21.翡翠のかんざし
「このあたりなら、静かだろう」
王は翠と、夜市の様子が一望できる丘に座った。満月の空を背景に、城下町の中心街だけが、明るく輝いている。町の喧騒までは聞こえず、かわりに虫が鳴いている。
市の渦中にいるのも活気があって良いが、少し離れた場所でみる市も好きだ、と王は思う。
「今日は――ありがとうございます。楽しかったです」
「そうか」
「夜市なんて行ったことなくて。ちょっと憧れていました」
「行ってみて、どうだった?」
「最高です!」
と言った翠の目は輝いていた。
「おいしいものいっぱいだし、なんかみんな楽しそうで、こっちも楽しくなります」
「そうか」
「そうだ!さっきの弓当てで獲得したものなんですけど」
と、翠が袖の中から何かを出した。
「墨です。主上に、と思って」
「俺に――」
「どうぞ」
少し戸惑いながら、翠の手から墨を受け取る。
(あの弓当ての箱の中には……)
自分が欲しいものもあったろうに。飴玉や、装飾品、置物の類があった。その中で、これを。
王が書く勅書となると、墨もそれなりの「格」が必要となる。公式文書には使えないが、その心遣いがうれしい。
「ありがたい。大事に使おう」
と、王は墨をしまいこんだ。
「俺も渡したいものがある。今日、付き合ってくれた礼だ」
と、王は懐から箱を出し、翠に渡した。翠が弓当てに夢中になっている間に買ったものだった。
意外だったのか、彼女は少し戸惑った顔をしている。
「ありがとうございます。開けてみても?」
王がうなずくと、翠は箱を開けた。そこには、翡翠のかんざしが一つ、月光を受け、わずかに燐光を放つ。
「かわいい……ありがとうございます」
「つけてやろう」
「お願いします」
と、翠は少しこうべを垂れた。
頭に触れる。細くやわらかい髪が、指をくすぐる。
「できた」
「ありがとうございます」
そう言って、翠は顔を上げてほほ笑んだ。
少し緑がかった瞳、サラサラと流れる黒い髪、そこに光る翡翠。
(思った通りだ)
「似合っている」
翠がほんの少しだけうつむく。
「大切にしますね」
そのまま、二人で満月を見上げた。聞こえるのは、虫の鳴き声と、風が木の葉をなでる音。
月には死者が住まうという。
翠も――誰かを想っているのかもしれない。
その沈黙が、心地よかったから、しばらくそうしていた。
「そろそろ帰るか」
と、王は立ち上がった。
思ったより長居してしまった。さすがに空っぽの寝所に違和感を覚えるものも出てくるかもしれない。
「そうですね」
と翠も立ち上がる。
「つかまれ」
と腕を出すと、彼女はふきだした。
「ここじゃあ、迷子になりませんよ」
そう言いながらも、ひょいと腕をつかむ。
「帰ろう」
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