第4話拘束
朝の通知は、いつもより静かだった。
音が小さいわけではない。
むしろ逆で、必要な情報だけが過剰に正確だった。
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【神代湊】
【長期管理対象:第七区画指定】
【移送準備:開始】
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神代は画面を見たまま、しばらく動かなかった。
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理解はできる。
しかし感情が追いつかない。
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「……決定、か」
声に出しても、誰も答えない。
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玄関の外には、すでに管理官が立っていた。
待っていた、というより“そこに配置されていた”という方が正しい。
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「予定通りです」
それだけ。
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神代は抵抗しない。
この世界では、抵抗は存在しない。
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ただ、従うか、処理されるかの二択だ。
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車両に乗ると、窓の外の景色は変わらない。
人も、街も、昨日と同じまま動いている。
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それなのに、自分だけが別の場所へ向かっている。
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到着した施設は、以前より静かだった。
静かすぎて、音が吸われているように感じる。
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入口で、一ノ瀬梨沙が待っていた。
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「来たんだね」
その声は、いつもと変わらない。
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だが距離だけが違った。
少しだけ、遠い。
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「仕事だ」
神代は短く言う。
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梨沙は頷く。
「知ってる」
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沈黙。
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この沈黙は、以前のものとは違う。
会話の余白ではない。
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“終わりの準備”だ。
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「湊」
梨沙が言う。
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「これで、しばらく会えない」
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神代は答えない。
答える言葉が、どこにもない。
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施設の扉が開く。
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中には、すでに手続きのすべてが用意されていた。
書類ではない。
環境だ。
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神代の名前は、すでにそこにある。
書かれる前に、決まっている。
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【長期管理対象:適合確認済】
【移送先:第七区画】
【自由行動:制限解除】
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制限解除。
それは自由ではない。
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ただの切断だ。
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管理官が淡々と言う。
「これより生活圏の移動を開始します」
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神代は頷く。
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そのとき、梨沙が一歩前に出る。
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「最後に」
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声は小さい。
だが確かだった。
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「一つだけ、覚えてて」
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神代は見る。
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梨沙は続ける。
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「あなたは、まだ“人”だから」
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その言葉は、優しさではない。
命令でもない。
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ただの確認だった。
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その瞬間、施設内の警報が一瞬だけ鳴る。
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しかしすぐに止まる。
異常ではないと判断されたからだ。
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神代は理解する。
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この世界では、“人であること”の方が異常だ。
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移送準備が進む。
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拘束はない。
逃走防止もない。
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必要がないからだ。
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この場所に来た時点で、もう選択は終わっている。
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それでも神代は、少しだけ足を止める。
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理由はない。
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ただ一つだけ、残っていた感覚がある。
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“選ぶ”という言葉。
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誰かが言っていた。
誰かが壊れながら言っていた。
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そして誰かが、こちらを見て言った。
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「選んで」
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神代は息を吐く。
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そして初めて気づく。
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この世界には「戻る場所」がないのではない。
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最初から「選ぶ場所」が存在しないのだ。
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梨沙を見る。
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彼女は動かない。
止めもしない。
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ただ見ている。
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それが一番、残酷だった。
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管理官が言う。
「移送を開始します」
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その瞬間、神代は理解する。
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これは終わりではない。
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ただの“固定”だ。
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人としてではなく、役割としての固定。
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車両へ向かう途中、梨沙が最後に一言だけ言う。
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「……ねえ、湊」
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「壊れないで」
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神代は答えない。
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答えられない。
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そして、車両に乗る。
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扉が閉まる音がする。
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静かになる。
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外の世界は、何も変わらないまま続いている。
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ただ一人分だけ、いなくなるだけだ。
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それだけのことだった。
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(第4話・終)




