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異説・東方花映塚  作者: 小湊拓也
33/33

第33話 鳥籠

この作品は「東方Project」の二次創作です。


原作 上海アリス幻樂団


改変、独自設定その他諸々 小湊拓也

 貴女には、姉二人にあるものが根本から欠けている。

 風見幽香は、そう言っていた。

 それを、ひたすら一生懸命、技量だけで補おうとしている。

 それが貴女の演奏である、と。

 プリズムリバー楽団・最大の後援者より賜った言葉を思い返しながら、リリカ・プリズムリバーは鍵盤に指を躍らせていた。

 恐らくは妖怪の山が水源地なのであろう、河川のひとつ。

 その河原でリリカは今、無心にキーボードを奏でている。

 独り、カナ・アナベラルだけが耳を傾けてくれている。

 その愛らしい右耳から左耳へと、自分の音楽は素通りしているのだろう、とリリカは思った。

 彼女の脳髄に、何一つ刺激を残す事なく。

 自分が奏でるものには、何もないのだ。

 姉メルランの奏でる、燃え上がるような明るさも。

 姉ルナサの奏でる、闇そのものの暗さも。

 何もない、空っぽの音楽。

 聴く者の脳髄に、心に、何も残しはしない。

 それが自分だ、とリリカは思う。

 それでも、奏でるしかない。

 鍵盤を、叩き続けるしかない。

(それも私、だから……)

 思い定め、リリカは五指を躍動させた。

 キーボードから、空っぽの音が流れ出す。

 河原の全域に、流れ渡る。

 空っぽ、ではないのかも知れない。

 風見幽香は言ってくれた。

 劣等感が、焦燥が、貴女の奏でる音には満ち満ちている……と。

(そんなもの、聴いてくれる人の心に残すくらいなら……何もない、空っぽの方が、ずっとまし)

 一曲、弾き終わった。

 カナが、拍手をしてくれた。

「思い悩んでいるのね、リリカ」

 感想、なのであろうか。

「鳥籠から、出て行きたい……だけど、鳥籠の中にずっと居たい。二つの叫び声が聞こえたわ、まるで悲鳴みたい」

「……一生懸命、自分の悲鳴を奏でている。そう言われた事、あるのよね」

 リリカは言った。

「悲鳴なんて、お客さんに聴かせるもんじゃなし……だけど、カナには聴かれちゃったね。お耳汚し、ごめんね」

「いいじゃない。私、もっと聴きたい。リリカの悲鳴」

 風見幽香と、同じ事を言う。

 リリカは、思わず苦笑した。

 貴女の音楽には、貴女の全てが表れている。劣等感も、焦燥も、姉たちへの嫉妬でさえも。

 幽香は、そう言ってくれた。

 他はともかく、焦燥は薄れているかも知れない、とリリカは思う。

 姉たちのようには、出来ない。

 それを焦る気持ちが、無くなりつつある。

 諦めが、焦燥を上回りつつあるのか。

 自分は、投げやりになっているのか。

 危機感と向上心を、失っているのか。

 それが演奏に出ている、としたら。

 今の音楽を風見幽香に聴かせたら、今度こそ自分は、殺してもらえるかも知れない。

 ぼんやりとリリカは、そんな事を思った。

 そこへ、声をかけられた。

「ルナサは、メルランのようには出来ない。リリカのようにも、ね」

 カナの声、ではない。

「メルランも、そう。ルナサのようにもリリカのようにも、奏でられない」

 懐かしい声。

 いや、あり得ない。

 彼女が、幻想郷にいるはずがないのだ。

 彼女は、天国へ行ったのだから。

「だからどう、というお話ではないけれど。ねえリリカ? そういうものとして受け入れる事、出来ないかしら」

 細い人影が一つ、しずしずと河原を歩み、近付いて来る。

 壺装束に身を包んだ老婆。

 市女笠の下から、青い瞳が向けられてくる。

 この眼差しを、自分は確かに知っている、とリリカは思った。

 そんなはずはない、とも思った。

 彼女が、幻想郷にいるはずはないのだ。

(天国へ……行ったのよね? 幽々子さんが、導いてくれた……はず、なのに……)

 リリカは、名を呟いていた。

「…………レイラ……なの……?」

「安心して。天国を追い出された、わけではないから」

 レイラ・プリズムリバーが、微笑んだ。

「少しの間、幻想郷への遠出を許可していただいたのよ。特例という形で、ね……随分と、我がまま勝手をしてしまったわ」

「どうして……」

「貴女たちが心配だから、に決まっているでしょう? まったく、落ち着いて死んでもいられないわ」

 懐かしい、優しい苦笑い。

 まるで、吸い込まれるように。

 リリカは、レイラの老いた細身に抱き付いていた。

「レイラ……! レイラぁ…………!」

「リリカ……」

 枯れ枝のような手が、リリカの背中を、頭を、撫でてくれた。

「お姉さんたちと仲直りをしなさい、なんてお話はしないわ。だって貴女は、ルナサともメルランとも……喧嘩をした、わけではないものね」

 プリズムリバー三姉妹の全てを、この老婆は把握している。

 当然だ。

 レイラ・プリズムリバーなのだから。

「でもね。ルナサとメルランは、喧嘩をしていたわよ?」

「何で……」

「貴女がいないから。それも、わかっていないのね」

 もう一度レイラは、リリカの頭を撫でた。

「あの子たちにとって自分が、どういう存在なのか。リリカはね、もう少し理解した方がいいわ」

「レイラ……」

 リリカは、顔を上げた。

「……紹介するね。私の友達、カナ・アナベラルよ」

 カナが帽子を脱ぎ、ぺこりと頭を下げる。

 ひとまずリリカを抱擁から解放しつつ、レイラも市女笠を脱いだ。

 さらりとした白髪が、露わになった。

「レイラ・プリズムリバーと申します。嬉しいわ、リリカのお友達になって下さる方がいらして」

「そう……貴女が、リリカの鳥籠」

「……そうね。リリカも、ルナサもメルランも、最初は私の中にいたわ」

 レイラは言った。

「三人とも、だけど鳥籠から飛び立って行かざるを得なかった。私が、死んでしまったから」

「でも、戻って来てくれた」

 リリカは再び、レイラに縋り付いていった。

「また一緒に、いられるんでしょ? 今度は……ずうっと」

「少しの間、と言ったわよ? ねえリリカ。人の話は、きちんと聴きましょうね」

 レイラは、リリカの頬を撫でた。

「……私、貴女には恨まれているかも知れないと思っていたわ」

「恨んだ……かも知れない。私、レイラの事」

 正直に、リリカは言った。

「レイラは、私には……何も、くれなかったって。本当、バカみたいだよね私」

「お馬鹿なのは私。貴女たちに偉そうな事を言う資格なんて、ないくらいに……レイラ・プリズムリバーという人間はね、他の人に迷惑ばかりかけていたわ」

 己の生前に、レイラは思いを馳せているようだ。

「脳天気に明るくはしゃいでいた、かと思えば突然、部屋の隅で膝を抱えて食事も摂らない。自死をほのめかしたりして、皆を困らせる……本当に、まったく」

「そこから、メル姉とルナ姉が生まれたんだね」

「それ以外が貴女よ、リリカ」

 レイラが、じっと見つめてくる。

 青い瞳の中で、リリカが呆然としている。

「私の、極端な明るさはメルランに。暗さはルナサに。それ以外の全て……レイラ・プリズムリバーという人間の、面倒な部分ことごとくを、私は貴女に押し付けてしまったわ」

「そう……私って、面倒くさい奴なんだ。うん、確かに」

 今更、指摘されて気付く事でもなかった。

「どうにか出来ない? そんな私を、レイラの力で」

「無理よ。ルナサもメルランも、そうだけど……貴女たち三人とも、私にしか見えない幻だった頃とは違うのよ? 面倒は面倒なりにリリカ、貴女は今、確かなるものとして存在している。私の手を離れてしまったのだから」

 青い瞳を揺らしながら、レイラは微笑んだ。

「だから独り立ちをしなさい、なんて……こんなふうに貴女に会いに来てしまった私が、言える事ではないわね」

「レイラ……」

「貴女たちが心配だから……それも嘘ではないけれど。私が来てしまったのはね、まず私自身……貴女たちに、会いたかったから。貴女たちという鳥籠に、囚われているから……」

 一度だけ、レイラは涙を拭った。

「……さっきも言ったけれど。ルナサとメルランがね、喧嘩をしているわ。駄目なのよ、あの子たちは貴女がいないと。だから……ごめんね、リリカ」

 何を、レイラは謝罪しているのか。

 それは、すぐに明らかになった。

「リリカ……」

「リリカぁあああああああっ!」

 右から、ルナサ・プリズムリバーが。

 左から、メルラン・プリズムリバーが。

 リリカに、抱きついていた。

「うわぁあん! リリカ、リリカっ、リリカぁ~!」

 メルランは泣き叫び、涙まみれの顔面で頬ずりをしてくる。

 ルナサは、リリカの右腕をしっかりと抱き込んだまま、無言で啜り泣いている。

「ち、ちょっとルナ姉……メル姉……」

 何も出来ぬままリリカは、レイラを見つめた。

 怒って睨む、ような眼差しになってしまった。

「まずは私が、一人で会ってみる。貴女たち二人は、その後で……と、私はそう言ったのだけど。二人とも、ついて来てしまったのよ」

 穏やかに苦笑するレイラの傍らで、カナが言った。

「もう、鳥籠に戻るしかないんじゃない? 鳥籠の中で、お歌をさえずる小鳥ちゃん。それでいいじゃないの」

「三人とも、私が生きていた時はね、そうだったわ。私のためにだけ、音楽を奏でてくれていたの」

 レイラが語る。

「あの子たちのおかげで、私は……この幻想郷でも、独りぼっちではなかった。何も出来ない私が、こんなお婆さんになるまで生きていられたのもルナサ、メルラン、リリカのおかげ。私のためだけに、あの子たちはいた」

 当たり前の事だ、としかリリカは思わなかった。

 レイラ・プリズムリバーという、孤独な少女を守る。

 彼女に、愉しい思いをさせる。幸せになってもらう。

 そのためだけに、自分たちは存在していた。

 それが自分たち騒霊三姉妹の、存在意義であり、存在理由だった。

 その事に不満や疑念など、あろうはずがなかった。

 カナの言う通り。

 プリズムリバー三姉妹は、レイラ・プリズムリバーという鳥籠の中で綺麗な音楽を奏でる、三羽の小鳥であったのだ。

 幸せだった、とリリカは思っている。

 レイラも、幸せを感じていてくれたはずだ。

 今になってレイラはしかし、自責に近いものに苛まれているようだった。

「私は……ひどく思い上がった事を、してしまったのかも知れない……」

「貴女は死んでしまったものね、レイラさん」

 カナが言った。

「だからルナサもメルランもリリカも、鳥籠から放り出されて、ほったらかし……だけど、ほら。三人とも、自分の翼で空を飛べた。レイラさん誇っていいと思う」

「……そうよ、レイラ」

 妹にしがみ付いたまま、ルナサが嗚咽混じりに声を漏らす。

「レイラのおかげで、私たちはいる……その事には、感謝しかない。ねえリリカ、わかってくれる? 私たち、なのよ。三人じゃないと駄目なのよォ……」

「あのねリリカ。あたしたちも音楽やってるわけで、リリカが何にこだわってるのかも、わかるわけで」

 メルランも、泣き喚きながら言った。

「そういうの全部とりあえず置いといて、すっ飛ばして! 帰って来てよリリカねえ、あたし何でもするからあ!」

「お、落ち着いてメル姉。そんな、何でもするなんて軽々しく言っちゃ駄目だったら」

「……安心したぜ。お前ら、仲いいんだな」

 声がした。

 木陰に、人影が佇んでいる。

 大きく尖った、黒い鐔広の帽子が、まずは見えた。

「喧嘩別れ、していたわけじゃないんだな。プリズムリバー楽団は」

「霧雨魔理沙……」

 リリカが名を呟くと、木陰の少女は片手を上げた。

「もしかすると、喧嘩別れよりも厄介な事になってるんじゃないかって気もするが……それでも、プリズムリバー楽団には再結成をしてもらわなきゃならん。お前らの演奏を、心待ちにしている客がいるんだ」

「そのお客様には本当に申し訳ないけれど、放っておいて欲しいわね」

 ルナサが言った。

「確かに私たちは、喧嘩別れをしたわけではないわ。リリカには戻って来て欲しいし、リリカがいてくれるなら四六時中メルランの鬱陶しい馬鹿騒ぎを聞かされても我慢出来る。でもね、楽団として演奏が出来るかどうかは別問題なのよ」

「右に同じ。あたしだってねえ、リリカさえいてくれれば! あんたの辛気臭い面ァ年中見せつけられても、まあ我慢出来るってもんよクソ姉貴」

「…………前言撤回だぜ。お前ら、喧嘩の真っ最中じゃないか。まったくもう」

 霧雨魔理沙が、呆れ果てている。

 レイラが、ルナサとメルランの頬をつまんで引っ張った。

「大変お見苦しいものを晒してしまいました。お許し下さいませね。幻想郷の、恐らくは魔法使いの方」

「普通の魔法使い、霧雨魔理沙という。天下のプリズムリバー楽団を赤ん坊みたく扱っている、あんたは一体?」

「レイラ・プリズムリバーと申します。この子たちは私にとって……ふふっ。確かに、赤ちゃんのようなものかしら」

「騒霊三姉妹の、おふくろ様のようなものと認識したぜ。そんな人がいてくれるのは心強い」

 プリズムリバーの姓を持つ者四名を、魔理沙はじっと見渡した。

「お前らの演奏を心待ちにしている、客の名前を言っておこう。西行妖、それに西行寺幽々子だ」

「西行寺幽々子……」

 カナが、真っ先に反応した。

「それって、まさか……」

「おお、そうだぜ鳥屋。お前なんかとは比べものにならない大悪霊」

 魔理沙が、ニヤリと笑う。

「私ら全員、月の近くで安楽死を遂げるところだったよなあ。お前だって、うっかり成仏しかけた……下手するとな、あの時よりも厄介なものとして目覚めちまうかも知れないんだよ幽々子の奴」

「まさか、とは思うけど」

 リリカは言った。

「そんな状態の幽々子さんが……私たちの演奏で、大人しくなってくれるとでも?」

「やってもらわなきゃ、ならない」

 魔理沙の、口調も表情も真摯なものだ。

「リリカ・プリズムリバー……何かしらの試練があるなら、今すぐ克服してくれ」

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