35.密書は本物?
(警護を撒くのに手間取ったな)
王が約束の場所――庭の塀の陰へ行くと、すでに翠がいた。
「呼び出してすまん」
そう言いながら、さすがだ、と心の中で感嘆する。警護が増えているから、庭までとはいえ難しいかもしれないと思っていた。
(この腕なら――いっそ禁軍の隠密部門に入れるか?)
一瞬、考えがよぎる。公的な組織に入れてしまえば、いちいち忍ぶ必要はなくなる。
(いや、組織には入れたくない)
本人に選ばせるか――いや、自分が提案すれば、それは命令と同じ重さを持ってしまう。今まで組織に縛られていたものを、また縛り付けることもなかろう。
「ご用はなんでしょう」
そう言って自分を見上げてくる翠を見て思う。
(やはりこいつには、自由でいてほしい)
◆
「これの出どころを知りたい」
と王は書簡を差し出してきた。
「中を見ても?」
王がうなずいたので、翠は書簡を開ける。
――炊事場の件、支払いは後ほど。支払いの場所は、追って知らせます。
「これは――」
「雪蘭の字だ」
「これは、どこから?」
「兵士が間諜と思しきものを追ったら、これを落としていったらしい」
「そのものは」
「逃げた」
「なるほど――」
「雪蘭がこんなものを書くとは思えない。しかし――筆跡は雪蘭だ。ともあれ、これが見つかったことにより、雪蘭はかなり危うい立場になってしまった」
王は塀にもたれかかる。そのままずるずるとしゃがみこんだ。
「もう――追放するしか、手がないかもしれん。追放という体をとって、田舎ののんびりした離宮で暮らしてもらう。騒がしい後宮内よりはましだろう」
王は、口の前で組んだ両手をじっと見る。
翠は、その王の横に並んで座った。背中をぽんぽんとたたく。
「主上、お召し物が汚れますよ。侍従に怒られませんか?」
「……怒られる」
翠は、少し考えて口を開いた。
「雪蘭妃さまですが、実際に宮を移られたほうがいいかもしれませんね。病気の静養ということで、とりあえず一時的に」
「うむ……しかしなあ……」
おそらく、何度も考えたことなのだろう。目を細め、眉間にしわを寄せている。
「私は主上より雪蘭妃さまのことは知りませんが――あの方は、お住まいの場所やご自分の立場を、そこまでお気になさるような方ではないと思います」
王が、続きを促すように顔を上げた。
「それに――一度、後宮を出たほうが、案外さっぱりするかもしれません。雪蘭妃さまの意向は聞いているんですか?」
王は首を振った。
「いや――まだだ……」
「主上が雪蘭妃さまを気遣うお気持ちはわかりますが、一度本人と話し合って、意向を聞いてみてはいかがでしょう」
屋敷に一人取り残され、猫を抱く雪蘭妃が思い浮かぶ。
そして、彼女は言っていた。
――我もあの三姉妹のような、奔放な生き方をしてみたいものじゃ、と。
王は、塀にもたれかかったまま、空を見上げた。
「――そうだな。雪蘭のことなのに、俺の一方的な考えだけで、雪蘭の意向は聞いていなかった。一度、話し合ってみよう」
「ええ。それがいいかと」
翠は、うなずいた。
「その場にお前、いてくれないか?」
「はあ?」
何を言い出すんだ、この王は。
「どうも、聞きづらい。気詰まりなんだ。俺が気を遣っているのを、向こうも察している。だからこう――沈黙が……重い沈黙が訪れるんだ」
「どのように三人で会うのです?まさかここにお呼びになるのですか?情けないことをおっしゃらず、ご自分でなさりませ」
「うむ……そうだな。その通りだ……」
また、がっくりとこうべを垂れる王の背中をさすってやる。
(こんなに子供っぽいことを言うやつだったかな)
「その密書、お預かりしてもよろしいでしょうか。私のほうでも調べてみたいので」
「頼む」
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