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男女比1:99の世界で“男”になった俺は、愛ではなく管理対象として扱われる  作者: こうた
第2章異物の出現と揺らぎ

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第3話普通だった世界

その日、神代湊は珍しく予定を早く終えていた。



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空いた時間。


それはこの世界では希少だ。



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管理された社会では、“余白”は効率が悪い。


だから本来、存在しない。



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それでも今日だけは違った。



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神代は施設を出る。


街へ向かう。



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夕方の都市は静かだった。


高層建築。均一な照明。整った歩行動線。


何も問題はない。



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だが。



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“問題がないこと”そのものが、少しだけ気持ち悪い。



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その感覚に名前はまだない。



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広場のベンチに、一ノ瀬梨沙がいた。



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「珍しいね」



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神代が近づくと、梨沙は少し笑う。



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「湊の方が珍しい」



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隣に座る。



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沈黙。



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しかし今日は、その沈黙が少しだけ重い。



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「最近、変だよ」



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梨沙が先に言う。



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「何が」



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「湊」



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即答できない。



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梨沙は視線を前に向けたまま続ける。



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「考えてるでしょ」



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神代は答えない。



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答えないことが、肯定になっていた。



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「……あの男?」



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その一言で、空気が止まる。



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神代は初めて聞く。



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「知ってるのか」



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梨沙は小さく頷く。



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「噂になってる」



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「“昔の世界から来た男”」



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神代は少し黙る。



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そして言う。



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「普通だったらしい」



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梨沙は笑わない。



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「それ、怖いね」



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怖い。



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その感情を、この世界で聞くことは少ない。



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危険は管理されている。


混乱も制御されている。



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だから人は、“怖がる必要”がない。



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「何が怖い」



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神代が聞く。



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梨沙はゆっくり答える。



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「比べられること」



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その言葉で、神代は少しだけ理解する。



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この世界は完成している。



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だが“比較対象”が現れた瞬間、完成ではなくなる。



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梨沙は続ける。



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「湊」



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「もしさ」



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少しだけ迷う。



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「もし、昔の世界に生まれてたら」



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「今みたいに生きてたと思う?」



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答えられない。



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神代の中には、比較する基準が存在しない。



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だが今だけは違う。



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1980年の男が持ってきた。



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“別の普通”を。



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広場を歩く女性たちが、神代に気づく。



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視線が集まる。



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一人。


また一人。



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その空気が広がっていく。



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神代は立ち上がる。



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「行く」



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梨沙は止めない。



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ただ、小さく言う。



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「ねえ」



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神代が振り向く。



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梨沙は少しだけ苦しそうな顔をしていた。



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「湊はさ」



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「“人”として見られたこと、ある?」



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言葉が出ない。



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視線。


期待。


適合。


価値。



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それらは知っている。



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だが、“人として見る”という意味が分からない。



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梨沙は笑おうとする。



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でも少し失敗する。



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「ごめん」



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「変なこと聞いた」



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神代は何も言えない。



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遠くで警告音が鳴る。



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夜間移動制御。


いつもの音。



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だが今日は、それが少しだけ冷たく聞こえた。



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帰宅途中。


神代はガラスに映る自分を見る。



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そこにいるのは、男だった。



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だが、それ以上ではない。



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「人として」



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小さく呟く。



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その意味だけが、まだ分からない。



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(第2章 第3話・終)

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