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30.火事の証言

「もう色んな人に、何度も同じことを言いました!」


 件の下女は、すでに涙を浮かべていた。女官、主人、役人、衛兵、さまざまな者に、それぞれ取り調べを受けたのであろう。彼女は疲れ切っているように見えた。


「ごめん。そうだよな。でも、あなたから直接聞きたいんだ。私にも、話してくれるかな」


 縁側に彼女を座らせ、自分も手ごろな石に座る。


「まんじゅうを持ってきた。食べるか?」


 下女が顔を上げる。傍らの杏が、彼女にまんじゅうを差し出した。それを受け取り、ぱくりと食べる。彼女の目から、ぽろぽろと涙が落ちた。


「私……火なんかつけていません!なのに――雪蘭妃さまにまでご迷惑を……もう、もう、どうしたらいいのか……」


「うん。そうか……。火事があった日のことを、教えてほしい。あなたは、火元の当番だったんだよね」


「はい」


 当番は毎日変わる。火元の当番は、最後に火が消えているか、きちんと確認する係だ。


「私はちゃんと消してから、帰りました。そして――」

「そして?」

「夜中にもう一度確認しにいったんです。そういう決まりになっているので」

「なるほど」

「異常はありませんでした。窯も冷え切っていて。安心して自分の部屋に戻ろうとしました」


 下女は、その時の光景を思い出しているようだった。

 

「そうして――振り返ったら」


 彼女はぎゅっと手を握りしめた。


「火が」


 下女の声が震え始める。


「信じられなくて。すぐに、みんなを起こして消し止めようとしたんですが……」


「そっか。大変だったね」


 また泣き始める彼女を、翠はねぎらう。


「どうして、振り返った?」


 杏が、下女に尋ねる。


「どうしてって――」


 意外な質問だったらしい。彼女は少し考えこんだ。


「そういえば――声がしたんです。女の人の悲鳴のような、泣き声のような、そんな声が、一瞬」


「そ、それは……お化け!?」

「何だろう、と。それで、振り返りました。そうしたら」

「燃えていた、と」


 下女はうなずいた。


「私と――雪蘭妃さまは、罰せられるのでしょうか……何も、何もしていないのに……」


 それには答えられず、翠は立ち上がり、下女の隣に座った。背中をさすってやる。下女はさらにべそべそと泣いた。


◆


「あの下女が、火をつけたに決まっています」


 当日、夜回りの当番だった女官は、はっきりと言い切った。


「どうしてそう思うの?」


 翠が尋ねると、


「だって私、見ていましたから」


 と、彼女は自信たっぷりだ。


「あの下女が炊事小屋を立ち去ったそのすぐ後に、小屋が燃え始めたんです。簡単なことです。あいつが火をつけたからでしょ」


「でも、下女は火をつけていないと言っている」


「そんなの、どうとでも言えますよね。事実は一つです。あの下女が炊事小屋を立ち去った直後、小屋が燃えた。じゃあ、犯人はあいつだ」


「なるほど。あなたはそのとき、何か、女の人の悲鳴みたいなのを聞いていない?」

「悲鳴?」


 女官が訝しむ。想定外の質問だったらしい。当時のことを思い出すように、少し逡巡した。


「ああ……ヒィン、みたいな音が、一瞬」

「それは、何の音かわかる?」

「分かりません。何か――金属をひっかいたような……」


「ありがとう」


◆


 自室に戻った翠は、ごろんと寝ころんだ。


(なんて報告しようか――)


 炊事場の下女と、見回りの女官。どちらもうそを言っているとは思えなかった。しかし話を聞く限り、あの下女はかなり不利だ。


(状況がなあ……)


 火をつけたという、決定的な瞬間を見られたわけではない。しかし、彼女が立ち去った直後に出火。


(これは、厳しいな)


(気になるのは)


 ――火事の直前で聞こえた音。


 ここだけは、下女と女官、二人の意見が一致している。


「ねえ、杏」


 寝転がったまま、手紙をまとめている杏に声をかける。


「あの二人が聞いていた音、なんだろう」

「私も気になっていました」

「やっぱり――お化けかな」

「そのような音をだすお化けがいるんですか?」

「ちょっと待って」


 翠は「絵でわかる!最恐お化け全辞典」を引っ張り出す。


「またそんな、子供っぽいものを……」


 パラパラとめくっている主人に、杏は冷たい目線を送る。


「載ってないなあ」

「でしょうね」

「こいつの可能性はないかな。ピーンピーンって鳴くお化けなんだけど――」

「……少し気になりますね」

「名前は、ピコリン。体長が屋敷より大きく、夜には五色に光り輝くらしい」

「目立ちすぎでしょう」


「うーん……」


 お化け辞典から目を離す。


(お化けじゃないとしたら?)


 何の音だろう。

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