40.でも、お役に立てます
寝所に戻った翠は、ずいぶんと神妙だった。
王が寝台の隣を勧めたら座ったが、いつもより距離が遠い。
(……どうしたんだ?)
なんの下心もなく抱きついてきたかと思ったら、妙に距離を取られる。
(こいつの考えていることは分からん)
「お前は――どうして今日、ここで過ごしたいと思ったんだ?」
翠がちらりとこちらを見てくるが、すぐに目を逸らされた。少し首を傾げ、何かを考えているようだ。
「今日は、部屋に別の人を泊まらせているので。でも――」
翠は、自分のつま先をじっと見る。
「そんな理由で、主上の寝台を使うのも、申し訳ないような気がしてきました。ですので今日は、そろそろ下がらせていただこうかと」
急に、図々しさがなくなり、翠らしくもなく殊勝なことを言い出す。
(本当に、どうしたんだ?)
「先に、寝ていけと言ったのは俺だ。だから、お前が気にすることではない」
「はい……」
「大丈夫だ。長椅子の寝心地も悪くない」
それには、翠は少し笑った。
「お前がいてくれて――いろいろ助かっている。雪蘭の件も明鈴の件も」
「もったいないお言葉、ありがとうございます。これからも隠密として、存分に働きたいと思います」
しごく真っ当な返答をする翠の表情は、硬い。
(おかしい。普通すぎる)
「雪蘭は――まだ噂をひっくり返すまでは難しい。が、追放する理由もなくなった。お前のおかげだ」
「はい」
急に気詰まりになってきた。
(抱きついてきたから、つい抱き返した。それがまずかったのか……?)
「もう――寝るか」
そう言ったら、翠はこくりとうなずいた。
長椅子へ行こうと立ち上がると、翠から鋭い制止が入った。
「主上、お待ちを。お座りください」
そう言って、翠が少し近づいてくる。その目は油断なく、周りを見ている。
王は座り直し、翠の表情をうかがった。
「誰か――います」
翠のささやき声は、ごく小さい。
「何だと」
(――誰か)
翠の緊張感から、覗かれているというレベルではなく、敵がいるということが伝わってくる。
音がしないように、ゆっくりと枕もとの刀をとる。
翠は寝台から降り、油断なく視線を巡らせながら構えた。
「確かに、いるな」
王は燭台を取り、気配がするほうへと滑らせる。
奥の暗闇に、ぼうっと人影が現れる。剣を持った男と、もう一人。短剣のようなものを持っている。
「誰か!」
王は大声で護衛を呼ぶ。と同時に、すらりと刀を抜いた。
前方を睨みつけたままの翠が、頭から翡翠のかんざしを抜く。
「お前――それ」
「寝所に武器は持ち込めませんので。こんなこともあろうかと、刃をつけて研いでおきました」
「お前なあ……」
「ものがいいので、加工しやすかったです」
「おい。俺は平和主義者なんだぞ。武器なんか作るな!」
「でも、お役に立てます」
小さな隠密の真剣なまなざしを見ると、それ以上は何も言えなくなる。
(――護衛が来ないな)
「誰かあるか!」
もう一度呼ばわり、鞘を投げ捨てた。
「あいつらは、兄弟子か?」
構えている翠に尋ねる。
「はい」
「実力は」
「どちらも、夜市の時の男と同じくらいです。ですので、主上をお守りしながらとなると、少々荷が重い」
夜市の男を思い出す。純粋な剣技だけだったら、自分が勝っていただろう。しかし――。
(二対一の状態で、かなり危ないところまで持っていかれた)
戦術面において、夜市の男は一流だったと言える。
「おい、俺も人数に入れろ。剣の試合なら負けなしだ」
「では――剣を持ったほうをお願いします。私は、縄鏢を持ったほうを」
(あれは、縄鏢か――)
よく見れば、短剣の先に縄がついていて、それが腕に巻かれている。
「分かった」
「剣を持った男ですが、槍も使います。ご注意を」
一見、槍は持っていないようだが、王はうなずいた。
「心に留めておく」
まだ護衛が来ない。
(さすがに遅い。護衛に何かあったか)
(くそっ。増やした割に役立たずだ。後で侍従に文句を言ってやる)
縄鏢を持ったほうが、じりじりと扉のほうへ移動している。
(まずいな。俺たちをここから出さないつもりか)
「おい、翠。護衛が来ない。何かあったのかもしれん」
「分かりました。とりあえず、ここを切り抜けましょう。あの二人を倒すというよりは、出口を確保し、この寝所から逃げたほうが得策かと思います」
「俺もそう思う。外に行けば、さすがに助けが来るだろう」
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