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6.おい、急に押し倒すな

「最近、目線を感じるのだ。誰かが余を張っている」


 他のものに悟られぬよう、顔を近づけたまま、王は言った。


「なるほど。その人物を殺せばいいんですね」

「まてまて、殺すな。物騒だな。そやつが何の目的で余を張っているかが分かればいい」


 もちろん、必要があれば、適切な処分をする。しかしあれもこれも殺していては、敵は増える一方だ。


「生け捕りのほうが、難しゅうございますが――かしこまりました。どういうときに、目線を感じますか?」


 王は少し考えこんで言った。

 

「宮中にいる時だと思う」

「では明日の日中、何かの理由を付けて、宮中をうろついてください。見通しのいい庭がよろしいかと」

「明日は他の予定が」


 そう言った瞬間、翠に押し倒された。


(――油断した!)


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。


(こんな小さな体のどこに、こんな力が)


 上に覆いかぶさっている少女の、呼吸の音が聞こえる。

 心臓が、ドキリとする。


 ――血がめぐる。顔は赤くなっていないか。


(どういうつもりだ、こいつは)

(そういう場合ではないのに)

(くそっ!)


 勘違いした体が、熱を持ち始める。

 

 思い切り動揺してしまったのをごまかすように、王は少し大きな声で軽口をたたいた。


「おい! こういうことは、もう少し甘い言葉を吐いてからだ。お色気四姉妹にも書いてあっただろう」

「三姉妹です。お静かに」


 王の動揺などまったく知らぬ翠は、彼の両肩を抑え込んだまま、目線を動かしている。そして、ごく小さい声で告げる。


「やはり、気配を感じます。殺気も交じっているような。危のうございますから、早いほうが良い。明日です、分かりましたね」


「だから、明日は予定が」


「早いほうが良いと、言いましたよね。他の場所におられては、お守りできません。私は宮中を出られません。でしたら、自由に移動できるあなたが、宮中に来るべきでしょう。予定など、あなたは王なのですから、何とかしてください」


 隠密の少女は、たいそう面倒そうな顔をする。それが当然だと言わんばかりに。

 彼女の髪が一束、はらりと落ち、頬に当たった。

 

(王を何だと思ってるんだ、こいつは……)


 こんな臣下、見たことがない。体がやっと落ち着く。


「お前、めちゃくちゃだな……。しかし、理屈も分かる。お前の言うとおりにしよう」


 頬にあたる髪を、翠の肩に戻してやる。

 

「よろしいでしょう」


 翠は、王を押さえるのをやめ、ごく自然に隣に寝転がった。傍から見れば、熱い抱擁が終わったあとの、小休止だ。しかし彼女はまだ、油断なく周囲を探っている。


「符牒を決めておきましょう。目線を感じたら、その方向と逆のほうを見ながら、耳を触る。いいですか?」

「分かった」

「では、練習してみましょう。左側から、目線を感じたとします。どうしますか?」

「うむ」


 王は、翠の耳に触れる。翠の顔が、さあっと赤らむ。


「なにを……! 触れるのは、ご自分の耳です」


 手首を取られ、自分の耳に手を置かれる。


「もう一度です。左から、敵。どうしますか?」


 王は耳を触りながら、右をちらりと見る


「お上手です」


 ――俺は一体、何をやらされているのだ。


「では、また明日」


 翠はひょいと立ち上がった。


「続きはいいのか?」

「符牒は分かったのだから、今日は十分でしょう。もう気配は感じませんから、大丈夫です」


 ――そういう意味ではなかったつもりだったが。


 翠はすたすたと、出口に向かって歩いていく。


「明日、頼んだぞ」


 王は寝転がったまま、翠が出ていくのを見送った。

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