27.火事だ!
(外が騒がしいな)
もう寝ようかと思っていた時分だった。本を読んでいた翠は、周囲が騒がしいことに気づいた。
部屋を出てみる。紅も同様に、戸のところで所在なげにしていた。
「紅さん、何があったか分かる?」
「火事みたいよ」
「火事。どこで?」
この建物ではなさそうだ。いったいどこで。
「よく分からないわ。みんな慌てちゃって、収拾がつかないみたい」
そう言っているところへ、杏が来た。
「杏、この騒ぎの原因が分かるか?」
「明鈴妃さまのお屋敷のほうで、火の手が」
「明鈴妃さまの?」
杏はうなずいた。
「もう、ほぼ消し止められたようです。炊事場が燃えたとか」
「ご無事なのだろうか」
「ご無事と聞いています」
それを聞いていた紅が、口を開いた。
「心配ね。明日、お見舞いに行きましょう」
◆
明鈴妃の屋敷につくと、まだ焦げ臭いにおいが漂っていた。
「明鈴妃さま、今回は大変でしたね」
「おお!紅!よう来てくれた」
明鈴妃は紅に歩み寄ると、彼女を抱きしめた。
「もう、恐ろしゅうて、恐ろしゅうて」
「ご無事でなによりです」
「そうじゃな……しかし、恐ろしいことよ――」
「お怖かったでしょう」
紅がねぎらうように背中をさする。
「主上に、警護を増やしてもらうように、お願いの手紙を書いたところじゃ」
「でしたら、もう安心ですね」
近侍がお茶を持ってきたのを合図に、明鈴妃は、すとんと椅子に座った。
「そなたらも飲んでくりゃれ」
「ありがとうございます」
全員で座り、お茶に口をつける。明鈴妃はやっと、落ち着いてきたようだった。
「なにがあったんですか?」
「菓子を作らせていた炊事小屋じゃ。あそこが焼けた。小屋だけで済んだのが幸いじゃ」
「炊事場ってことは、火の不始末でしょうか?」
「そのようじゃ。今、当番の下女や、夜の見回り番に話を聞いているらしい。もう私は、恐ろしゅうて、恐ろしゅうて……」
手を震わせながら、明鈴妃は顔を覆った。
◆
「明鈴妃さま、ご災難だったわね」
明鈴妃の部屋から退室し、二人は門へと向かっていた。
「そうだな。――紅さん、焼けた小屋ってのを、ちょっと見てみたいな」
「どうして?」
「気になるんだ。明鈴妃さまが、どうしてあんなに恐ろしがっていたのか」
「そりゃあ、火事があったんですもの。恐ろしい気持ちにもなるわよ」
「幸い犠牲者もなく、原因は炊事場の火の不始末。小屋は独立しているから、屋敷までは影響がない。なのに、警護まで増やすって……あそこまで怖がることはないと思うんだよな」
「何か気になることでもあるの?」
「ちょっとね」
炊事小屋の周りは、焦げた木のにおいが充満していた。屋根は焼け落ち、壁もほとんど残っていない。かろうじて立っている柱は真っ黒だ。焼け残った鉄製の鍋が、寂しげに転がっている。
「油のにおいがする」
焼けた木のにおいに、油のにおいが混じっていた。
「そりゃ、炊事場ですもの。揚げ物用の油だって、置いてあるはずよ」
「そうだな」
――でもこれは。嗅いだことがある。
(揚げ物の油じゃなくて、火矢や火計などに使う油だ)
(そして、わずかに火薬のにおい)
「そんなはずありません……!」
大きな声に振り返ると、下女と女官が話をしていた。どうも、女官が下女に、聞き取りをしているようだ。
「でも、当番はあなただったでしょ?」
「だからっ!私、ちゃんと消したんです。夜にもちゃんと確認しました!なのに、どうして……!」
下女は、泣き始めた。
「あの子がお当番の時に、失火しちゃったのね。気の毒に」
紅は小声で言う。
「あらあの子――前は雪蘭妃さま付きの下女だったわ。今は明鈴妃さまに付いているのね」
紅の言葉に、翠は驚いた。
「よく下女まで覚えているな」
「まあね」
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