

「駄目…………」

「聞け。私の弾幕だってな、あいつには全く通用しなかった。だから、こうやって……プリズムリバー楽団に助けを求める事と相成ったわけだが」

「……凄いと思うわ、魔理沙は」

 思うところを正直に、霊夢は述べた。

「弾幕が、効かなかったら効かないで……すぐに、別のやり方を考えられる。実行に移せる。私なんて……弾幕が駄目だったら、もう全然駄目……何も出来ない……」

「なあ霊夢。私が平気だとでも、思ってるのか?」

 魔理沙は言った。

「自分の弾幕が全然、通用しない。だから別の手段に移行する。私が……平気で、そんな事してると思うのか? 言っておくぞ、私だって全然駄目だ」

「魔理沙……」

「私だって弾幕使いなんだぜ、霊夢。自分の弾幕が効かない、通用しない。そいつはもう、自分の存在を否定されたに等しいんだよ。自分の土台ってものが崩れ落ちた。はいそうですか、それならば、って感じで、あっさり別のやり方に走ったように見えるだろうが……平気だと、思うか?」

「…………そんなわけ、ない?」

「お前が取り乱しておかしくなるのは正直わかる。だけどなあ霊夢」

 魔理沙の言葉が、止まった。

「…………駄目だな、私。辛いのはお前だけじゃない、なんて無意味な正論が出ちまうところだった」

「言えばいいじゃない、正論……」

「お前がなあ。正論で立ち直ってくれるような、ちょろい奴だったら苦労ないんだよなあ」

「悪かったわね……」

「ああ悪い。お前は悪い奴だぜ、霊夢」

 魔理沙が、じっと見つめてくる。

 澄んだ瞳。

 少し怖くなってくるほど、真摯な眼差し。

「成敗、しないとな……お仕置きだ」

 世迷い言を紡ぎ出す唇が、霊夢の唇に重なって来た。

 とっさに霊夢は、魔理沙の後頭部を掴んだ。

 唇を引き剥がし、距離を開く。

 そして霊夢は、頭突きを叩き込んだ。

「…………ねえ魔理沙、ふざけてる?」

「ふ、ふざけちゃいないぜ」

 鼻血を噴射しながら、魔理沙は笑う。

「ごめん嘘。ちょっとだけ、ふざけた」

「全身全霊で、ふざけたわよね」

「ふざけた事態だからな」

 魔理沙は言う。

 シャッター音が聞こえた。

 立て続けに、幾度も幾度も。

「はい、いただきました。ごちそう様です」

 射命丸文が、ニヤリと笑う。

「やっぱりね。貴女がたの彼氏が務まる男なんて、いないと思うんです。だから、ね? お二人で結婚しちゃいましょう霊夢さん魔理沙さん」

「そうね。何だかんだで、それが一番、面倒にならない気がするわ」

 十六夜咲夜が、負けず劣らずの世迷い言を吐く。

 霊夢の頭に、血が昇った。

「あんたたち! ねえ……!」

 激昂する霊夢を、宥めるように。あるいは逆に、煽るが如く。

 プリズムリバー三姉妹が、楽曲を奏でていた。

 ミスティアが、合わせて歌う。

 胸焼けを起こしそうな、恋の歌だった。

 胸焼け以上に霊夢は、頭痛を覚えた。

「どいつもこいつも……ッ!」

「いいぜ霊夢、透明じゃなくなった。輪郭も……な。ほら、ちゃんとしてる」

 魔理沙が馴れ馴れしく、霊夢の頬に触れてくる。

「弾幕じゃないものだって、あるんだよ。お前には」

「あんたにも、ね」

 頬を摘む魔理沙の手を、霊夢は振り払った。

「……何かもう、どうだっていいわ。疲れた」

「そうか? やる気満々に見えるぜ、霊夢」

「とにかく今。あれが、幻想郷に出て来るかも知れないと。そういう事よね?」

「そうだぜ。あれが、な」

 先の異変で、霊夢も魔理沙も目の当たりにしたもの。

 宇宙空間に咲き誇り、天の河の如き花吹雪を漂わせる、桜の巨木。

 全宇宙に、安らかな死を行き渡らせるもの。

 それが今またしても、咲き乱れつつある。

 鼻血を拭い、魔理沙は言った。

「花の異変だ。解決するぞ霊夢、お前と私で」



 色とりどり。

 無数の蝶々が、ひらひらと舞っている。

 舞い踊る、彩りと煌めき。

 その中心に、何かが在る。

 何者かが、存在している。

 姿形の判然としないそれが、蝶の群れを従えているのだ。

 八雲藍は、目を凝らした。

 キラキラと舞い散る鱗粉が、視界を霞ませる。

 それの姿が、よく見えない。

 とてつもなく美しいもの、にも見える。

 醜く穢らわしく腐敗している、ようにも見える。

 見えずとも。何であるのかは、わかる。

 屍だ。

 桜の木の下には、死体が埋まっている。

 そんな言われ方をする事が、あるらしい。

 それは紛れもなく、死体であった。屍であった。

 蝶々の群れを周囲に従えた、屍。

 この、あまりにも広大なる空間に、その屍は主として君臨していた。

 藍は、見渡した。

 そもそも、いかなる空間であるのか。

 空中であるのか、地上であるのかも、判然としない。

 様々な花が、あちこちで咲き乱れている。眼下で、左右で、上空で。

 つい先頃までの、幻想郷のようにだ。

 絶叫を、藍は聞いた。

 花々が、叫んでいる。そう思えた。

 それは苦痛の悲鳴であり、憤怒の咆哮であり、狂笑でもあった。

 花、ではない。

 色鮮やかな花弁を開き、咲き誇る花々……に見えたそれらは、歪んだ人面の群れであった。

 それらが泣き叫び、怒り狂い、高笑いをしている。

「……外の世界の幽霊ども、か」

 藍は、呟いた。

 今、外の世界から際限なく流れ込んでいる、死せる者たちの大群。

 泣き叫び、怒り狂い、高笑いをしながら、引き寄せられて行く。

 この空間の主たる、屍にだ。

 無数の蝶々を従え、鱗粉の霞で正体を隠したまま。

 屍は、幽霊たちを引き寄せ、吸引・吸収していた。

 歪んだ人面の群れは、いくら吸収されても減った様子を見せず、空間内あちこちに出現し続ける。まるで開花するかの如く。

 そして泣き叫び怒り狂い、悲憤と苦痛と憎悪を露わにしながら、空間中央の屍に吸収されてゆく。

 この屍の力となるものが今、外の世界から、無限に供給され続けているのだ。

「スカーレット姉妹に虐殺された者たち、だけではない……外の世界では今、我々が存在を把握していない弾幕使いが、まだいくらでもいて殺戮に励んでいる」

 藍は、溜め息をついた。

「……致し方あるまい。弾幕使いにとって、弾幕を使えぬ者たちなど、殺戮の対象としかなり得ないのだからな」

「藍様、ここ……って……」

 橙が、言った。

「……西行妖の、中?」

「そうだ。ついて来てしまったのだな、橙」

「橙は、藍様と一緒。藍様のやる事、橙もやる」

 言いつつ橙は、蝶々の群れの中心にいるものに向かって、じっと目を凝らした。

「あれを……藍様と二人で、やっつけるね」

「残念ながら、あれを滅ぼす事は出来ない。あれは未来永劫、この西行妖の中に封じておかなければならないものだ」

 歌が、聞こえた。

 甘い、恋の歌。

 プリズムリバー楽団の奏でる音曲を伴奏として、幻想郷から冥界に流れ響き、ここ西行妖の内部にまで届いて来る。

 歌に合わせて力を取り戻しつつある西行妖が、屍を、再び封印せんとする。

 屍が、それに抗い続ける。

 無限に流れ込む幽霊を吸収し、封印を跳ね除け破壊するための力に変えているのだ。

「何もかもを、吸収してしまう者……気に入らぬ」

 藍は、呻いた。

「そのような者が、いたような気がする。気に入らん……まあ、そんな事は良い。力を貸すぞ、西行妖」

 美しい両手指で、印を結ぶ。

「私と橙、両者を構成する妖力の全てを注ぎ込み……富士見の娘よ、お前を西行妖に封印する。橙、良いのだな?」

「何度だって言うね。橙は、藍様と一緒」

 橙の可憐な両手が若干たどたどしく、同じ印を結んだ。

「……紫様とも。いっぱい思い出、作ったよ。橙は、とっても幸せ。もう充分ね」

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