15.早く刃物を出せよ
(早く刃物を出せよ)
王は、寝所で女を目の前にして、そう思った。
約束通り、翠がどこかで見ているはずだ。
初めて会うその女は、ゆったりと近づいてきた。王の手を取ろうとしている。
(ほら、隙だらけだろう?やれるぞ)
いつもの通りだ。怪しいと思った女には、このタイミングで隙を見せてやる。そうすれば、いとも簡単に、暗殺者へと豹変する。
しかし女は、襲い掛かってこない。手を恭しく取り、
「主上……お会いできて、嬉しゅうございます」
と、情緒たっぷりに言う。
とりあえず、続きをしなければならない。
(おい、早く刃物を出せよ。俺を殺そうとしてくれ)
女に不審がられてはいけない。女の頬に手を当てる。女が重心を少し傾ける。そのまま寝台に倒れこんだ。
(刃物はまだか)
――いや、もしかして、普通の女か?
翠はまだ見ているのだろうか。最初だけと言っていたから、もういないかもしれない。視線を探るが、さすがに尻尾は出さない。
(早く)
翠には、これ以上見せたくない。
(もう去っただろうか)
(去っていてくれ)
仕方がない。自分の見立てが外れた。こいつは普通の女だった、ということだ。となれば、気は重いが続きをせねばなるまい。
(くそ。なぜ俺は翠に頼んだんだ)
あの場で何を話せばいいのか分からなかった。ある意味話題作り、あるいは時間稼ぎのために、この仕事を提案した格好になった。
(頼まなきゃ良かった――)
そうすれば、こんなに気にすることもない。
と、女が帯から短剣を取り出した。
(やはり暗殺者か)
全身から力が抜けた。
(良かった、暗殺者だ)
暗殺者であったことを、これほど感謝したことはない。礼を言いたいくらいだ。
幸い、女の動きは無駄が多い。手首を押さえ、短剣を弾く。自決の手段を断ち、外のものを呼ぶ。いつもの処理だ。
(翠はどこまで見ていただろう)
――そして、どう思ったのであろう。
そればかりが気にかかった。
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