42.あの時も、泣いていたな
男は、初めて王を見た。
もっと太っていて愚鈍そうな男を想像していたが、目の前の王は立派な体躯だった。
繰り出してくる剣筋も正確で、なにより迫力がある。
(おい、嘘だろ)
少しずつ、押されている。
(武芸に秀でているとは聞いていたが――)
ただのおべっかだと思っていた。しかしこいつは、一瞬の間に駆け引きができる、実戦を知っている強さだ。
王の寝所を二人で押さえ、暗闇に紛れて討つ。二対一なら確実だ。女がいたとしても、邪魔なら一刀で片付ければよい。さらにダメ押しとして、出口をふさぎ、警護を無力化する。
計画は完ぺきだった。
(でも――)
計算外のことが次々と起こった。
早々と相手に気配を気取られた。二対一だと思っていたら――翠。
(まさかあいつが)
暗殺に失敗したあと行方不明。殺されたと思っていた。
(王直属の護衛をしているのか?)
暗殺しにいった奴の護衛になるとは、理解の範疇外だ。
(くそっ)
なにより計算外は、王の強さだ。
高い上背から、力強い斬撃が降ってくる。受けるたびに腕がしびれる。
(こんなに――)
王なんてものは、ふんぞり返って守ってもらうだけの、脆弱な存在だと思い込んでいた。
加勢を、と陣を見るが、彼も翠の相手で精いっぱいのようだ。
「ふうっ……」
少し距離を取り、呼吸を整え、懐に隠した短剣に触れる。
(これは――できれば使いたくない)
先端には、毒が塗ってある。毒の調合は組織独自のものだから、ここから足がつく可能性がある。
(これは、最終手段)
その前に、まだやることがある。
王が切りかかってくる。それを剣で受ける。手がしびれる。剣を取り落とした。
落ちた剣を横目に、王が切りかかってくる。
(今だ!)
腰にぶら下げた3本の棒。その仕掛けを引いて、一瞬で長槍へと変える。がら空きの王の胴へ、突きを入れた。
(もらった!)
「くっ……!」
王は、予備動作なしで、後ろへと飛んだ。切っ先が衣を引き裂く。繰り出した突きは、少し腹をかすめただけだった。
(避けた!?)
(あの間合いを避けるとは――)
想定以上に、王が強い。
(ただ――槍なら、勝てる)
柄をぐっと握りこみ、男は王を見据えた。
◆
(槍か――)
王は目の前の男の構えを見る。
相手が剣なら、そうそう負けない自信はある。しかし槍は――。
(戦いづらいな)
刀と槍では、リーチが違いすぎる。
翠のほうを見ると、倒れた男を置いて、こちらに走ってくる。と、男がむくりと動いた。短剣を投げようとしている。
「翠!!後ろだ!」
翠がハッと振り返る。そこへ短剣が投げ込まれる。
「翠!……うっ」
翠に気を取られた。槍が遠慮なく襲い掛かってくる。最初の一撃を、右肩に食らってしまった。
「くそっ!」
繰り出される突きをいなそうとするが、傷ついた肩では難しい。もう一撃、足に食らう。
(こいつ――強いな)
(槍が本命だったのか)
王がわずかに見せた隙に、男は容赦なく切っ先をぶちこんでくる。
刀を握りなおす。
翠はもう一度、縄鏢の男を倒したようだ。大丈夫だろう。
(くそ)
腕が思うように動かない。足もだ。力が入らない。
思わず膝をつく。
そこへ、むき出しの殺意が乗った槍が襲い掛かる。
一瞬の時が、永遠に引き延ばされる。
(そんなに殺したいのか)
――もう、うんざりなんだよ。
(だったら殺せばいい)
――どいつもこいつも、王を殺せば何とかなると思っている。
自分が王でなくても、誰かがなる。国も人々の生活も、続いていく。
自分が死ねば、この戦闘も終結する。翠の身が危険にさらされることもない。
その時、目の前の男がバランスを崩した。
世界が彩を取り戻す。
男はそのまま倒れこむ。その後ろには――怒気を露わにした翠。
(翠が、蹴り倒したのか)
(泣いている)
(――あの時も、泣いていたな)
夜市のあと、わき腹を切られたときだ。
「今、命を放り出しましたね」
――なんでもお見通しか。
泣きながら、怒っている。器用な奴だ。
「一瞬だけな」
「二度と、なさいませんよう」
「すまなかった」
自分の身を案じてくれるものがいるなら、もう少しあがいてみよう。
倒れた男に目を向けると、男は何とか起き上がろうとしている。手を懐に入れた。何かを――狙っている。
(短剣――!)
「翠!」
翠を突き飛ばし、男が繰り出す凶刃の軌道から守る。
「あっ!」
翠の腕から赤いものが散る。
(避けきれなかったか。でも、致命傷は避けた)
翠を突き飛ばした反動で、王の体勢が完全に崩れる。そこへ、第二撃が降ってきた。
「ぐ……」
肩口から腹へ。まともに食らってしまった。
吹き出る血。傷が熱い。
(これは――まずいかもしれん)
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