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11.王の寝所で隠し扉探し

「翠さま。本日主上がお呼びのようです」


 杏は、ごろごろと本を読んでいる主人に伝える。宮妃にとって、王のお召しは誉のはずだ。しかし翠は、


「え~~~」


と渋い顔をした。


「どうしました?」


(体調でも悪いのだろうか)


「見てこれ!」


 翠が差し出してきたのは、3冊の本。


「今日、届いたんだ。今日はこれを一気読みしたかったのになぁ」


(王の寵愛が、本に負けそうだぞ……)


 面倒くさいなぁとか、別に今日じゃなくてもとか、うだうだ言いながら、翠は駄々をこねている。


(王の寵愛、がんばれ!)


 心の中で、なぜか応援してしまう。


 しかし主人は急に、ぴょんと立ち上がった。

「そうだ!あのお菓子!」


(お菓子?)


 彼女は、ニタニタ微笑みはじめる。


「うん!行く!杏、湯あみの準備をお願い」

「かしこまりました」


 杏には主人の思考回路はさっぱり分からなかったが、応援していた王の寵愛が勝ったことに、ほっとした。


◆


「まだ、目線を感じるのだ」

「またですか?」


 王の寝所で、翠はすっかりくつろいでいた。すでにかんざしを外し、座卓に肘を置きながら、王の話を聞く。


(依頼ってことは、変な空気にならなくてすむから、気が楽だ)


 ――しかし、目線の主であった杏は、もう張るのをやめたのに。


「以前とは違う感じだ。殺気はないし、やり方が素人だ。だからこそ、チラチラと気になる」

「なるほど。お心当たりは」

「俺の周りは、敵だらけだからな。分からぬ。分からぬが――やはり宮中でチラチラ見られている気がする」


「分かりました。殺しますか?」

「殺さぬ!お前は相変わらず物騒だな。俺は平和主義者なんだ」

「それは初耳です」


 時間はまだ早い。今帰れれば、本が読める。


「符牒はもうお分かりですね」

「ああ。耳を触るというやつだろ?」

「そうです。今回は、危険が少なそうですので、急ぐ必要はないでしょう。では、また宮中にて」


 翠はそそくさと立ちあがった。が、金飛糖を思い出し、王をちらっと見てみる。


(何も持っていなさそうだ)


 今日は褒美はなし。


(それもそうか。褒美が出ること、まだしていないもんな。これを解決すれば――)


「おい、翠。待て」


 せっかく帰ろうとしたところを、王に呼び止められる。


「なんですか?」

「もう少し、この部屋にいろ」

「なぜ」

「――あまり早くても、いろいろと体裁が悪い。俺の名誉のためだ」

「はあ?」

「とにかく、留まれ」

「分かりました……」


 留まれと言われたから留まるが、何をしたらいいのか分からない。それは王も同じなのか、次にどんなことを言おうか逡巡しているようだった。


「そうだ。もう一つ、お前に頼みたいことがあった」

「なんでしょう」


 これも、仕事の依頼のようだ。翠はホッとする。


(この間みたいな勘違いで、変な空気になるのは、絶対に嫌だ)


「5日後、俺のもとへ、新しい宮妃候補が来ることになっている」

「それは、おめでとうございます」


 よくもまあ、いろいろな家から女性がくるものだ。政治的な意図があるにしても、多すぎやしないか?

 

「それが、そんなにめでたくないんだ。多分――お前のような暗殺者だ」

「王さまってのも、大変ですね」

「そうだよ、大変なんだ。次から次へとくる物騒な奴らを、捌ききらねばならん」


 王は大きなため息をついた。


「そこで、お前に頼みたい。その日、ここを張ってくれないか?」


(何となく――いやだな)


 理屈ではなく、第一印象として思った。王は話を続ける。


「閨房にくる暗殺者ってのは、俺が油断していると思っているから、甘く見ている。だから、制圧は造作ないことが多いんだが――念のためだ」


 甘く見ているってのには、心当たりがある。


「あまり気乗りはしません。人の寝所の覗きなど、趣味が悪い」

「大丈夫だ。たいていは、お前のように、触れる直前で刃を閃かせる。そこを押さえればいい。たぶん俺一人で何とかなるが、お前がいれば心強い」


「……いいでしょう。最初だけですよ。それで――暗殺者だったら、殺せばいいんですね」

「殺すな。元締めを吐かせるから、生け捕りだ」


 話は終わったようだ。翠はこの場を去ろうとして、あることを思い出した。


(明鈴妃邸の地下道――)


 あの地下道は、まっすぐ北へ向かっていた。


(方向的には、この寝所だと思うんだよな。軽く調べてみるか)


 おそらくあの地下道は、王やその親族に危険があった場合、逃走するための抜け道となるものだ。


(逃げ道は、反対から見れば、侵入者におあつらえ向きの入口だ)


 翠は周りの床を見渡した。板目をじっくり観察するが、違和感はない。


 ――寝台の近くか。


「翠、どうした」


 急にきょろきょろし始めた翠を見て、不審を抱いた王が尋ねる。

 

「主上、少しそちらに行ってもよろしいでしょうか?」

「うむ。近う」


 寝台の周りの床も、違和感はない。


(すると、寝台そのものか)


 そこには、王が座っている。


(邪魔だな)


「主上、ちょっとどいてください」

「お前なあ……俺は王だぞ。立たせるとは何事だ」

「いいから」


 不平の多い面倒な王だ。


「寝台で横になってみても?」

「構わぬ。添い寝をしてやろうか?」

「必要ありません。お静かに願います」


 寝台に寝そべり、じっと耳を澄ます。空気の流れ、猫の声、何か違和感はないか。


(分からないな。当てが外れたか)


 耳に全神経を集中していると、ぎっと寝台が大きく鳴った。驚いて飛び上がると、王が寝台の足元側に座っている。


(こいつ……!)


 盛大に舌打ちしたくなるのを、なんとかこらえる。


「主上、邪魔をしないでください」

「何をしているのか、気になったのだ」


 どう説明しようか。翠は逡巡した。


「……主上はこの部屋にいて、猫の鳴き声などを聞いたことはありませんか?」

「心当たりはないが」

「そうですか……」


 当てが外れたか。地下では、距離感をつかみづらかったから、仕方がないだろう。

 

「先日、猫を追っていまして、こちらのほうを住処にしていそうだったので。まあ、主上のご安全のためです」

「そうか。それはありがたい」

「でも、聞いたことがないのなら、それでいいのです。それでは時間も経ちましたし、私はそろそろ」


 どうして留め置かれたかよく分からないが、もういいだろう。

 

 そう思い、立ち上がろうとした翠の手首を、王が取る。


「ここまで来ておいて、帰るのはつまらないだろう」

「どういう意味ですか?」

「どういう意味がいい?」


 と、顔を覗き込まれる。表情が、目の動きが読まれる。


(やばい。これは、変な空気になるやつだ……!)


 一気に緊張が走る。


(そうだ。なまじおたおたするから、こいつに揶揄われるんだ。ここは、平静、平静……)


 表情を読まれないように筋肉を引き締め、何事もない顔を作る。こうすれば、変な空気にもなるまい。


「ふ……」


 その表情から何を読んだのか、王は笑った。

 

 彼は座ったまま体を伸ばして、寝台の枕元にある卓を探る。翠のほうが枕に近い位置に座っているから、ちょうど膝枕をしているような格好になる。


(何をしているんだ、王は)


 急に居心地の悪さを覚え、翠はどぎまぎした。

 

 王のさらさらした黒髪が、太ももに零れ落ちる。息が膝にかかる。彼は何かを探しているようだった。動くたびに、上質そうなかんざしが揺れる。白いうなじが、衿からのぞいている。

 

(なんて無防備なんだ。私は仮にも、元暗殺者だぞ……)

 

 表情を見られることはないとはいえ、心臓の音が聞かれそうだ。じっとりと汗をかいてきた。


「これだ」


 王が目当てのものを見つけたのか、起き上がった。緊張の時間が終わり、翠はほっと胸をなでおろした。


 王の手には、小さな紙包みがあった。それを開けると、星の形をした菓子がふたつ、ろうそくの明かりを反射して煌めいた。


「金飛糖……!」

「食うか?」

「ありがとうございます!」


 王が一粒、翠が一粒、それぞれつまみ上げる。それをお互いの口へ。


 カリッ。


(あま~~い!!)

お読みいただき、ありがとうございます!

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