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46.事件の顛末

「明鈴妃さまの近侍が、捕らえられたわ」


 紅がまた噂を持ってきた。


「紅さん、噂は当てにならないよ」


 と、翠は笑いながらお茶を淹れる。


「ううん。今回は本当のこと。今日、明鈴妃さまをお訪ねしたの。近侍が別の人になっていたから、明鈴妃さまに聞いてみたのよ。そうしたら、東宮さまのお部屋と、明鈴妃さまの炊事場に火をつけたという疑いで、連れていかれたって」


「そうか――」


「明鈴妃さま、とてもショックを受けていらしたわ」


「それは、そうだろうな」


 明鈴妃と近侍のつながり――姉妹だということは、どこまで知られているのだろう。


「でも、どうして火を付けたのかしら。意味が分からないわ。好きなのかしら、火が」

「火が好きなら、炊事当番でもしているさ。何か目的があったんだろう」

「まあ、そうなんでしょうけどね。燃やしてどうしたいのか、さっぱり分からないわ。しかも、東宮さまのお部屋よ。炊事小屋とはまるで違うわ」


 紅はお茶をごくりと飲んだ。


「そうそう、噂ついでにもう一つ」

「ん?」

「主上。あと数日で、政務に戻られるらしいわよ」

「そうか……」


 手紙にもそう書いてあった。それでも別の人から聞くと、本当なんだと現実感をもって聞こえる。


 これで、日常が戻ってくる。


◆


 王の侍従は、まだ明かりの残る執務室で、深くため息をついた。


(やっと終わった……)


 いや、正確には終わっていない。王の寝所に入った賊は、厳しく追及させているが、今のところ得られた情報はない。短剣についていた毒から組織につながらないかを、調べているところだ。


 一方で、同じ日に起こった東宮の部屋での火事。その処遇を療養中の主人に仰ぎ、そちらは最終決定が下された。


 同日に起こったあまりに不穏な事件。呼応してのものなのか、偶然なのかはまだわからない。


(あの、火事……)


 表向きではただの火事となっているが、実際にはもっと大変なことが起こっていた。


(恐れ多くも、東宮さまを弑そうとするとは)


 火事の直前に、賊が入った。東宮を暗殺しようとした賊だ。東宮はわずか6歳。普通だったら、抵抗のしようもなく、討たれていたであろう。


(東宮さまの放浪癖が、こんなところで役に立つとは)


 東宮はその夜、自分の侍従と一緒に寝所を抜け出し、蛍を見に行っていた。替え玉として布団に寝かされていたのは、護衛。


 闖入者も、まさか腕利きの護衛が布団に入っているとは思わなかったのであろう。すぐにとらわれた。

 時同じくして、火矢が投げ込まれる。おそらく、証拠を消すためだろう。これもすぐに消し止められた。


(東宮さまの放浪癖は、主上ゆずりか)


 主人の少年の頃を思い出し、侍従は苦笑する。何度抜け出しに付き合わされ、一緒に怒られたことか。今では自分が怒る立場だ。


 捕らえた暗殺者や現場を調べると、明鈴妃の近侍の柳につながった。聞き取りの結果、明鈴妃邸の炊事場の火事も、柳が仕組んでいた。東宮の部屋に火を放つための、予行だったらしい。

 同時に、すべての罪を雪蘭妃に押し付けるための仕掛けでもあった。


 これらの計画に明鈴妃自身と、彼女の父である北方の領主が関わっている可能性が出てきた。


 すべての目的は、明鈴妃の息子を東宮に仕立てあげることだった。ゆくゆくは王の外戚となり、権力をふるいたかったのであろう。


 まだ療養中の主人の耳に、どのように入れたらいいのか、かなり悩んだものだ。それでも耳に入れぬわけにもいかず、なるべく顔色を見ながら伝えた。


「そうか」


 主人の返答は、いつもの通り簡潔だった。もしかしたら、ある程度は予想していたのかもしれない。そうして顎に手をやり、少し考える。


「関わっている可能性というだけでは、第三夫人の明鈴は裁ききれん。実家へ帰すのが妥当だろう。明鈴の実家の領主は、北方の中では中心的な存在だ。東宮の部屋を襲わせた柳も血縁だから、こちらはこのままというわけにはいかんが……減封はさすがに角が立つ。明鈴を戻す代わりに、一人、質を出させておけ」


 言い切ってから、王はもう少し考えるそぶりを見せ、にやりと笑った。


「明鈴の父御殿には、余計なことを考えないように、少々忙しくしていただいたほうがいいかもしれん。北方で灌漑の修繕の訴えがあったな。あれを明鈴の父御にやらせよう。費用と人員はあちら持ちだ。ありがたがってやってくれるだろう」


 さらりと言うが、北方の灌漑はかなり大規模な事業になると見積もられている。それをうまく押し付けるやり方は、いかにも王らしい判断だ。

 

 主人はさらに首を少し傾げ、もう少し重しがほしいな、と続ける。


「北方で次に大きい領地から来ている兵部主事がいたな。あれを郎中に取り立てておくか」

「かしこまりました」


 いつも通りだ、と侍従は安心した。迷いのない判断、苛烈すぎずバランスを重んじる決定。よくぞ、灌漑の修繕や、兵部主事のことを覚えているものだ。


 侍従は筆を執った。主人の決定を、実務に落とし込むために。

お読みいただき、ありがとうございます!

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