第六章② ニール
一方、ニールはリー・ウェンの隠し部屋にいた。部屋の中にはアランもいる。二人はセドリックからの返書を待っていた。最低でも三日はかかるはずだったが昼の光の中から羽ばたきの音がした。ばさりと窓辺で羽音が弾け、ニールが勢いよく立ち上がる。
「来た!」
窓の外に降り立ったのは、一羽のワタリガラスだった。黒い羽が光を吸い込んでいる。ニールは急いで窓を開け、カラスの脚に括りつけられた小さな筒を外した。カラスは一声鳴くとまた空へ舞い上がり、ニールはすぐに封を切って紙を広げると視線が文字を追った。
ニール・セイルハートくんへ
良い名前だね。早速本題だけど……それ、どういうことかな?
俺は珍しく混乱しているよ。だって一族の名前も掟も一族に関すること何もかも、俺が婿入りする時に封印したはずなんだよね。
要は引退。昔、引退したんだよ。今、再びコルヴァンを名乗っているのは、少し事情があってまた名前を使っているに過ぎない。これはまた追々話そう。
まず、君も知っているとは思うけどコルヴァンという名前は世襲名なんだ。
というか、待って。今これを書いていて思い出したんだけど……そのもう一人のコルヴァンが海軍、それも総司令部にいるんだって?
それ、うちのバカ息子かもしれないわ。俺、ちょっと本気出して調べるから。
いずれにしても、このことは君と君の仲間、それとアラン達の間だけで留めてくれ。息子のことは俺が対応する。はい、これ読んだら今すぐ口外禁止な。
また何か分かったら手紙を送ろう。君も遠慮せず、なんでも聞いてくれ。こちらでも海賊の数が増えている気がするんだ。一時期凄かったけど最近一層荒れてる気がする。帆船まみれでうじゃうじゃしてやがるよ。
そちらも気をつけたまえ、それじゃ。
“十四代目”コルヴァンことセドリックより
署名の下、「十四代目」の文字には二重線が引かれていた。わざわざ、強調するように。ニールはゆっくりと顔を上げ声を漏らした。
「……やっぱり、身内が名乗ってたんだ。早く知りたかった、もう、いくつもの海賊団が海に出てったよ……」
部屋の空気が静まり、アランが長くため息を吐いた。ニールは窓辺に立ち、港の方角を見る。海は昼の光に煌き、海賊船が次々と滑り出していく。帆が上がり、錨が上がり、船が沖へ向かう。一隻、また一隻を見送るしかない。ニールは呟いた。
「……もう止められない。これから、どうしたらいいんだろう」
アランは腕を組んだまま黙っていたが、琥珀色の片目がギラついて口を開いた。
「中枢をぶっ叩こう」
「……へ?」
ニールが振り向くと、アランの目は港ではなくもっと遠くを見ていた。
「戦場を止めるんじゃない。仕組みを壊す」
「どうやって?」
ニールが戸惑っているとアランは溜め息まじりに答える。
「待つ」
「え?」
「まず標的になっている部隊が海に出るまで待つしかない。そいつらが表に出てこない限り、事態は動かない」
ニールは顔を歪めて声を震わせた。
「そんな……何もしないままってこと?」
ニールの狼狽が滲む時、コンコンと隠し部屋の扉が叩かれ、アランが顔を上げた。
「入れ」
扉が開くと最初に入ってきたのはティエンだった。続いてニコラ、その後ろから杖をついたイヴォンが現れる。彼の肩を支えているのはマルク。ニールはゾロゾロと人が入ってくる光景を見回して「……なんか顔ぶれが濃い」と呟いた時、マルクに視線が止まって眉が寄る。
「……ん?」
見覚えがある。いや、あるどころではない。あの顔は去年の春、死んだと噂されていた男だった。ニールは絶叫した。
「ええええええ!?」
「黙れ」
アランの拳が飛んでゴツンと頭を叩かれ、ニールは涙目になりながらもマルクへ詰め寄った。
「ちょ、ちょっと、あなた! 斧のマルク! マルク・ドイチュですよね!? 生きていたんですか!?」
マルクは眉を顰めてニールを見たあと口を開いた。
「……だれ?」
「え?」
ニールが一瞬凍るも慌てて胸を叩く。
「僕、ニール・セイルハートと言います! フランソワ海賊団で航海士やってました!」
マルクは首を傾げて数秒考えるも肩をすくめた。
「やっぱり分かんねえや。フランソワと傷だらけの兄ちゃんしか知らん」
ニールが呆然としている横で、ひょいとニコラの顔が間延びした声と共に割り込んできた。
「あのー、ニールさんさぁ……ボクも一応、いるんですけど?」
ニールの視線がマルクからニコラへ往復すると、みるみる奇妙な表情になっていく。まるで宇宙の真理に触れてしまった猫のような顔で思考が止まった。
「……あれ? え?」
ようやく脳が現実を理解する。元フランソワ海賊団の同僚が目の前にいる。しかも、この街で別れたやつ。ニールの瞳がぐるりと回った。
「……あ」
ニールはバタリとその場に倒れた。天井が視界に入り、ぼんやりしたまま瞬きをするとすぐ横から声がする。ニコラだった。彼はしゃがみ込み、ニールの顔を覗き込んでいる。
「大丈夫ですかー? さすがにショック強かったみたいですね」
「……あ、夢じゃないんだね」
「残念ながら」
ニコラが肩をすくめると少し真面目な顔になって言った。
「皆さんと別れたあの日、ボクはこの人たちと出会ったんです。それで、今はこの人たちのお手伝いをしてます」
ニールは後頭部をさすりながら身を起こした。マルクが壁にもたれて腕を組むとアランを見やる。
「なんか街が偉いことになってるが、何があった」
アランは窓の外をチラ見し、部屋にいる全員を一巡しながら告げる。
「エドガー・ロジャースの周辺が動き出した。詳しい話はこの後に共有するが、事態は複雑だ。エドガー海賊団、それに旧ブルボン派。後者に関しては輪郭だけ。具体的にどんな連中が裏で糸を引いているのかも分からん。そもそも“旧ブルボン派”というのは、思想を指す言葉が基だからな。余計に掴みづらい」
ニールはまだ混乱し、彼の様子を見下ろしながらアランが低く言った。
「……少し頭でも冷やしてこい」
ニールが顔を上げるとアランは腕を組んで続けた。
「頭をフル回転させたところで状況は何一つ変わらん。その辺でも歩いてこい。こういう時はな、粘ったやつが最後に勝つ」
ニールは息を吐いて立ち上がると扉へ向かい、背中を丸めたまま隠し部屋を出ていった。扉が閉まり、アランはニールの背中を見送ったあと視線をマルクたちへ移した。
「それじゃ、まずは情報整理といこうか。何か掴んだことがあるか?」
男たちは顔を見合わせて互いに頷いた。隠し部屋の中で、ひそひそと作戦会議が始まる。
その後、リー・ウェンの棲家を出たニールは裏通りに立っていた。昼の光はあるはずなのに妙に街が遠く感じる。人の声、荷車の音、港の匂いがどこか他人事のようだった。ニールはあてもなく裏通りを進みながら呟く。
「……このまま待つのは嫌だよ。その間に、仲間が死んだらどうするつもりなんだ。粘ったやつが最後に勝つ……だからと言って何もしないのは思考停止と同じじゃないか」
ニールの胸の奥に残っていた苛立ちがまた燃え上がり、踵を返すと今度は旧市街の方角へ歩き出した。目指すのはカルロータの宿。彼は石畳を踏み鳴らしながら歩き、勢いのまま扉を押し開けて宿の中に入ると、宿の奥からカルロータが顔を出した。
「どうしたんだい?」
「リー・ウェン……いる?」
ニールは息を整える暇もなく言うとカルロータは少し眉を上げたが、すぐに顎で上を示した。
「上の階にいるよ」
彼女の言葉を聞くや否やニールは階段を駆け上がった。二階の廊下に出ると扉がいくつも並んでいる。ニールは片端から一つ、二つ、三つと乱暴に扉を開けては閉めて確認していった。やがて、一番奥の扉に手をかけて開けると室内は明らかに他の部屋とは格が違っていた。壁は深緑とベージュの縦縞に塗り分けられ、腰壁には金のモールが丁寧に走っている。古びてはいるが、手入れの行き届いたカーペット。四隅には繊細な彫刻の施された家具。部屋の中央には円卓とクッション付きの椅子。さらに奥にはバルコニー。ひと目で分かる、高貴な客のための部屋だ。カルロータとディッキー、一番金をかけているのはどうやらこの部屋らしい。ヤンはバルコニーの手すりに凭れて港の風に当たりながら涼んでいると、振り返ってニールを見ると穏やかな声で言った。
「やあ」
ニールは部屋に入って扉を閉めた。胸の奥の焦りがまだ消えていないが、今はこの穏やかな東洋の男にどうしても聞きたいことがあった、助言が欲しかった。ニールは部屋の中央までずかずかと歩く。彼の足取りを見てヤンが小さく首を傾げた。
「気が乱れていますよ。せっかくの爽やかなお顔が崩れてしまいます」
ニールの耳にはほとんど入っていなかった。彼は部屋の真ん中で立ち止まると肩が震え始めて膝から力が抜け、ドサリと床に崩れ落ちると堪えていたものがとうとう溢れた。
「……っ」
ニールはそのまま泣き出し、ヤンは目を瞬かせて少し困ったように笑った。
「あらあら、本当に泣いてしまいましたね」
ヤンは室内へ歩み寄るとニールの前に跪いて穏やかな眼差しで覗き込んだ。
「君の爽やか仮面が崩壊するなんて珍しい。何があったんですか」
ニールはぐずりながら口を開いた。
「……もう、耐えられないんだ。この街は……もう、めちゃくちゃだよ、暴力と快楽が同居してる……地獄だ、僕が一番動けるのに……マテオが危険を冒してまで、有益な情報を取ってきたのに……僕は、何も活かせなかった。仲間は……暴力と支配に耐え抜いて、生き延びたのにエドガーたちは海に出て……陽動作戦を始めたんだ、ただ一人、マクシミリアン・ブーケを殺すために」
マクシムの名前にヤンの眉がわずかに動いた。ニールはそれにも気づかず声を震わせながら続ける。
「妹と弟が粘ってるけど……また仲間とバラバラにされたら……僕、耐えられないよ。なのに……アランさんは、マクシミリアンたちが現れるまで待てって……もう僕、どうしたらいいんだよ」
ニールは俯いたまま肩を震わせていた。ヤンは泣き崩れた若者を見守りながら港から吹き込む風に目を細めると穏やかな声で言った。
「孫子の兵法って知っていますか?」
ニールが顔を上げた。涙で濡れた目が少しだけ警戒するように瞬く。ヤンは微かに笑った。
「古い戦の書です。東洋ではよく知られています。その中に“待つ”という考え方があるんですよ。多くの人は“待つ”という言葉を聞くと、何もしないことだと思う。でも、孫子の“待つ”は違います。まず、負けない態勢を作る」
「……負けない態勢?」
「ええ」
「守りを固めるんです。徹底的に。自分から攻めて負ける可能性を作るより、まず“崩れない状態”を作る。それが不敗の態勢。その上で敵のミスを待つ」
ニールの眉がわずかに動き、ヤンは続けた。
「孫子はこう言っています。『先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ』。まず負けない状態を作る。勝つ機会は自分で作れるものではないが、負けない状態は作れる。その状態で敵が勝手に崩れるのを待つ。つまり、“待つ”とは主導権を握ることです。敵をこちらの土俵に引きずり込む。……アランさんはマクシミリアン隊が出てくるのを待つ、と言いましたね」
ニールは少し考え込むように目を逸らしたあと頷き、ヤンはふふと笑いを溢した。
「君より実戦経験のある慎重な方です。慌てて動くことを何より恐れている。わたしも同感です。恐らく……エドガーも慎重になっているでしょう」
「え?」
ニールが顔を上げ、ヤンは少し身を乗り出して言った。
「聞きましたよ。マクシミリアン隊は、フェルナンドが相手をすると決まっているのでしょう? ……では、今の話を聞いた上で君なら誰が出てくるのを待ちますか?」
部屋に静寂が落ち、ニールは涙を拭って暫く考えると思考がゆっくりと整理され、青い目がキラリと光って顔を上げた。
「……フェルナンドだ。今、一番厄介なのはあいつ。フェルナンドがこの街から一時的に離れるだけでもデカい。その間、僕らを気にするのはエドガーだけ。他のやつらは……正直、みんな間抜けだ。その間にやれることは一気にやれる」
ヤンは満足そうに頷いた。
「良い視点ですね。やっと君の頭が働き始めました」
ヤンはしばらくニールの顔を見つめて穏やかに続けた。
「まあ、つい忘れがちですが……マクシムさんもかなり強いですよ」
その名前を聞いた瞬間、ニールの顔が露骨に苦くなる。彼の脳裏に浮かんだのはある記憶だった。甲板、怒りに満ちた男の眼。腕に突き立てられた短剣。本気で殺されると思った、あの一瞬にニールは思わず腕をさすって不貞腐れたように唇を歪める。そんな事情など知らないヤンはのんびり続けていた。
「それと、彼の部下たち。問題児扱いされているようですが……少数精鋭なだけあって、ちゃんと強いです。たとえ陽動に引っかかったとしても簡単には死なないでしょう。実力者集団ですよ」
「……そうかな」
ニールは曖昧に頷きながら頭の中では別の計算をしていた。あの嵐の中、自分たちは彼らと複数人でやり合って、それでも負けなかった。……いや普通に考えて自分たちの方が強くないかと心の中でこっそり思っている。ヤンは床で項垂れるニールから水平線に目を向けると脳裏にあの女性の姿が浮かんだ。背筋を伸ばし、凛とした表情で桟橋を歩いていく後ろ姿。
「……そういえば、ソフィーさんの話をまだしていませんでしたね」
ヤンは思い出したように呟くとニールが顔を上げて目を輝かせた。
「ソフィー? 彼女、どうしてるの」
「さあ。今どこにいるのかまでは分かりません。ですが、あなた方と別れたあと彼女は無事にブレスト港を降りました。良い船旅でしたね」
「……よかった」
ニールはほっと息を吐いて言葉が胸の奥から自然に零れるが、“船”という言葉が頭の中で引っかかった。フェルナンドがこの街を離れる間、自分たちは自由に動ける。それは分かっているが……待てよ。もしフェルナンドの船そのものを利用できるとしたらどうだろう。ニールの思考が一気に繋がった時、マテオの言葉が蘇って青い瞳が鋭くなる。
「……フェルナンドがマクシミリアン隊と接触すれば、スパイの存在を示す証拠をマクシミリアンに横流しできるかもしれない」
ヤンはニールを振り返ってじっと見下ろした。
「……それなら盗み出して、わたしに届けさせる方が早いのでは?」
ニールは首を振った。
「いや。それだと僕らが真っ先に疑われる。フェルナンドは馬鹿じゃないから。それにこの役割に最適な奴がいる」
ヤンが眉を上げるとニールは苦笑しながら言った。
「マテオだよ。彼、とにかく隠密が得意なんだ。なんでそんなに得意なのっていうくらい気配を殺せる。戦闘の混乱に乗じて証拠を盗み、マクシミリアンの元に届けさせる」
「……フェルナンドが書簡がないことに気づいたら?」
「それは……でも、ただ盗み出すだけでも疑われるでしょ。それに僕らはエドガーと対立してるって知らせたいんだ」
ヤンの目がわずかに細くなるがニールは続ける。
「海軍が思ってるより、海賊の中にもちゃんと内部分裂があるって。それを教える必要がある。そのためにも、戦闘を利用して情報を横流しするしかない」
部屋に沈黙が落ち、ヤンがゆっくり口を開いた。
「……具体的な策は?」
ニールの口元がゆっくり歪み、ニヤリと笑った。
「炙り出しの手紙だよ。教えてくれたやつ。宛名は僕の名前」
そう言うとニールは立ち上がって扉へ向かった。
「ちょっと準備してくる」
ニールは部屋を出ると廊下を進んで食堂へ向かっていった。ヤンはしばらく彼の背中を見ていたが、やがて立ち上がって裾を叩いた。
「……若いですね」
ニールは食堂に着くと厨房の奥で鍋をかき回していたカルロータに声をかけた。
「ちょっと台所借りていい?」
カルロータは振り向き、眉をひそめた。
「何すんだい」
「秘密の工作」
「……火事だけは起こさないで」
「善処するよ」
ニールは台所に入ると手際よく薬液を配合し、瓶を傾けて慎重に混ぜ始めた。しばらくして彼は食堂の隅の席に座るとちょうどヤンがやってきて紙と筆を借りて広げた。向かいの席にはヤンが座ってニールの手元を眺めていた。ニールは筆を持ちながら思う。
——東洋のペンって……こういう時、使いやすいな。
ニールの筆先が紙の上を滑る時、ヤンが制するように口を開いた。
「普通の手紙ではダメなんですか?」
ニールの手が止まってヤンは続ける。
「マクシムさんが炙り出しを知らなかったら……詰みますよ」
「……あ」
ニールの顔はみるみる曇って肩が落ちた。ヤンは彼の様子を見て、ふと何か思い出したようにさり気なさを装って言う。
「そういえば、以前もこの技法を教えた人がいました」
「誰だい?」
ニールが顔を上げるとヤンはあっさりと笑った。
「ソフィーさんですよ。彼女たちとフランスに渡る道中で教えたんです」
その瞬間、ニールの頭の中で何かが繋がった。……そうか、だったら。ニールの胸の奥が熱くなる。かなりの賭け、運任せだ。でも、運任せでもいい。運ごと作戦に組み込んでしまえ。
「だったら、なおさら炙り出しじゃないと」
ヤンが目を細め、ニールは筆を持つ手に力を入れて続ける。
「これはマクシミリアン宛でもあるけど……ソフィー宛でもある。マクシミリアンで不十分なら、巻き込んで申し訳ないけどソフィーの目に届くようにする」
「ソフィーさんが無事に部隊と合流しているかも分からないのに?」
「いるか、いないかじゃない。——彼女を信じるしかない」
ニールは筆先を薬液に浸して書き始めた。ソフィーなら気づく、頼むから気づいてくれと祈りながら。
この手紙を解いた方へ。
あなたが今、これを読んでいるということは好奇心と技術、そして少しばかりの「遊び心」を備えた人物だということでしょう。まずはそれに敬意を表します。
願わくば、あなたもまた私たちと同じように“真実”を探す者であらんことを。
私たちは今、エドガー・ロジャースの艦に在ります。正確には、“その配下にある”とでも言えば良いのでしょうか。ただし、全てが縛られているわけではありません。私たちのうち、ある者たちはいまだ「自由な意思」を持ってこの海を見つめている。
私はここに、ただの報告や忠誠の言葉を記すつもりはありません。伝えたいのは“兆し”です。
あなたがこの手紙を手に入れたのならばお願いがあります。サン・マロ、カルロータの第二の宿。その名は〈ラ・プティット・トゥル〉。夜のうちに、そこを訪れてください。私はそこであなたを待っています。
話さねばならぬことがあります。けれどそれは、この炎の前では語れぬこと。
──ニール・セイルハートより
書き終えるとニールは大きく息を吐いた。額に汗が滲んでいる。封筒にそっと紙を収めると呟いた。
「……あとは」
「マテオとソフィーを信じるだけだ」
ニールは手の中の封筒を見つめると懐にしまい、カルロータの宿を出た。夜風が少し冷たいが、頭の中は妙に冴えていた。今も思考が高速で回り続けている。




