18.変装してどこへいくんですか?
翠は雪蘭妃の屋敷から帰ってくるなり、借りた本を読みふけり始めた。
(やっぱり)
と杏は思った。
予想通りの行動だ。
(それにしても「暗殺者だって恋がしたい」とは――すごいタイトルだな)
それはそのまま、この主人ではないか。自分を投影しているのか?
(いや、してないだろうな……)
冷めた目で主人を見ていると、戸がたたかれる。要件を聞いた杏は、ため息をついた。
(主上もおかわいそうに)
すでに、先回りでの同情。
「翠さま。本日、主上がお呼びのようです」
きっと、すごく面倒そうな顔をするだろうなと思っていたら、やはりすごく面倒そうな顔をした。
「どうして、今日?せっかくあんこいを借りたのに」
「はい!さあ、駄々をこねずに、さっさと湯あみにいきましょう」
◆
「本日は、なんの御用ですか?」
と、翠は顔を上げる。
またきっと、何か面倒なことを頼もうと思っているんだ、この王は。
(人使いが荒い王だ)
しかし今日の王は、いつもと様子が違った。寝台から降り、翠のほうへ向かってくる。
「今日は、散歩に付き合ってほしい」
「はあ?散歩?」
何かの隠語か?例えば――泥棒の下見とか逃走ルートの確認とか。
(いや、さすがに違うか)
王は戸惑う翠を促し、そのまま二人で寝所を出る。
(そういえば、初めて寝所を出るな……)
「主上、どうされました?」
驚いた警護が、声をかけてくる。
「今日は満月だ。妃が月を見たいというので、庭を散歩する」
「お供いたします」
「無粋な真似はやめてくれ」
「しかし」
「余なら心配いらん」
と、腰に佩いた刀を鳴らす。
それで護衛は納得したのか、引き下がった。
「今日は運がいい」
庭を歩きながら、王が言う。
「あの護衛は新人だ。ころっと騙された」
いたずらっぽく笑う王は、いつもと雰囲気が違う気がする。
(本当に、散歩をするのか……?)
「こっちだ」
王は塀の陰へと進んでいく。足元に、包みがひとつ。王がしゃがみこみ、それを開けた。
「これに着替えろ」
と押し付けられたのは、町の娘が着そうな服だった。
「これは……?」
「今日の昼に仕込んでおいた」
「暇ですね。ちゃんと仕事しているんですか?」
「馬鹿!俺ほど仕事熱心な男も、そうおらん」
そういいながら、王は頓着なく服を脱ぎ始める。
(王も着替えるのか)
男の裸など、兄弟子と暮らしていたんだから珍しいものではない。
(でも――)
なぜだか直視できない。翠は慌てて後ろを向き、自分も着替え始めた。
そろそろ着替えが終わったかと振り返ると、王は素浪人のような服装だった。そして自分は町娘。
(これは)
変装だ。
(でもなぜ)
王は翠を見て、ふと笑った。
「似合ってる」
「主上も意外と板についていますよ。立派なゴロツキです。しかしこれは……?」
「満月の夜、城下町では夜市が立つ。それに行きたくて、お前を誘った」
「え、城下町?それは勝手に行っていいんですか……?」
「いいわけがないだろう。だから、変装して抜け出すんだ」
と、なぜか大威張りの王。
「侍従に怒られませんか?」
「バレなければ大丈夫だ。王になる前から、抜け出しはよくしている」
「バレたら……?」
「大目玉を食らう」
「あの護衛の人は?」
王にころっと騙された新人護衛まで怒られたら不憫だ。
「大丈夫だ。俺の侍従はよーく訓練されているから、器用に俺にだけ雷を落とす」
「それは安心しました」
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