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18/50

18.変装してどこへいくんですか?

 翠は雪蘭妃の屋敷から帰ってくるなり、借りた本を読みふけり始めた。


(やっぱり)


 と杏は思った。


 予想通りの行動だ。


(それにしても「暗殺者だって恋がしたい」とは――すごいタイトルだな)


 それはそのまま、この主人ではないか。自分を投影しているのか?


(いや、してないだろうな……)


 冷めた目で主人を見ていると、戸がたたかれる。要件を聞いた杏は、ため息をついた。


(主上もおかわいそうに)


 すでに、先回りでの同情。


「翠さま。本日、主上がお呼びのようです」


 きっと、すごく面倒そうな顔をするだろうなと思っていたら、やはりすごく面倒そうな顔をした。


「どうして、今日?せっかくあんこいを借りたのに」


「はい!さあ、駄々をこねずに、さっさと湯あみにいきましょう」


◆


「本日は、なんの御用ですか?」

 と、翠は顔を上げる。


 またきっと、何か面倒なことを頼もうと思っているんだ、この王は。


(人使いが荒い王だ)


 しかし今日の王は、いつもと様子が違った。寝台から降り、翠のほうへ向かってくる。


「今日は、散歩に付き合ってほしい」

「はあ?散歩?」


 何かの隠語か?例えば――泥棒の下見とか逃走ルートの確認とか。


(いや、さすがに違うか)


 王は戸惑う翠を促し、そのまま二人で寝所を出る。


(そういえば、初めて寝所を出るな……)


「主上、どうされました?」

 驚いた警護が、声をかけてくる。


「今日は満月だ。妃が月を見たいというので、庭を散歩する」

「お供いたします」

「無粋な真似はやめてくれ」

「しかし」

「余なら心配いらん」


 と、腰に佩いた刀を鳴らす。


 それで護衛は納得したのか、引き下がった。


「今日は運がいい」


 庭を歩きながら、王が言う。

 

「あの護衛は新人だ。ころっと騙された」


 いたずらっぽく笑う王は、いつもと雰囲気が違う気がする。


(本当に、散歩をするのか……?)


「こっちだ」


 王は塀の陰へと進んでいく。足元に、包みがひとつ。王がしゃがみこみ、それを開けた。


「これに着替えろ」


 と押し付けられたのは、町の娘が着そうな服だった。


「これは……?」

「今日の昼に仕込んでおいた」

「暇ですね。ちゃんと仕事しているんですか?」

「馬鹿!俺ほど仕事熱心な男も、そうおらん」


 そういいながら、王は頓着なく服を脱ぎ始める。


(王も着替えるのか)


 男の裸など、兄弟子と暮らしていたんだから珍しいものではない。


(でも――)


 なぜだか直視できない。翠は慌てて後ろを向き、自分も着替え始めた。


 そろそろ着替えが終わったかと振り返ると、王は素浪人のような服装だった。そして自分は町娘。


(これは)


 変装だ。


(でもなぜ)


 王は翠を見て、ふと笑った。


「似合ってる」


「主上も意外と板についていますよ。立派なゴロツキです。しかしこれは……?」

「満月の夜、城下町では夜市が立つ。それに行きたくて、お前を誘った」

「え、城下町?それは勝手に行っていいんですか……?」

「いいわけがないだろう。だから、変装して抜け出すんだ」


 と、なぜか大威張りの王。


「侍従に怒られませんか?」

「バレなければ大丈夫だ。王になる前から、抜け出しはよくしている」

「バレたら……?」

「大目玉を食らう」

「あの護衛の人は?」


 王にころっと騙された新人護衛まで怒られたら不憫だ。


「大丈夫だ。俺の侍従はよーく訓練されているから、器用に俺にだけ雷を落とす」

「それは安心しました」

お読みいただき、ありがとうございます!

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