第32話 譜面を紡ぐ
この作品は「東方Project」の二次創作です。
原作 上海アリス幻樂団
改変、独自設定その他諸々 小湊拓也
「うわぁああああああああん! 四季様ああああああああッ!」
目覚めると同時に、泣き声が聞こえた。
あるいは。うるさい泣き声のせいで、目が覚めてしまったのか。
ともかく。
寝台の上で、布団の中で、四季映姫・ヤマザナドゥは意識を取り戻していた。
「良かった! お目覚めになった! あたいのせいで死にかけてた四季様が! 生きてて下さったよー!」
「……大げさ過ぎます。ちょっと静かになさい、小町」
寝台の上で、映姫は身を起こした。
傍らで、小野塚小町が泣きじゃくっている。
明らかに女性の住居とわかる、洒落た室内であった。
この住居の主に、映姫は拾われたのだ。
どうやら自分は、意識を失い、倒れていたようである。
何故、そのような事になったのか。
「私は、死にかけてなどいませんよ」
しゃくり上げる小町の頭に、映姫は悔悟の棒を軽く当てた。
「気を失っていただけです。何かしら不覚を取ったのでしょうね。それが何故、貴女のせいになってしまうのですか?」
「だって……あたいが、あいつと戦って……あっさりやられて気絶して。その間に四季様、何か無茶な事なさったんでしょ?」
「そう……ですね。思い出して、きました」
寝台の上で、映姫は頭を押さえた。
「私たちは、そう。西行寺幽々子……富士見の娘と戦い、まるで歯が立たず、右往左往している間、八雲紫によってスキマに放り込まれ……緊急避難……」
苦笑が、漏れた。
「……スキマ妖怪に、助けて貰ったのですね。私たちは」
「四季様も、あたいも、この家の近くに倒れていたそうです」
小町が言った。
「あたいは、すぐに目が覚めました。四季様は、ほとんど丸一日」
「意識が戻らなかった、というわけですね」
「はい! ああ、でも、お目覚めになられて良かった」
小町が、右手で涙を拭う。
左肩に、いつもの大鎌を担いでいる。
その長柄に、小柄な身体がひとつ縛り付けられていた。
縄でぐるぐる巻きにされた、ルーミアだった。
「わ、私が何をしたって言うのかー」
「お前、四季様をかじっていただろうが!」
「固かったなー」
映姫は、苦笑した。
「私の身体は……休眠状態に入ると、地蔵尊の石像に戻ってしまいます。貴女程度の妖怪では、牙が立ちませんよ」
「ベッドに運ぶの、ちょっと一苦労でした」
もう一人。地蔵の少女がいて、失礼な事を言っている。
「映姫先輩って、私より重たいですよね」
「……弾幕戦をしますか? 成美」
「まあまあ四季様。この二人がね、あたいたちを見つけて拾ってくれたんですよ。拾い食いしようとした馬鹿ヤローもいますけど」
小町が、大鎌を揺さぶった。
縛り付けられたルーミアが、目を回している。
「ほら小町、もうやめてあげなさい」
映姫は言った。
「拾われたのは……私と小町、だけですか? 霧雨魔理沙と十六夜咲夜は」
「二人とも、違う場所に放り出されたみたいですね。ここに倒れていたのは、あたいと四季様だけです」
「あの両名ならば心配無用、と言いたいところですが……二人とも負傷していましたね。永遠亭の関係者と、合流が出来ていれば良いのですが」
「ま、魔理沙が。また無茶をしているのかー」
ルーミアが心配をしている。
「博麗の巫女は、何やってるのかなー。まったくもしう」
「霊夢は霊夢で毎回、大変な思いをしているのよ」
言いつつ部屋を覗き込んだのは、この家の主とおぼしき娘である。
「まあ確かにね。もう少し魔理沙と協力すればいいのにって、私も思わない事はないけれど……あら。お目覚めなのね、お客人」
「お世話になってしまった、ようですね。お礼を申し上げます」
映姫は、寝台の上で正座をして頭を下げた。
「ひとつ功徳を積みましたね、アリス・マーガトロイド。だからと言って、裁きを甘くして差し上げる、わけには参りませんが」
「……私、名乗ったかしら? 貴女とは初対面だと思うのだけど」
「幻想郷に住まう全ての人妖を、私は把握していますよ。まあ、そういう者だと思って下さい。四季映姫・ヤマザナドゥと申します」
「お偉い方なの? その割には……随分な様子で、行き倒れていたものね」
アリス・マーガトロイドが言った。
「ここが魔法の森だというのは、わかる?」
「ええ。私たちは八雲紫によって、冥界から魔法の森へと放り出され……親切な森の住人に拾われた、という事」
窓際の寝台である。
窓の外は、この家の庭だ。
一人の少女が、そこにいた。
抜き身の刀剣を構え、佇んでいる。
目に見えぬ敵と、戦っている。そんな様子だ。
「先客、ですか」
「空から落ちて来た子よ」
アリスが、紹介と言うか説明をした。
「貴女たちと同じね。どこかで色々と無茶をして、放り出されて来る。そこが私の視界の中なら、まあ出来るだけの事はしてあげるわ」
「助かっている、アリス」
二つ、三つ、斬撃の型を披露しながら、その少女は言った。
「恩に着る。それはそれとして……ヤマザナドゥ閣下ともあろう御方が、今や私と同じく、行き倒れの拾われ者とはな」
「世の中、色々とあるものです」
映姫は言った。
「貴女も、色々とあって今ここにいるのでしょう? 魂魄妖夢」
「私しかいない。白玉楼には、幽々子様には、私しかいない……そんな大口を叩いておきながら、この様だ」
魂魄妖夢は、楼観剣を鞘に収めた。
そして、窓に向かって頭を下げる。
「地蔵尊の紛い物と言った事は詫びる。申し訳なかった、四季映姫ヤマザナドゥ閣下」
「私が地蔵尊の紛い物であるのは事実です。それはそれとして……貴女は助けたいのですね、西行寺幽々子を」
妖夢は、顔を上げた。
じっと見つめてくる、その瞳が揺れている。
「そのために……頼む。力を、貸して欲しい」
「ぐぇええええええええええええ」
霧雨魔理沙は、血を吐いていた。
見えざる手によって、体内を掻き回される。
そんな感覚だった。懐かしくは、あった。
この見えざる手は、八意永琳の手だ。
彼女が、麻酔無しの手術を施してくれている。
魔理沙は、そう感じた。
永琳が、負傷者の肉体を、治すと言うより直す。
治療すると言うより、修理する。
それが、この薬なのだ。
「まっ不味いし痛い! ありがたいけど、助かったけど! もうちょっと何とかならないのかあああああああああっ!」
「うちの先生に伝えておくよ」
魔理沙の悲鳴に、因幡てゐが応えた。
「患者さんからの忌憚なき御意見……美味しくて気持ち良くて、もう最高のお薬です。いくらでも作って下さいってね」
永遠亭からの、届け物であった。
ここ太陽の畑まで、てゐが持って来てくれた。
切り餅、のようなものが数枚。
これを粉末状に砕いて煎じると、負傷に対してはほぼ万能とも言える治療薬となるのだ。
この薬が無かったら、自分はこれまで幾度、死んでいたものか。もはやわからないと魔理沙は思う。
感謝をしなければならないと、わかってはいる。
それはそれとして。
魔理沙は今、苦しみ、のたうち回っていた。
風見幽香の自宅の庭に、血を吐き散らしていた。
感謝で、この苦痛を消す事は出来ない。
リリーホワイトが気遣ってくれた。
「魔理沙さん、大丈夫ですか?」
「へ、平気だぜ……ありがとうな」
魔理沙は上体を起こし、立ち上がれず、庭木を背もたれに座り込んだ。
リリーホワイトが、水とタオルを差し出してくれた。
口を濯ぎ、口元を拭い、魔理沙は見据えた。
庭園に設置された椅子とテーブル。
優雅に紅茶を愉しんでいる、風見幽香の姿を。
睨むような眼差しに、なってしまった。
「……悪いな幽香。庭、汚しちまったぜ」
「いいのよ、それは。そんな事よりも」
テーブル上には茶菓子が盛られ、サニーミルクが、ルナチャイルドが、スターサファイアが、一心不乱にそれらを喰らっている。
何やら妖精たちを餌付けしているようでもある幽香が、言った。
「貴女……いい声を出すわねえ、魔理沙。とっても素敵な悲鳴だったわ。そのお薬、そんなに不味くて苦しいの?」
「跡形もなく潰れて消えて無くなっても、その辺からまた生えて来るような奴には、わからんだろうけどな。私みたいな普通の人間は、こういうものに頼らないとすぐ死んじまうんだよ」
「普通とは? っていう感じですよね。魔理沙さんが、おっしゃると」
射命丸文が言った。
先程は何やら拘束されていたようだが、今は解放され、幽香の右隣に座らされている。
「あれから……そちらは随分と、過酷な事になっていたようですね。そのお薬が必要になるなんて」
「まあな」
「やっぱりね。お花の咲き方が変、だけで済むとは思っていませんでしたよ。今回の異変」
文が、きらりと新聞記者の眼差しを向けてくる。
「一体、何が起こっているんですか? 魔理沙さん。それに紅魔館のメイド長さん」
文の隣には、十六夜咲夜が座っていた。
魔理沙と同じ薬を服用し、魔理沙ほどには苦痛を露わにしなかった。
瀟洒な美貌は、しかし傷が治った今も、いくらか青ざめているようだ。
「……そうね。天狗の新聞屋、それに妖精たち」
この場にいる全員を、咲夜は見渡した。
幽香の左隣では、妖精の少女が二人、身を寄せ合っている。
目を回しているチルノを、大妖精が抱き締めているのだ。
そうしながら大妖精は、じっと幽香を睨んでいた。
因幡てゐは、地面に座り込んだ魔理沙の顔を覗き込んでいる。治療薬の効き具合を、顔色で判断しているようだ。
全員に向かって、咲夜は言った。
「永遠亭の関係者御一同、そして風見幽香……皆で力を合わせるべき事態、と言えるわね」
「貴女たちは」
幽香が、咲夜を、魔理沙を、見据えた。
「……冥界に、いたのね? 八雲紫のスキマから放り出されて来た時、ほんの微かに桜の匂いがしたわ」
「花に関係する事で……お前をごまかすのは無理だよな、四季のフラワーマスター」
風見幽香が、いくらか過敏に反応するかも知れない単語を、魔理沙は口にした。
「お察しの通り……西行妖だ」
「西行妖……」
「お前がな、あの閻魔地蔵との戦いで跡形もなく消し飛んだ……ま、どうせすぐまた地面から生えて来るだろうと思ってたけど。ともかく、その後、私たちは冥界に殴り込んだ。西行寺幽々子と戦った、そして負けて放り出されて今に至ると、そういうわけだ」
「厳密には……西行寺幽々子とは、違う存在であるのかも知れない」
咲夜が、補足をしてくれた。
「生前と死後を包括した存在、とでも言うのかしら……ともかく彼女は今、亡霊として新たな段階に至ろうとしている。西行妖が満開になれば、そうなる」
「あの桜が……満開に、なろうとしているの?」
やはり、と魔理沙は思った。
この風見幽香という妖怪は、西行妖に無関心ではいられない。
「それは喜ぶべき事、と思いたいけれど……ねえ、違うのでしょう? 私が異変を台無しにされた、あれと同じ事が起こっているのよね?」
「まあ、そういう事だ。外の世界から大量に入り込んだ幽霊が、西行妖を咲かせている。こないだまで幻想郷で、おかしなふうに花が咲いてたみたいにな」
魔理沙は言った。
「許せないか? なあ幽香」
「許せないわね」
即、冥界に殴り込んで行きかねない幽香の瞳を、魔理沙はまっすぐに見据えた。
「西行妖を……助けてやりたいとは、思わないか」
「私が助けてあげる。幽霊の一匹も出なくなるまで、外の世界を滅ぼし尽くして」
「あとちょっとだけでいい時間をくれ! 私の話、最後まで聞け!」
怒鳴りつけながら、魔理沙は懇願した。
「西行妖はな、あの西行寺幽々子って化け物の、特にヤバい部分を封じ込んでくれていたんだ。だけど、それが出来なくなり始めてる。西行妖に……ひと頑張り、してもらうしかないんだよ」
「西行寺幽々子……冥界の、管理人さん。とっても愉しい方だったわ」
幽香が、微笑む。
西行寺幽々子を、戦って倒す。
この大妖怪は当然それを考えているだろう。
(無理なんだよ幽香。弾幕使いである限り、あの化け物には絶対に勝てない。特に……お前なんか、あいつの大好物でしかないんだぞ)
それを言えば、幽香は怒り狂うであろうか。
この場で、弾幕戦を行う事になるのか。
そちらの方向には、幽香はしかし話を進めずにいてくれた。
「プリズムリバー楽団の再結成……そんな事を貴女さっき言っていたわね魔理沙。西行妖を、ひと頑張りさせるため?」
「そうだ。あいつらの音楽なら、西行妖は聴いてくれる。力を、取り戻してくれる。だから」
「……ねえ魔理沙。貴女のお望み通り私が、権力または暴力を用いて、あの子たちを無理矢理に集めて仲直りをさせたとしましょう。ルナサもメルランもリリカも、私が命令すれば演奏をしてくれるわ」
幽香は、冷静である。
「そんな音楽を……西行妖は、聴いてくれる? ひと頑張りするだけの力を、取り戻してくれるかしら?」
「…………痛いとこ、突きやがる」
帽子の上から、魔理沙は己の頭を押さえた。
「そう、だよな。やらされた音楽じゃダメに決まってる……」
幽香は、なおも言った。
「貴女がやるのよ魔理沙。プリズムリバー姉妹を、仲直りと楽団再結成へ……貴女が、導いてごらんなさい」




