12.王は意外と人気者
二日後、王が宮中に現れた。散歩というよりは、用があってきたようだった。護衛と侍従を連れて、どこかへ向かっている。
翠は少し離れたところから、杏と一緒に王を張る。
王は侍従に何かを話しながら、耳に触れた。ちらりと右側をみる。
(視線の主は、王の左側か)
その場所にある建物は、先日杏を捕らえた場所だ。
(あの場所に、また?)
先日と同じ、宮女たちの執務エリア。書き物をする女官と、その補佐をする下女。掃除をする下女が二人、何か楽しそうに会話をしながら柱を拭く。もう一人の下女が、洗濯物を干している。
(この中で誰が)
少し観察していると、すぐに分かった。掃除をしている下女が、ずっとチラチラと外を見ている。その視線の先には――王。
(あの二人か)
杏に目線で伝えると、彼女もうなずく。
「ちょっといいかな」
翠は二人に話しかける。
「はい!なんでしょう!」
背の高いほうが、元気に答える。
「その――いま、外を見ていなかった?もう少し言うと、主上を――」
「ごめんなさい!見てましたっ!」
あっさりと二人は認めた。
「どうして、主上を見るの?」
「逆にぃー?どうして宮妃さまは、主上をご覧にならないのですか?」
「ぎゃ、逆に?」
「逆に」
「えっと――人をじろじろ見てはいけない、から……」
普通すぎる回答に、自分でもびっくりしてしまう。時に人を付け回すのが隠密なのに。
「きゃあー!さすが宮妃さまは余裕があるわっ!」
意味が分からない。頭が痛くなってきた。
「そこに見目麗しいものがあったら見るっ!そうして視力回復!当然じゃないですか?」
「視力回復?えーっと。主上を見る理由が、さっぱりわからないんだけど」
本格的に、頭の頭痛が痛い。
見かねた杏が、入り込んできた。
「主上は、下女たちの間で人気なんです。愛好会があるくらいで」
「そうなのか」
知らなかった。何がいいのやら。
書き物をしている女官と下女を見ると、彼女らもうんうんとうなずいている。
「彼女らは、その中でも熱狂的な――」
「ガチ恋勢でぇーすっ!」
二人がそろって言う。
「ガチ恋?」
「最初は憧れと、視力回復が目的でした――。でもいつしか、ガチで恋をしちゃったんですぅっ!」
「主上は、お背が高く――」
(確かに背は高い)
「武芸にも秀でていらっしゃる」
(それは確かに――そうかも。私の必殺の間合いをかわすくらいだ)
「お顔立ちもたいそう麗しく」
(顔は――よく分からないな。目が二つあって、鼻の下に口がある、よくある顔だ)
「あの品のある、柔らかな物腰」
(あの口の悪さで、品があるって?冗談だろ)
「ああいう素敵な方は、見るだけで栄養になるの!」
「そうそう。栄養補給!視力回復!」
「あと千年生きてほしい!」
「寿命をあげたい!」
「私も!」
二人は、すごい勢いでまくしたてる。
「見てください、これ、主上の人形!肌身離さず、身に着けています」
背の低いほうが、懐から素朴な木彫りの人形を出した。王に――見えなくもない。
(ここまでくると、ちょっと怖いな……)
「宮妃さまは、あの王のご寵愛を受けていらっしゃるなんて、羨ましいわ。きっと、夢のようなひとときなんでしょうね……」
「うん、まあ、そうかも。とても、甘い時間かな」
金飛糖の味を思い出し、少しだけニヤけてしまった。それが、下女たちのテンションに拍車をかける。
「きゃー!甘いですって!ステキ!あこがれちゃう!」
「ぐはぁ!妄想が止まらないっ!」
「公式から供給きたー!」
火に油を注いでしまったようだ。
「でも、チラチラ見るのはやめてあげてほしいな。やっぱりそういうの、気になるものだから」
「そんなー!」
「人生が終わった!」
女たちは泣きそうだ。
「じゃあ、こういうのはどうかな。休憩時間とかに、堂々と見ればいい。ほら、こういうのを使って」
書き物をしている宮女の近くにある扇子を拝借する。
「この扇子に文字を書くんだ。こんな感じに」
筆を借りて、「こっち向いて」と書く。
「宮妃さま。これは、なんと書いてあるのですか?」
「『こっち向いて』と。ほら、端っこに目の絵を書いておくから。それで分かるよね」
扇子を背の高いほうに渡すと、背の低いほうも物欲しげに見てきた。
「これは『手を振って』だ。手の絵を書いておこう」
翠はもう一つ、扇子を作ってやる。
「ありがとうございます!さすがは宮妃さま!」
「ガチ恋活動、はかどります!」
二人は扇子をおしいただき、きゃっきゃと喜び合った。
「これで、大丈夫かな」
万事解決、と思いながら杏を振り返ると、彼女は複雑な表情をしていた。
「翠さま……」
「なに?」
「いえ、なんでもありません」
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