第八章:藩の終焉
一
英国公使を襲撃した刺客を真っ二つに切り伏せた後藤象二郎の武名は、瞬く間に諸外国へと轟き渡った。
しかし、真の地獄の戦場は、銃火が飛び交う前線ではなく、太政官という新政府の内部にこそ存在した。
いま新政府が直面しているのは、数百年にわたりこの日本を分割統治してきた「藩」という強固な仕組みを、いかにして解体するかという、国家の命運を賭けた大難題であった。
当時、日本には二百を超える「藩」が存在し、それぞれが独自の軍隊を養い、領地を治め、独自の紙幣(藩札)を発行していた。これでは、名ばかりの統一政府であり、欧米列強に対抗できる「強力な中央集権国家」など夢のまた夢、ただの砂上の楼閣である。
太政官の会議室で、薩摩の大久保利通が冷徹な目で書類を叩いた。
「各藩がそれぞれに兵を抱え、勝手な法で領地を治めていたのでは、真の近代国家など未来永劫できん。日本が一つにならねば、明日にでも異国に食い千切られるぞ」
長州の木戸孝允もまた、鋭い声で同調する。
「土地(版)と人民(籍)を、すべて朝廷にお返しする『版籍奉還』。これをなさねば、何のための王政復古か分からぬ!」
「大久保殿、木戸殿、その策、わしも諸手を挙げて賛成だ。否、土佐がその先頭に立ってみせる!」
象二郎は、その巨躯を震わせて机を叩いた。彼の脳裏には、かつて鶴鳴塾で吉田東洋が血を吐くように熱弁していた、あの言葉が鮮烈に蘇っていたのだ。
『四海を一つにする大いなる仕組みを創れ。門閥を打破し、適材を以て国を富ませよ!』
藩という封建の厚い壁を完全にぶち壊すことこそ、暗殺された東洋の悲願であり、坂本龍馬が船中で語った「上下議政局」を真に機能させるための、絶対的な大前提であった。
二
しかし、この改革には凄まじい制約と、命がけの抵抗が予想された。
「先祖伝来の領地と領民を、新政府へ無償で差し出せ」と言われて、「はい、分かりました」と納得する大名など、この世にいるはずがない。一歩間違えれば、不満を抱いた諸藩による新たな大内乱が勃発し、日本が自滅する危険を孕んでいた。
後藤象二郎は土佐藩の代表として、まず藩内の最高権力者であり、おのれの主君である山内容堂の説得にかかる必要があった。容堂は徳川への恩義を重んじる一方で、山内家代々の土地と家臣を守るという誇り高き「土佐武士の首領」である。領地を手放すことは、己の身を引き裂かれる以上の苦しみであった。
明治二年(1869年)一月、京の土佐藩邸の奥座敷。
張り詰めた沈黙の中、後藤象二郎は山内容堂と、一対一で対峙していた。
「容堂公、いま全土が真に一つにならねば、日本は再び分裂し、異国の餌食となります! 薩摩の島津、長州の毛利、鍋島の肥前も、すでに版籍を返す覚悟を裏で固めつつあります。我が土佐こそが、率先して範を示し、天下の主導権を握るべきにございます!」
容堂は、手にした酒杯を畳に激しく叩きつけた。鈍い音が響き、酒が飛び散る。容堂の眼光は、象二郎を噛み殺さんばかりに鋭く燃え上がった。
「象二郎ォッ!! おんし、自分が何を言うているか分かっておるのか! 先祖代々、山内の家が血を流して受け継いできたこの土佐の土を、領民を、一朝にしてどこの馬の骨とも知れぬ新政府へ差し出せと言うか! わしに、山内の家を潰した『希代の愚侯』として、歴史に名を残せと言うのかッ!!」
容堂の怒号が座敷の障子を震わせる。並の人間なら失神しかねない主君の威圧に対し、象二郎は一歩も引かず、その巨大な目を血走らせて言い放った。
「山内家という『家』を守るために、日本という『国』が滅びては、何の意味もございませぬ!! 容堂公、東洋先生がなぜ死んだか、坂本がなぜ暗殺されたか、お忘れですか! 彼らは皆、藩という狭い箱を飛び越え、この日の本を強くせんと命を捨てたのです!」
三
「黙れ! 東洋の名を、坂本の名を出すな!」
「いいえ、言います! 容堂公、この大断行を貴方様が決意されれば、山内家は『家を潰した愚侯』どころか、『天下の義を体現し、新日本を創った偉大なる名君』として、日本の歴史に永劫にその名が刻まれるのです! 時代の先頭に立ち、天下に範を示そうではございませんか!」
象二郎は猛然と畳に深く額をすりつけ、骨の軋む音を響かせながら、声を絞り出した。
「土佐のすべての悪名、怨嗟は、この後藤象二郎が一身に背負います! もしこの版籍奉還が誤りであり、山内の家を貶める結果となったならば……容堂公、いつでも、この場でわしの腹を召し上げてくださいッ!! 命など、とうに捨てております!」
「……象二郎……」
容堂は息を呑み、畳に額を押し付けたまま微動だにしない巨躯を見つめた。
その姿に、かつて旧弊に立ち向かい、孤独の中で藩政改革を突き進めて暗殺された吉田東洋の、あの苛烈なまでの執念が重なって見えた。
長い、気の遠くなるような沈黙の後、容堂は深く、深くため息を吐き出した。
「……ははは、お前という奴は、いつもそうだ。大言壮語を吐き、最後にはわしを巻き込んで時代の崖っぷちから飛び降りる」
容堂は自嘲気味に笑い、されどその表情には、一本の筋が通った大名の覚悟が宿っていた。
「良い。お前がそこまで命を懸けるならば、わしも山内の誇りを賭けて、その大博打に乗ってやろう。土佐の運命、すべてお前に預ける。天下を驚かせてこい、象二郎!」
「――ッ!! ありがたき幸せにございます!!」
主君の命がけの決断をもぎ取った後藤象二郎の動きは、疾風の如く速かった。
彼はすぐさま薩摩の吉井友実らと激しく連携し、薩長土肥の四藩による共同建白書を怒涛の勢いで取りまとめた。
明治二年一月二十三日、四藩主の連名による「版籍奉還」の建白書が、ついに政府へと提出された。この天下の大藩四つが同時に動いたことで、日本中の他の諸藩も追随せざるを得なくなり、数百年に及んだ封建割拠の体制は、一気呵成に崩壊へと向かったのである。
さらに時代の激流は加速し、明治四年(1871年)には、一兵の反乱も許さぬまま軍事力で藩を完全に消滅させ、「県」へと置き換える「廃藩置県」の超絶な大断行へと繋がっていく。
大名たちの世は、ここに名実ともに完全なる終焉を迎えた。
「東洋先生、坂本。……ついに、国境の壁をすべてぶち壊したぞ」
この巨大な国家変革を成し遂げた圧倒的な功績により、後藤象二郎は新政府の最高幹部である「参議」に任じられる。
薩摩の西郷隆盛、長州の木戸孝允ら、時代を創った怪物たちと完全に肩を並べ、天下の政事を差配する最高権力者の一人となった。高知城下の暴れ者は、ついに日本という国の舵を握ったのである。
(第九章に続く)
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