2
無事薬草の回収を終え、俺はホーンラビットの元へと向かった。
『おーい、ホーンラビット。生きてるか?』
茂みに向かって声を掛ける。するとホーンラビットはヨロヨロと姿を現した。
『な、何とかね。……なんかね、少し身体を休ませようと思って目を瞑るとね、川が見えて、川の向こうで死んだお母さんがこっちに向かって角振ってるのよ』
死にかけとるやん!!
『気をしっかり持て』
『う、うん』
ホーンラビットの額の傷口に薬草を貼り付ける。するとホーンラビットは身体を丸めて大人しくなった。
傷口がすぐに塞がるわけではないが、止血効果に加えて鎮静効果と、治癒の力を高める効果がある。
『角が済んだら後は身体だな』
薬草を細かく違って擦り潰し、汁を身体中に満遍なく塗る。
『ちょっと……どこ触ってるの? ……エッチ』
『別に下心なんか無ぇよ。傷の処置なんだから我慢しろ』
幸い身体の傷は浅い切り傷や擦り傷だった。
このまま大人しくしておけば死ぬ事はないだろう。
『でも何だか手つきがイヤらしい』
『そんな冗談言える余裕があるなら死ぬ事はないだろう。あと、俺スライムだから。手、無ぇから』
『面白い事言うのね。変なスライム』
次は血だ。血を流し過ぎて貧血になっている恐れがある。
体内から人参を取り出しホーンラビットの目の前に置く。少しでも食べて血を作る必要があると考えた俺は、薬草の近くに自生していた人参を数本回収しておいた。
この身体は意外と便利で自分の体のサイズまでなら体内に入れて物を運ぶ事が出来るらしい。
『お前、これ食えるか?』
『!!? 人参!!』
ホーンラビットは目の前の人参に齧り付き、あっと言う間に食べ尽くした。
『食欲があって何よりだ。本当はもっと沢山持って来たかったが、薬草と人参数本が限界だった。すまん』
『何でスライムが謝るの。君は命の恩人。助けてくれてありがとう。それとご馳走様。人参美味しかった!』
『ならよかった。お前、どうしてそんな大怪我したんだ?』
『人間に襲われたの。最初は必死に戦ったけど全く敵わなかった。それで角も折れちゃった……』
ホーンラビットは少しだけ元気のない口調になり、表情もあからさまにしょんぼりとしていた。
『角失ったらお前もう戦えないんじゃないか?』
『そうだね……。次人間に出会ったら大人しく殺されるしかないのかもね』
『助けてくれる仲間とかいないのか?』
『いない。みんな死んじゃったから……』
ホーンラビットはモンスターの中でも特に狙われやすい。弱くて狩りやすく、角、皮は金になり肉は美味い。俺も駆け出し冒険者だった頃は随分と狩ったし、散々食べた。
『これからどうするつもりだ?』
『まぁ、その時その時で考えるよ。結局なるようにしかならないから』
元々人間。そして今はモンスター。だからこそ、このホーンラビットを少しだけ不憫に思うし、放っておけない気持ちがある。せめて身体が完全に良くなるまで側にいて助けになれないだろうか。
『俺に何が出来るかはわからない。それでもよければ俺とパーティを組まないか?』
『パーティ?』
『パーティってのは一緒の群れになって行動し、戦ったり、生活したりする事だ』
『ツガイみたいなもの?』
『うーん、少し違うかな。人間の冒険者達の真似事だ。あいつら三人とか五人で行動してるだろ?』
『じゃあそれツガイだよ。夜中とか焚き火の近くで交尾してるの見たことある』
モンスターの徘徊する夜の森でどんなプレイだよ。特殊性癖が過ぎるだろ。
『それはお前、偶々パーティが特殊なツガイだっただけな。そもそもお前と俺じゃ種族が違うからツガイにはなれないだろ』
『そうかな? まぁ、いいや。よくわからないけど、君が私と一緒にいてくれるってことでしょ?』
『そういう事だ』
『ならパーティを組む! よろしくね、スライム』
スライムか……。確かに俺は今スライムだけど、そう呼ばれるのは何だか微妙だな。
『俺にはグレイルって名前がある。グレイルと呼んでくれ』
『名前?』
『そうだ。ホーンラビット。お前の名前は?』
『名前……ホーンラビットだけど?』
それは種であって名前じゃない。……いや、そもそもモンスターだから名前を持つ概念がないのだろうか。
『それじゃあ他のホーンラビットと区別出来ないだろ?』
『確かに。でも困った事ってないかな』
『そう言うもんなのか……』
『グレイルは名前持ってていいなぁ。私も名前欲しいなぁ』
『じゃあ俺が名前付けてやるよ』
『名前ってそんなに簡単に付けられるものなの?』
『どうだろう。付ける事自体は誰でも出来る。でも、名前は自身と一生を共にするものだし、名付け親は思いや願いを込めて名前を付ける。そんな大切なものだからこそ、簡単とは少し違うかな』
『そうなんだ〜。なんか難しいね。それで、グレイルはどんな名前を付けてくれるの?』
さて、どうするか。
俺はこのホーンラビットにどう生きて欲しいか。どうなって欲しいか。
そもそも女の子だから可愛い名前がいいだろうな。……ん? 俺、どうしてこいつがメスだと自然に理解出来てるんだ?
見た目はオスもメスも変わらない筈だが。何故かはっきりメスだと理解出来る。……まぁそれは別にどうでもいいか。
それより名前……そうだ!
『ワッフル! お前の名前はワッフルだ』
『ワッフル!? 可愛い名前!! どんな願いを込めてくれたの?』
『パワフルから一部を取ってワッフル。パワフルってのは、強いとか逞しいって意味だ。角が折れても、仲間や家族がいなくなっても、俺はお前に強く逞しく生きて欲しいと思ったから。……嫌かな?』
俺の願いではあるが、きっかけは彼女の傷口に塩を塗るような内容だ。嫌なら別の名前を考えよう。
『なんか……嬉しい。私、名前に負けないくらい強く逞しくなるよ! 良い名前をありがとうね!』
『よろしくな。ワッフル』
『……もう一回、名前呼んで!』
『よろしくな! ワッフル!』
『……もう一回』
『ワッフル』
ワッフルは身体を丸めて顔を埋めながらゴニョゴニョと聞き取りづらい声で喋る。
『……なんか……好きになっちゃった……かも』
俺はそれを聞き逃さなかった。どうやら俺の付けた名前をそうとう気に入ってくれたらしい。何よりだ。
『そうか! それはよかった!』
『……………』




