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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
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第35話 滅びの使者

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 地上に住まう者たちは、月という天体に、特別な意味を見出しがちであるようだ。

 確かに、と霧雨魔理沙は思う。

 月は、太陽と比べて遥かに美しい。

 こうして地上から見上げる月は、美しさを愛でる対象でしかない。

 つい先頃の異変を経験するまでは、魔理沙にとっても、そうであった。

 魔理沙にとって月とは今や、侵略者の住まう天体であった。

 月の帝たる嫦娥にも、その娘である綿月姉妹にも、幻想郷に危害を加える意図は無い。

 現時点においては、だ。

 それは魔理沙も、理解している。

 だが、やはり思い出してしまうのだ。

 月より降り来た、土偶の群れ……フェムトファイバー装甲に身を包んだ、月人の軍勢。

 それに、死の天使たち。

 何かひとつ間違っていれば今、幻想郷は存在していない。

 そんな危機を、魔理沙の知る限り、幻想郷最大の戦力で乗り越えた。

 宇宙空間にまで出向き、月の防衛宙域で激戦を繰り広げた。

 月の美しさを、愛でている余裕など無かったのだ。

 満月にはいくらか足りぬ月を見上げ、魔理沙は思い返していた。

 あの戦い。

 最後の最後に出現し、幻想郷側の攻め手たちを死滅寸前にまで追い込んだのは、しかし月側の戦力ではなかった。

「あの桜……幻想郷でも、見えたわよ」

 リグル・ナイトバグが言った。

「だけど、本当にやばいのは桜じゃなくて……」

「……そう。桜の下に埋まってる、死体だ」

 ミスティア・ローレライの経営する屋台。

 そこを魔理沙は今、カナ・アナベラルを伴い、訪れていた。

 客として、ではない。

 店主ミスティアに、不躾で非常識な頼み事をするためにだ。

「外の世界の幽霊どもが大量にな、その桜に流れ込んで、養分になっちまってる。埋められた死体が、その養分を横取りして……生き返ろうとしているんだ」

 魔理沙の言葉を、ミスティアが引き継いだ。

「だから、桜に頑張ってもらわなきゃいけない。死体を、しっかり埋めといてもらわなきゃいけない……そのために私の歌が必要、と。そういうお話で、いいのかな?」

「馬鹿げた話なのは、わかってる」

「本当だよ魔理沙、馬鹿げてる」

 ミスティアは言った。

「馬鹿げてるけど……あの桜は、私も見た。馬鹿でかい、満開に近い桜の木。あんなものが幻想郷で見えてる間、魔理沙もカナさんも、それに鈴仙隊長も、月の近くで戦っていたんだね。で、死にそうになってた」

「一体……何なのよ、あの西行妖っていうのは」

 屋台の従業員である鈴仙・優曇華院・イナバが、声を潜める。

 恐ろしい相手に、聞かれまいとするかのように。

「とてつもない穢れが、宇宙に咲き乱れていた。その中で、みんな……安らかに、死にかけていた」

 穢れ。

 それを、この勇猛果敢なる玉兎の兵士は恐れている。

「このまま死んでしまうのも、悪くはない。生き続けるより、ずっとまし……本気で私、そう思っていたわ」

「私もだ。死に方としては多分、一番幸せなやつだと思うぜ」

 宇宙空間に咲き乱れる桜。

 星雲の如き、花吹雪。

 その中で、魔理沙も鈴仙も、アリス・マーガトロイドも八雲紫も紅魔館の主従も、穏やかに安らかに意識を失っていったものだ。

 博麗霊夢と魂魄妖夢がいなかったら、そのまま生命を失っていたところであった。

「このままだと、あれが幻想郷で起こる」

 魔理沙は告げた。

「あれを引き起こすのは、西行妖じゃあない。その根元に埋められた死体だ。死体には……永遠に、埋まって眠っててもらわなきゃならん」

「その死体って……」

 鈴仙は、名を口にした。

「…………西行寺、幽々子?」

「本当の名前は知らん。西行寺幽々子ってのは、そいつの上澄みみたいなもんでな……どろどろした沈殿物が、死体の方に残っちまってる。西行妖は、そいつを封じ込んでくれているんだが」

「そろそろ限界、って事だね」

 屋台の客・因幡てゐが言った。

「おぞましい沈殿物が、桜の下から甦って来る……と」

「そうさせないために、西行妖には力を取り戻してもらう」

 言いつつ魔理沙は、ミスティアをじっと見つめた。

 睨むような眼差しに、なってしまったかも知れない。

「お前の歌には……それが出来る、と私は思ってるぜ。ミスティア・ローレライ」

「話は、わかったよ」

 ミスティアは即答した。

「断る」

「だろうな。安請け合いする奴に、任せられる事じゃあない」

「幻想郷が危険だっていうのは、よくわかった。みんなを助けるために頑張ろう……で、やれるもんじゃないんだよ歌っていうのは。義務感じゃ駄目なんだ。わかってもらえないかも知れないけど」

「いや、わかるぜ。義務感で歌ったものが、西行妖に響くわけないもんな」

 魔理沙は、目を逸らさなかった。

「それでも頼む、歌ってくれ……プリズムリバー楽団の、伴奏で」

「ねえ魔理沙、見てわかんない? 私はね、もう屋台を始めちゃったんだよ?」

 ミスティアは、睨み付けてきた。

「酔っ払った客に、酒のおまけで聞かせるんならともかく! プリズムリバーに伴奏させるなんて出来るワケないだろうがッ!」

「二足の草鞋を履き潰してみようって気には、なれないか? なあミスティア」

 魔理沙は、微笑みかけてみた。

「お前なら、それが出来ると思うぜ」

「ふざけた事……!」

「ごめん、ちょっと中断」

 魔理沙は、月を見上げた。

「……全員、今すぐ逃げろ。逃げた先でミスティア、よく考えてみてくれ」

「な…………」

 リグルが、息を呑んだ。

「…………何、あれ……」

 満月には、いくらか足りぬ月を背景に。

 その人影は、夜空に佇んでいた。

 圧倒的な月の光量の中、その姿は黒い影でしかない。

 色彩など、わからない。

 だが魔理沙は、見て取る事が出来た。

 揺らめく黒髪。

 細身を包む、紅白の衣装。

 うねり泳ぐ、純白の紙垂。

 リグルと同じく、ミスティアも青ざめていた。

「ちょっと……あれ、って……」

「恒例行事だ」

 魔理沙は微笑み、そして月を背負う少女に声を投げた。

「よう! 今回も来たな」

「…………どろどろ、している……ぎらぎら、している……」

 圧倒的、威圧的な月明かりを背後から浴びながら、その少女は呟いている。

 愉しげに。それでいて、呪詛のように。

「それなのに、こんなに綺麗……綺麗で汚い、汚くて……綺麗……」

 黒い人影の中。

 両眼だけが、何とも形容し難い色に輝いていた。

「渦巻いて、澱んでいるのに……澄んでいる……」

 そんな眼差しが、地上に注がれる。

 魔理沙たちに、じっと向けられる。

「濁っている、燃えている、輝いている……」

「綺麗で汚くて、澱んでいて澄んでいて、濁っていて、燃えていて、輝いている。らしいぜ? 私たち」

 魔理沙は、笑ってみた。

 笑っているのは、魔理沙だけだった。

 いや。

 月を背負う少女も、声を弾ませているのか。

「凄いわ……こんなの、初めて……」

「洗脳……」

 呆然と呟いたのは、鈴仙である。

「……され過ぎでしょ……ちょっと貴女……」

「巫女ってのは本来、そういうもんなのかもな」

 魔法の箒を、魔理沙はくるりと回転させた。

「自分を空っぽにして、神様を迎え入れるのが仕事……今回は珍しく上手くいってる、ように見えるが」

 そして、名を呼んだ。

「そいつは多分……神様じゃあないぜ、霊夢」

「ちょうだい……私に、全部……ちょうだい……」

 それは、博麗霊夢の可憐な唇から紡ぎ出された、博麗霊夢の声であり、だがしかし博麗霊夢の言葉ではなかった。



 ほんの一時期。

 博麗霊夢は、永遠亭の戦力であった。

「今ここに」

 因幡てゐは、軽口を叩いてみた。

「かつての鈴仙軍団が、勢揃いしちゃったワケなんだけど、隊長としての振る舞い、期待していいのかな?」

「ふざけてないで逃げなさい」

 などと言いつつ鈴仙・優曇華院・イナバは、自身は逃げようとしない。

 てゐを、リグルとミスティアを、守ろうとしているのか。

「あの、鈴仙隊長……」

 リグル・ナイトバグが、恐る恐る言った。

「洗脳の、上書きとか……出来たりしない? 貴女の能力で」

「出来るわけないでしょう……」

 絶望そのものの、口調だった。

「ねえリグル、ミスティア……私の洗脳なんてね、貴女たちにだって効かなかったのよ」

「効いてたよ、最初のうちはね」

 慰めにならぬ事を、ミスティアは言った。

「に、しても……こいつは確かに、逃げるべきかな」

 全員の視界内で、弾幕戦が繰り広げられていた。

 満月にやや足りぬ月を背景として、対峙し、飛び交い、光をぶつけ合う二人の少女。

「またしても、はた迷惑な事を! やらかし始めたなあ霊夢!」

 一人は、霧雨魔理沙である。

 魔法の箒に跨がって、縦横無尽の高速飛翔を披露しつつ、光の矢を速射し続けている。

「誰にも迷惑かけない生き方をしてみろ、と私は言った。三日も保たない、酒を賭けてもいい、とも言った! 随分と保ったじゃないか、今度! 酒おごってやるぜぇええっ!」

 でたらめな乱射、に見えて狙いは正確だ。

 正確に容赦なく降り注ぐ、スターダストミサイルの雨を、もう一人の少女は優雅にかわしてゆく。

 空中を舞い踊るような、回避飛行。

 それに合わせて、お祓い棒が弧を描く。

 純白の紙垂が、斬撃の如く一閃し、襲い来るスターダストミサイルを薙ぎ砕いてゆく。

 光の破片をキラキラと飛散させながら、少女は笑う。

「貴女いいわね。特に、ぎらぎらして……どろどろ、していて。とっても素敵よ、うふふふふふふふ」

 博麗霊夢。

 それは、間違いない。

 だが、とてゐは感じた。

 博麗霊夢ではない何者かが、確かにいる。

 魔理沙はそれを、とうの昔に感じ取っていたようだ。

「お前に話してるわけじゃ、ないんだがなあ。まあいいや、ついでに聞け」

「貴女の命、貴女の魂……私は、それで咲き誇る事が出来る」

 蝶々の群れが、霊夢の周囲に生じていた。

「私、やっと……満開に、なれるのよ……」

「聞け。お前は霊夢じゃない、そして西行妖でもない。お前は咲かない、咲き誇らない、満開になんて絶対ならない」

 魔理沙の周囲に、いくつもの水晶球が出現した。

 そして一斉に、レーザー光を射出する。

「お前はな、西行妖の根元に埋まった単なる死体だ。沈殿物だ。そいつがなあ、外の世界の幽霊どもをたらふく喰らって今、蘇ろうとしている。蘇るなよ、大人しく寝てろ」

 魔理沙に群がり襲いかかる蝶の群れが、レーザーに切り刻まれてゆく。

 鱗粉まみれの破片が無数、キラキラと舞い散りながら、その煌めきを強めてゆく。

 虹色に煌めく光弾へと、変わってゆく。

 輝きを強めながら、膨張・巨大化を遂げる。

 魔理沙が、息を呑んだ。

「……夢想封印か」

 そう呼ばれた、虹色の大型光弾たちが、一斉に飛翔して魔理沙を襲った。

 魔法の箒が、容赦の無い回避飛行を開始する。

 ほとんど速度を落とさぬままの小刻みな制動に耐え、歯を食いしばりながらも魔理沙は、執拗に追尾して来る夢想封印を、辛うじてかわした。

 かわされた大型光弾が、ひとつ地上に向かって来た。

 屋台を引いて逃げるミスティアを、このままでは直撃する。

 屋台を捨てて空へと飛び立てば、ミスティアは助かる、かも知れない。

 それが果たして彼女に出来るか、と思われた、その時。

 ミスティアではなく鈴仙が、空へと舞い上がっていた。

 襲い来る虹色の大型光弾へと、ぶつかって行く。

 そのように見える。

「イビルアンジュレーション……!」

 鈴仙の呟きに合わせ、空間が歪んだ。

 空間の歪み、そのものが防壁となって鈴仙を包み込む。

 そこへ、虹色の大型光弾が激突する。

 空間の歪みが、砕け散る。

「鈴仙……!」

 名を呼びながら、てゐは息を呑んだ。

 応える事なく鈴仙は、墜落していた。

「鈴仙隊長!」

 ミスティアが、駆け寄って行く。

「ちょっと何やってんの! まさか、まさかとは思うけど」

 血まみれの鈴仙を、ミスティアは抱き起こした。

「……私の、屋台。守ってくれたの?」

「…………貴女の、居場所……」

 ミスティアによる抱擁を辞退するかのように、鈴仙は弱々しくも立ち上がった。

「……これからは、貴女が自分で守らなきゃ……駄目……」

「隊長……」

「…………そうね。ほんの一時期。私は……確かに、貴女たちの隊長だった。隊長らしい事、何も……出来て、いなかった」

 鈴仙の口調は、思いのほか、しっかりしたものである。

「だから何、というお話にしか……ならないけれど、ね」

 もう一つ、虹色の大型光弾が飛んで来た。

 鈴仙を、ミスティアを、屋台もろとも爆砕するであろう、夢想封印の流れ弾。

 それに鈴仙は、真紅の眼光を向けている。

 形良い人差し指を、向けている。

「やりたい事、やりなさい。ミスティア」

 紅く鋭利な光弾が、速射された。

「……二足の草鞋だって、いいじゃない」

 虹色の大型光弾が、撃ち貫かれて爆発した。

 爆風を全身に浴び、長い髪を舞わせる鈴仙。

 その後ろ姿を見つめ、ミスティアは何事かを呟いている。

 いや、歌っている。

 戦い傷付いた兵士が、楽園に辿り着いて安息を得る、そんな内容の歌詞である。

 ミスティアの、歌の中で。

 その兵士は、楽園を守るため、新たな戦いへと臨んでいた。

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