第34話 真夜中のコーラスマスター
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
「あややややややややや」
わざと大袈裟に驚いて相手を煽る、事もある射命丸文が、どうやら本当に驚いている。
「何と、お懐かしい! ええと……実は御存命でいらっしゃった、わけではないですよね? レイラさん」
「一時的に、お許しをいただいたのよ。お盆のようなもの、かしらね?」
レイラ・プリズムリバーが、微笑んだ。
「お久しぶりね、文さん……お変わりなくて羨ましいわ。いつまでも、お若くて可愛くて。私なんて今後もずっと、お婆さんのまま」
「多分ですけどね。お若い姿に戻る事、出来ると思いますよ? お亡くなり時の年齢で、必ずしも固定されるわけではないようですから」
「そう? いつか、試してみるわね」
妖怪の山が水源地と思われる、河川のひとつ。
その河原で今、ひとつの再会が実現していた。
「知り合い、なのか? 射命丸」
霧雨魔理沙は、訊いてみた。
「まあ、そうか。私よりずっと長く生きてる上、無闇やたらと顔の広い奴。誰と知り合いでも不思議はないよな」
「私が、まだ駆け出しの可愛くて初々しい新人記者だった時にね。知り合って、仲良くしていただいたんです」
ふわりと、文はレイラの傍らに回り込んだ。
黒い翼で、老婆の細身を軽く抱いた。
「謎の洋館、霧の湖のほとりに出現というわけで。私、張り切って取材に赴きました」
「紅魔館が来るよりも、ずっと前の話だな」
「ええ。それでね? その頃の私ったら、今よりずっと無邪気で可愛い子供でしたから。洋館のお嬢様と、取材そっちのけで仲良くなってしまったんですよ」
「文さんにはね、本当にお世話になりました。幻想郷に来たばかりの私に、色々と良くして下さって」
「レイラさん。あんた確か、プリズムリバー姉妹の生みの親……みたいな人、なんだよな。あいつら、あんたが幻想郷に来てから生まれたんだよな」
あいつら、と魔理沙が呼ぶ少女たちが、河原で演奏を開始していた。
ヴァイオリンを弾く長女ルナサ。
トランペットを吹く次女メルラン。
鍵盤を叩く三女リリカ。
プリズムリバー三姉妹が、楽曲の練習をしている。
耳を傾けながら、魔理沙は問いかけた。
「なあ射命丸。お前まさか、プリズムリバー姉妹が誕生する瞬間……目の当たりに、したのか?」
「誕生、と言うのでしょうかね。彼女たちはレイラさんの周りに、いつの間にか居ましたから」
文は答えた。
「いつの間にか存在しながら、いつの間にか音楽を奏でていたんです。私もの凄く後悔してますよ。プリズムリバー楽団が、この幻想郷に出現・誕生する過程……もっと観察して、ちゃんとした記事にしておくべきでした。一生の不覚です。いやはや、それにしても」
三姉妹の奏でる練習の調べに、文はうっとりと聴き入っている。
「練習で、お金が取れますよ。プリズムリバー楽団……再結成、完全復活ですね」
「そうだな……」
魔理沙も、それには異論がなかった。
リリカが戻った事で、プリズムリバー楽団の音楽は、調和を再び獲得したのだ。
「音楽として、完成しています。素晴らしい完成度です」
珍しく、と言うべきか。
文が、手放しで誉めている。
「リリカさんのいないプリズムリバー楽団というのはね、はっきり言って災厄でしかないんです。ルナサさんメルランさんの演奏を聴かされて私、死にかけましたから一回。躁と鬱に引き裂かれて、正気を失いそうになりましたよ本当に」
「そいつは災難だったな。どうせまた盗撮か、無許可の押しかけ取材でもやったんだろ」
「姉妹喧嘩の仲裁を、しようとしただけですよう」
文の言葉を聞き流しながら、魔理沙は思う。
プリズムリバー楽団の再結成・復活は、確かに成った。
今、河原に流れている楽曲の完成度も、申し分ないものである。
楽団の復活を祝う調べとしては、だ。
「どうよ、霧雨魔理沙」
曲が終わり、メルランが問いを投げてくる。
「一曲目から、なかなかの仕上がりだと思うんだけど。正直ぶっつけ本番でも、いける自信あるわよ。何しろリリカが帰って来てくれたんだから」
「……つまらない喧嘩をしていた。その自覚は、あるわ。だけどそれは、私たちに必要な試練だったのかも知れない」
ルナサも言った。
「その試練……乗り越えたわよ、私たち」
「……そうだな、素晴らしい演奏だった」
魔理沙は、評価を下した。
「お前たちの演奏した曲、冥界に残っていたぜ。まるで空気と一体化したみたいに……西行妖が、プリズムリバー楽団の演奏を、しっかり覚えているって事だと思う。お前らが今、聴かせてくれたもの……西行妖が聴いたものと、全く同じだ」
三姉妹の顔を、魔理沙は見据えた。
「……全く同じ、じゃ駄目なんだよ」
「ちょっと魔理沙さん……!」
文が、慌てふためく。
メルランが、ふっと微笑む。
「はっきり物を言うって、ひとつの美徳だと思う。全然、申し訳なさそうにしないのが、あんたのいいところだよね霧雨魔理沙」
「これでは、前と全く同じ。何かひとつが足りない。誰よりも、私たち自身が感じている事よ」
ルナサも言った。
「以前、ご満足いただいたお客様に……さらなるご満足を、私たちは提供しなければならない。同じもので良いはず、ないわよね」
「おっと、リリカ」
何か言おうとする妹に、メルランが言葉を被せた。
「自分のせいで、とか考えたでしょ今。私とルナ姉に苦労ばっかりさせられてる子が、そんなふうに思ったら駄目だからね」
「で、でも……私……」
鍵盤に目を落とし、リリカは言葉を詰まらせる。
「こうやって合わせてみると、やっぱり……わかっちゃうんだよね。ルナ姉メル姉が持ってるもの、私には全然ないんだなあって……私がこんな事、気にしてるから駄目なんだって。わかっては、いるんだけど」
「気にしたままで、いいと思うぜ」
魔理沙は言った。
「姉貴どもへの劣等感やら対抗心やら、丸出しにした上でだ。姉貴どもの、でたらめな音楽をキッチリまとめ上げて調和させている。人様に聴かせられるものに仕上げてある。その職人ぶりが、お前だよリリカ・プリズムリバー。こちらのレイラさんから、真面目なところを受け継いだんだな」
「レイラさん、確かに真面目な方でしたよね」
「……神経質なだけよ。私の、そういう本当にどうしようもないところ全部がね。リリカに行ってしまったわ」
「そういうもの全部、改める必要はない。そのままでいいんだよ。その上で何かひとつ、って話なんだが」
魔理沙は帽子に片手を突っ込み、頭を掻いた。
「何かひとつ、足りないもの……それが何なのか、私もわからないんだよなあ」
「歌」
無言であったカナ・アナベラルが突然、言葉を発した。
「誰かに、歌わせてみるのはどう? この子たちの演奏に合わせて」
「おいおい……プリズムリバー楽団に、歌の伴奏をやらせようってのか? そりゃいくら何でも」
「いいよ霧雨魔理沙。あたしら、そういうの気にしないから」
メルランが、屈託なく笑う。
「あたしらの伴奏に負けちゃうような歌なら、歌った人が恥をかくだけ……それがまた、演奏の持ち味になったりするわけよ」
「その恥を、焦燥を、敗北感と屈辱を、私が極上の楽曲に仕立ててあげる」
陶然たる口調で、ルナサが言った。
「歌い手の人は、歌が終わる頃には……死んでいる、かも知れないわね。その生命も魂も、音に変わる。西行妖に奉納する曲としては、ふさわしいものではないかしら」
プリズムリバー楽団による伴奏で、歌を歌う。
それは、この三姉妹の調べに、命と魂を捧げるという事になりかねない。
いるのか、と魔理沙は思った。
プリズムリバー三姉妹による伴奏に、耐えうる歌い手が。
この世に、幻想郷に、果たして存在するのか。
「一人、いるわよ」
カナが言った。
「リリカ、ルナサ、メルランの音楽と一緒に……歌わせてみたい子が、ね。一人いるのよ」
地上に住まう者たちは、月という天体に、特別な意味を見出しがちであるようだ。
神聖なるもの。
邪悪ではあるが、美しきもの。
それが、地上の人間・妖怪たちにとっての月である。
月より見下ろす地上は、穢れの坩堝であった。
穢れの坩堝の真っただ中に今、自分はいる。
月に、見下ろされながら。
客の眼前に燗酒を置きながら、鈴仙・優曇華院・イナバは、それを実感していた。
「はい、お待ち遠様……」
「待ってるよー、先生も。姫様も」
因幡てゐ、であった。
ここ連日、この屋台を訪れている。
常連客に、なりつつあるのか。
「安心おし。あんたがここにいるって、私まだ喋ってないからね」
「ありがと……」
「誰かが喋らなくても」
てゐの隣で、リグル・ナイトバグが言った。
こちらは完全に、常連客である。
「八意先生なら、とっくに知ってるんじゃないかって気がするわ。鈴仙隊長が、ここにいるって」
「来てくれるといいねえ、そのうち」
屋台の主ミスティア・ローレライが、客二名の前に料理を置いた。
「先生や姫様が来られても。ちゃんと接客するんだよ? 鈴仙隊長。はい、八目鰻お待ち遠」
「おっ、いいね。ここに来たら、これを食べないとね。やっぱり」
てゐが嬉しげに、八目鰻の串焼きと燗酒を合わせている。
「んー、美味い! この味、先生と姫様にも教えて差し上げたいねえ。お二人とも、味覚は割と庶民寄りだからね。気に入ってくれると思うよ」
「うちの鈴仙隊長がねえ。八目鰻の下処理がっつり手伝ってくれたからね。いや本当に助かってるよ」
「あっははは。優秀だろう? うちの鈴仙は」
「あっははは、とても優秀だよ。うちの鈴仙隊長は」
てゐとミスティア。
両名の笑いが、いささか不穏なものを帯びている。
「ん~……まさか、とは思うけど女将さん。永遠亭から人材を引き抜こう、なんていう命知らずが……いやいやいや、いるわけがないよねえ。そんな」
「見なよ、屋台で働く鈴仙少尉! 輝いてる。やっぱり適材適所って大事だと思うわけよ。合わない所で働いてたら寿命、縮んじゃうんだから」
「心配無用。兎の寿命はね、そう簡単には縮まないよ」
「そう? 今ここで寿命の終わっちゃう兎さん、いるかも知れないのに」
「はっはっは。ただでさえ寿命の短い雀ちゃんが、死に急いじゃあいけないよ」
「兎を捌くのってね、八目鰻の下処理よりも全然楽なんだわこれが」
「雀なんて捌く必要もなし、串に刺して焼くだけさねえ」
てゐもミスティアも、辛うじて笑顔だけは維持している。
リグルが、声を潜めた。
「ね、ねえ鈴仙隊長。何か、弾幕戦が始まりそうな感じなんだけど」
「そうみたいね……」
「止められるの、貴女しかいなくない?」
「どうでもいいわ……と言いたいところだけど」
鈴仙は、もう一度だけ月を見上げた。
夜空に皓々と輝く、あの高貴なる天体に、もはや自分の居場所は無い。
永遠亭にも、無い。
「……自分の居場所は、守らないとね。そこまでよ、てゐ」
「鈴仙……」
「今はね、この屋台が私の居場所なの。ミスティアは私の上官。無礼な事は、しないで」
「……あのね鈴仙。私、あんたの自由意志を確認しに来たわけじゃないんだよ。私はねえ」
「お酒を飲みに来たんでしょ? さ、飲んで飲んで」
鈴仙は徳利を傾け、てゐの猪口に酒を注いだ。
八目鰻を喰らい、猪口の中身を飲み干し、てゐは息をついた。
「……酒も料理も美味い。それは認めるよ、ミスティア・ローレライ。だけどねえ」
「放っておいてやりなよ、鈴仙隊長の事は」
ミスティアは言った。
「この兎さん、今までずっと月やら永遠亭やらのために戦わされてきたんだろう? 充分じゃないか、もう」
「……永遠亭の兎は、狩る側さ。この鈴仙って奴はね、その最たるもんだよ。戦いを、やめられるわけがない」
てゐの言葉に、ミスティアは反論をしなかった。
その可憐な唇から紡ぎ出されたのは、反論ではなく、歌である。
澄んだ歌声が、夜気に染み入るように流れてゆく。
それは、戦い傷付いた兵士が、楽園に辿り着いて安息を得る、そんな内容の歌詞であった。
てゐも、リグルも、無言で聴き入っている。
(何よ……これ……)
鈴仙が思ったのは、まず、それだ。
何なのだ、この歌は。
自分の事を、歌っているのか。だとしたら。
(全然、違うわよミスティア……私、こんなに綺麗じゃないから……)
その言葉を発する事が、しかし鈴仙は出来なかった。
涙が、溢れてくる。
やがて、歌は終わった。
拍手が、聞こえた。
「なるほど……な。これは確かに」
「そうでしょ? 他には、いないと思う」
そんな会話と共にだ。
鈴仙は、思わず身構えた。
二人連れの客が、屋台に歩み寄って来る。
銃口の形にした人差し指を、向けてしまうところだった。
「よう。永遠亭を家出した、んだってな?」
「霧雨魔理沙……」
もう一人の方にも、鈴仙は紅い眼光を向けた。
「……それに、カナ・アナベラル。他にはいないって、どういう事なの」
「貴女の事じゃないのよ、籠の中の兎さん」
カナ・アナベラルが、続いて霧雨魔理沙が言った。
屋台の主を、見据えてだ。
「ミスティア・ローレライ……お前さんの歌には、随分と難儀な思いをさせられたぜ」
「あの時の私は、永遠亭の兵隊だったからね。こちらの鈴仙隊長の指揮下、敵性体の群れと戦っていたわけなんだけど」
ミスティアが、微笑んで見せる。
「今日は……敵性体じゃなく、お客様として来てくれたのかな? いらっしゃい。八目鰻がお薦めだよ」
「客は、私たちじゃあないんだ」
魔理沙は、帽子を脱いだ。
「……頼む。屋台は一時休業して、歌を歌って欲しい。お前の歌を、どうしても聴かせなきゃならん客がいるんだ」




