28.火事の原因を調べてほしい
翌日の朝。
「もうそろそろ治っていますね。今日からは、包帯は外しましょうか」
杏はそう言って、主人のふくらはぎに巻かれた包帯を取り去った。
「もっと前から治ってたよ。杏は大げさだなあ」
翠は、軽い調子で言う。
怪我をした日の夜、結局何があったのかは分からない。翠に聞いても、ちょっと暗殺者とやりあって、としか言わない。
(宮妃ってのも、大変なんだな……)
飛刀が刺さったというふくらはぎの怪我は、思ったより深かった。その傷が障りになったのか、高熱が数日間続き、やきもきしたものだ。やっと完治したとはいえ、傷痕は残った。
(骨まで達していなかったからいいものの)
ずいぶんと危なっかしい主人だ。
「……主上との時間というのは、もう少し艶めいた時間だと思っていました」
「あんまり、そんなふうに思ったことはないかなあ。面倒ごとを押し付けられたり、お菓子をもらったり。そんだけだよ」
(ずいぶんと、サバサバした空気感だな……)
(あれ?)
(え?)
(もしかして)
主人の顔をじっと見てみる。きょとんと見返してくる表情からは、何の秘め事も感じられない。
「その、いわゆる営みというのは――」
「え?それって、エッチなこと――ってことだよね。まさか!したことないよ」
「はあぁぁぁぁ????」
あれだけ寝所に呼ばれて。それだけでは飽き足らず手紙で呼び出されて。怪我をしたとおんぶされて。庶民の服を着て城下町を逢瀬。それよりなにより、あのかんざしは??
それで、何も……?????
杏はうずくまった。
(そんなの、そんなの)
(純愛すぎる!!!)
そのまま心の中でじたばたと悶絶する。
「便利な隠密として、いろいろ頼まれてるだけだよ。で、ご褒美をもらう」
フフンと勝ち誇ったように翠は笑う。
(いやいやいやいや……!違うよ!!)
あまりの意識の違いにくらくらしていると、戸が叩かれた。翠への手紙らしい。
――翠。
ぽつりと書かれた一文字。その宛名の筆跡だけで、杏には分かる。
(噂の純愛相手さまからですよー)
(毎回、ちょいちょい筆跡を変えてくるんだよなあ……)
おそらく、頻繁に手紙を出していることを、悟られないようにだろう。
(もうバレバレなのに……)
「翠さま、主上よりお手紙です」
「またかぁ。あいつも暇だな」
翠は手紙を開けながら、国の統治者に向かってひどいことを言う。
(絶対、暇だから書いているわけじゃないのに)
王がとても不憫になった。
「久々の呼び出しだ」
怪我をして帰って以来、王からの呼び出しはなかったはずだ。
「なんか、すごく嫌な予感がするんだよなあ。例えば、火事の真相を調査してほしいとか――」
◆
「火事の真相を調査してほしい」
約束の場所へ行くと、王の第一声がこれだった。
「もう抜け出して大丈夫なんですか?」
王からの手紙には、警護が厳しくなって身動きが取れないと泣き言が書いてあった。
「大丈夫じゃないから、手短に。俺は厠に行っていることになっている」
「分かりました」
「あの火事、雪蘭が疑われている」
「もうそんなところまで」
火事現場は、いかにも「放火現場」だった。油と火薬のにおい。知識のある役人なら、すぐに気づくだろう。
そこから、当番だった下女へ疑いがいき、さらに以前の主人だった雪蘭妃までに到達。
(噂は怖いな)
おそらく、誰かが故意に情報を操っている。でなければ、雪蘭妃まではつながらないだろう。
「今のところ、雪蘭が元下女に命じて、明鈴の炊事場に火をつけた、というもっぱらの噂だ」
「主上はそれをお信じで?」
「いや。ただ、広がっていく噂は無視できん。しかも上妃同士だ。扱いが難しい」
王は、物置にもたれかかり、ため息をついた。
「で、昨日、雪蘭に直接聞いてみた」
「そうしたら」
「火事のことすら知らんかった」
「あの方らしいです」
屋敷に引きこもり、外との接触も最低限。
「真相を、調べてくれないか?俺には――雪蘭がそんなことを命じるとは思えん。明鈴には、明日お前が屋敷へ行くことを伝えておく。協力してくれるだろう」
(私も――雪蘭妃さまがそんなことをするとは思えない)
猫を撫で、本を読む雪蘭妃が、頭に思い浮かぶ。
(あの方が疑われているのは不憫だな――)
「明日中に調べを。夜にお前を呼ぶから、報告に来い」
「かしこまりました」
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