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42/50

42.あの時も、泣いていたな

 男は、初めて王を見た。

 もっと太っていて愚鈍そうな男を想像していたが、目の前の王は立派な体躯だった。

 繰り出してくる剣筋も正確で、なにより迫力がある。


(おい、嘘だろ)


 少しずつ、押されている。


(武芸に秀でているとは聞いていたが――)


 ただのおべっかだと思っていた。しかしこいつは、一瞬の間に駆け引きができる、実戦を知っている強さだ。


 王の寝所を二人で押さえ、暗闇に紛れて討つ。二対一なら確実だ。女がいたとしても、邪魔なら一刀で片付ければよい。さらにダメ押しとして、出口をふさぎ、警護を無力化する。


 計画は完ぺきだった。


(でも――)


 計算外のことが次々と起こった。


 早々と相手に気配を気取られた。二対一だと思っていたら――翠。


(まさかあいつが)


 暗殺に失敗したあと行方不明。殺されたと思っていた。


(王直属の護衛をしているのか?)


 暗殺しにいった奴の護衛になるとは、理解の範疇外だ。


(くそっ)


 なにより計算外は、王の強さだ。


 高い上背から、力強い斬撃が降ってくる。受けるたびに腕がしびれる。


(こんなに――)


 王なんてものは、ふんぞり返って守ってもらうだけの、脆弱な存在だと思い込んでいた。


 加勢を、と陣を見るが、彼も翠の相手で精いっぱいのようだ。


「ふうっ……」


 少し距離を取り、呼吸を整え、懐に隠した短剣に触れる。


(これは――できれば使いたくない)


 先端には、毒が塗ってある。毒の調合は組織独自のものだから、ここから足がつく可能性がある。


(これは、最終手段)


 その前に、まだやることがある。


 王が切りかかってくる。それを剣で受ける。手がしびれる。剣を取り落とした。


 落ちた剣を横目に、王が切りかかってくる。


(今だ!)


 腰にぶら下げた3本の棒。その仕掛けを引いて、一瞬で長槍へと変える。がら空きの王の胴へ、突きを入れた。


(もらった!)


「くっ……!」


 王は、予備動作なしで、後ろへと飛んだ。切っ先が衣を引き裂く。繰り出した突きは、少し腹をかすめただけだった。


(避けた!?)


(あの間合いを避けるとは――)


 想定以上に、王が強い。


(ただ――槍なら、勝てる)


 柄をぐっと握りこみ、男は王を見据えた。


◆


(槍か――)


 王は目の前の男の構えを見る。


 相手が剣なら、そうそう負けない自信はある。しかし槍は――。


(戦いづらいな)


 刀と槍では、リーチが違いすぎる。


 翠のほうを見ると、倒れた男を置いて、こちらに走ってくる。と、男がむくりと動いた。短剣を投げようとしている。


「翠!!後ろだ!」


 翠がハッと振り返る。そこへ短剣が投げ込まれる。


「翠!……うっ」


 翠に気を取られた。槍が遠慮なく襲い掛かってくる。最初の一撃を、右肩に食らってしまった。


「くそっ!」


 繰り出される突きをいなそうとするが、傷ついた肩では難しい。もう一撃、足に食らう。


(こいつ――強いな)

(槍が本命だったのか)


 王がわずかに見せた隙に、男は容赦なく切っ先をぶちこんでくる。


 刀を握りなおす。


 翠はもう一度、縄鏢の男を倒したようだ。大丈夫だろう。


(くそ)


 腕が思うように動かない。足もだ。力が入らない。


 思わず膝をつく。


 そこへ、むき出しの殺意が乗った槍が襲い掛かる。


 一瞬の時が、永遠に引き延ばされる。


(そんなに殺したいのか)


 ――もう、うんざりなんだよ。


(だったら殺せばいい)


 ――どいつもこいつも、王を殺せば何とかなると思っている。


 自分が王でなくても、誰かがなる。国も人々の生活も、続いていく。


 自分が死ねば、この戦闘も終結する。翠の身が危険にさらされることもない。


 その時、目の前の男がバランスを崩した。


 世界が彩を取り戻す。


 男はそのまま倒れこむ。その後ろには――怒気を露わにした翠。


(翠が、蹴り倒したのか)


(泣いている)


(――あの時も、泣いていたな)


 夜市のあと、わき腹を切られたときだ。


「今、命を放り出しましたね」


 ――なんでもお見通しか。


 泣きながら、怒っている。器用な奴だ。


「一瞬だけな」

「二度と、なさいませんよう」

「すまなかった」


 自分の身を案じてくれるものがいるなら、もう少しあがいてみよう。


 倒れた男に目を向けると、男は何とか起き上がろうとしている。手を懐に入れた。何かを――狙っている。


(短剣――!)


「翠!」


 翠を突き飛ばし、男が繰り出す凶刃の軌道から守る。


「あっ!」


 翠の腕から赤いものが散る。


(避けきれなかったか。でも、致命傷は避けた)


 翠を突き飛ばした反動で、王の体勢が完全に崩れる。そこへ、第二撃が降ってきた。


「ぐ……」


 肩口から腹へ。まともに食らってしまった。


 吹き出る血。傷が熱い。


(これは――まずいかもしれん)

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