9.初めて食べる西方の菓子
二日連続、王の寝所に呼ばれるのは初めてだ。紅も驚いていたから、珍しいことなのだろう。しかし、昨日の依頼と今日の報告。二日連続になってしまうのも仕方がない。
(二日連続のお風呂は贅沢だったなぁ)
たっぷりの湯につかると、すべての筋肉が弛緩し、多幸感に包まれる。そんな体験を、二日も。宮妃の役得だ。
「近う」
王はいつもの調子で、寝台に座ったまま翠を呼ぶ。
「もう、主上を張るものはおりません。ですので、ここでご報告を」
今日読んだ「ドキッ☆大工の娘の私が王子に見初められちゃった!」では、男の子というのは近づくだけで発情しちゃうものだと学んだ。
王は軽くため息をついた。
「俺を狙っているのは、一人だけではないから、警戒を怠りたくない。それに、そんなに遠いと話がしづらい。せめて、ここまでは来い」
王が示した場所まで、ゆっくりと歩いていく。今日は報告だけだ。男の子が発情しちゃうことはないだろう。そもそも、年上で立派な体躯の王を「男の子」として括っていいのか分からない。
「額に傷が」
王は翠の顔を覗き込むと言った。
「ああ、これですか。お見苦しくて申し訳ありません」
杏の石つぶてを受けた場所だ。
「いや、そうではない。――無茶をしたのか?」
「このくらい、大事ございません」
昔から、生傷は絶えない。何日かすれば、これも治るだろう。
「ご報告します。捕らえたものは――以前、主上の周りでお仕えしていた女官の、縁者でした。その女官の行方が分からなくなったため、事情を知っていそうな主上を張っていた、と」
すべてを言う必要はない。
「女官か――」
王は考えるしぐさをする。
「お心当たりはありますか?」
「そういえば最近、一人暇をやったな。翠、お前が来た前後くらいだ」
「それは、その――始末されたとかそういうものでは」
「お前の考えは物騒だな」
王が笑う。
「どうして、ただの女官を始末する。普通に、暇をやっただけだ」
杏の姉弟子と、王が暇をやったという女官が同一人物とは限らない。しかし時期から考えるに、可能性は高いだろう。
杏は、姉弟子がどこへ行ったのかを気にしていた。
「その女官は、どこへ」
「そこまでは知らぬ」
「そうですか……」
落胆する翠に、王は自分の横を示した。
「翠。ご苦労だった。まあ、座れ」
「え、なぜ。報告は終わりましたが」
「褒美をやろう」
「まさか……エッチなことをなさるのですか?」
「なぜ、『褒美』をそう捉える。さてはお前、また変な本を読んだな」
翠が困惑しながら座ると、王は寝台の横の卓から、何かを取り出した。
翠の前で、手のひらを広げてみせる。
小豆くらいの白い石くれが4つ。それらが王の大きな手のひらで、燭台の明かりを受け、ぼんやりと淡く光っている。
「これは……?」
「西方の菓子だ。金飛糖というらしい」
「へえ。金飛糖……」
夜空の星をそのまま捕まえてきたような、あまりに可愛らしい形。食べ物というよりは、宝石のようだ。
「口」
「へ?」
「食べてみよ」
王は、ひょいと菓子をつまむと、半開きになった翠の口へ押し込んだ。
転がり込んできた菓子は、小さな石くれのように硬い。思い切って噛んでみる。
カリッという音ともに、甘さが口全体に広がった。
(あんめぇ!こんなに小さいのに、口全部があめぇ!)
あまりの甘さに、唾液がどんどん出てくる。頬がひきつれそうだ。小さな菓子は、大きな幸せをもたらし、すぐになくなってしまった。
「うまいだろう」
翠はこくこくとうなずく。
「口」
王の言葉に、次は素直に口を開ける。王はその口に、二つ目の菓子を入れる。
カリッとした食感と、そのかわいらしさからは想像ができないくらいの甘み。自然と目じりが下がり、口元が緩んでしまう。
二個目も、あっという間になくなってしまった。
王の手には、あと二つ、残っている。
「主上は?」
王は、驚いた顔をする。翠は、彼の手のひらから菓子を一つつまんで、王の口へと近づけた。
「ふっ……」
王は笑って、口を開く。そこへ指を入れ、菓子を落とした。
彼は、形のいい手で最後の一つをつまんで、翠の口元へ運ぶ。翠は口を開けた。幸せのかけらが、口に入り込んでくる。
目を合わせて、一緒に金飛糖を噛む。
(あめえぇぇ~!!)
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